大脳炸裂パレエド
満天の星空の下で落とされたやさしい囁きをいまでもおぼえているならば、月光りを受けながらおしえられた狩りの仕方をもわすれる道理がない。
草木のように息をひそめて、疾風のように土を蹴って、ころせころせと叫ぶ本能をたぎらせて。眠りから目覚めた今日も明日も王者でいたいなら、開いた顎は噛み合わせなければならない。
ひしゃげているなら、かえって潰してしまったほうがいい。使えもしないものなら醜いだけで、与えられた生き方をわすれたものはあわれなだけだ。
ひと匙の悪意もなくやわらかであるなら、ひと思いに裂いてしまったほうがいい。蛇を敷き詰めたような大地の上では、どうせ一歩二歩とも進まないうちに動かなくなってしまうのだから、それがせめてもの慈悲になる。
四つ足なら、そんなことは関係なくころしてしまおうときめていた。
ないてさけんでもあの日の思い出がかえらないから、首さえねじ切ってしまえばすべてがうまくいく、そんな気がしてならなくて。
手を伸ばしたおぼえは何度だってあるのに、それを受け止められたことは数えるほどにもない。そうっと添えた手も、またこばまれようとしている。
それなら、もうやさしさなんてもとめない。やさしさをわけあたえることもしない。
しわがれた大地。這いずり回るうち知らず知らずに意図なく踏まれた虫。そんなものはみっともない。みっともないものはとんでもない。誰だってそんなものは見たくない。なりたくない。歯牙にもかけられない小虫などではなく、すこしでも深い傷をのこす牙であれたなら、どれだけすばらしいことだろう。
「――のどが枯れても、ないてみせてよ。ぴいぴいお口をきくのは得意でしょ」
血色の瞳と影が重なる。
暗闇も光明ものこさず全て覆い隠すかたい雲の下は、ひどく冷えていた。赤らんだ頬は熱を失うにはまだはやい。押さえつけた手のひらの下でうごめく喉はわかりやすいおそれと命のかたち。いずれ失せるものなら最初からないのと同じだ。
だから今、ザンナが奪ってしまっても、何も変わらない。
思い描いていた四本足はお空の彼方の向こうの向こうへ。でも、誰もかれもに用意された終わりが様子を変えるはずもない。かたちのわるい腕も、骨ばってもろい脚もかわいそうだ。かわいそうに違いない。
心からにくらしいと思う。ねたましくてうとましくて、今すぐにでも綺麗に刻んでどこかよそへやってしまわなければ我慢がならないほどに。こんなもの、どうせ壊れてしまえばそこにあったことすらわすれ去られてしまうのだ。それがうれしくも、せつない。
芯からまことのきもちを伝えるものが胸の奥にあって、そのきもちを溜め込むものもまた胸の奥にあるならば、一等大切な臓腑を抉り出してひと思いに食らってしまおう。爪でなぞるだけでつるりと剥ける薄い胸は、想像以上に強固でない。
得られぬものの穴を代替品で埋めることは別に何もおかしなことじゃない。かつてやさしい指と引き換えに温もりをもとめた彼だって、たくさんの代わりを持っている。代わりを無理にほんものと思おうとするから気味が悪いのだ。にせものはにせものでしかないことに気付ければ、心は存外軋まない。
「にげちゃ、だめ」
きしきしと骨の鳴る音は前に聞いたときにはどうにもすきになれないと思っていたけれど、いまはそうでもない。
そんなになかないで、あばれないで。いたいことはたくさんあるけれど、すぐには終わらせてあげないけれど、目をつぶることはゆるさないけれど。
「ザンナみたいにかわいそうなおまえを、
ザンナがほしいって言ってるんだから、だまって差し出して。
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~19/07/05
微修正. 21/10/16
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