過ぎ去りし青い春



 何を考えもしない、それは完璧な反射だった。
 広げた手のひらの中にはサッカーボールが吸い付くように収まっていて、地面に落ちないうちにそれを両の手でしっかり持つ。回転する白と黒の球体を目にした瞬間、そいつがどこに飛びこんでこようとしているのかは当然のように理解できた。だから受け止めた、それだけのことだった。経験則からなる直感がさほど鈍っていないことに不思議な心地がして、ボールの表面に幾何学的に走る溝を撫でた。
 公園の敷地内でボールを蹴り合っていたのだろう、こちらへ駆けてくる数人の少年たちの焦りを含んだ無事を訊ねる声には、すぐに尊崇の熱がこもる。星のような瞳が苦楽を共にした後輩を彷彿とさせて、まるで別れを告げて半年近くにもなる学舎のグラウンドを踏みしめているような錯覚さえ覚えた。
 駆け寄ってくる彼らを木陰で待ち構えている間にも、アスファルトから立ち上る熱気に玉子色のラグランパーカーがじっとりと汗を吸って色味を濃くしていた。薄手の半袖とはいえ、生地がよくなかったかもしれない。額に浮かぶ玉の汗を腕で拭う。
 はしゃぎ、おれを囲む少年たちに言葉を返しながら、抱えていたボールを手渡す。特別才能があったから受け止められたわけじゃない。ずば抜けた技能なんて必要ない。これはただの積み重ねた時間だ。ある程度毎日ボールに触れて受け止める練習さえしていれば、誰にだってこんなことはできるに違いない。浅はかな否定で捧げた時間と努力を裏切るつもりは毛頭ないが、彼らが考えているような高度な技術がこの腕に宿っているわけではないのは、誰が知らずともおれの目には明らかだった。
 誰もを突き放して駆け抜ける脚力があるわけじゃない。どんなマークもはねのけるパワーを持つわけでもない。少しばかり身体が丈夫で他と比べたらガタイがよくて、――ただ、サッカーが好きなだけだった。
 それだけで砂利混じりのグラウンドや人工芝生にしがみついていたおれは、高校卒業を契機にとうとうその手を放した。進学した大学にもサッカーサークルはあって、進路が同じだった先輩や友人には随分根気強く誘ってもらったが、首を縦に振ることはなかった。
 おれは多分、才能のない自身を見つめ続けることに堪えられなかったのだろうと思う。今ではかつての仲間たちの軽い練習に付き合うくらいだ。
 そうしてほとんどサッカーから離れたおれは急速に自分の動きが精彩を欠いていくのを感じていた。さりとてそのことに焦りを覚えるわけでもなく、恥じるでも、恐怖するでもなく、おれはなす術もなく、静かに輝かしい青春の影から刻一刻と遠ざかっていく。
 おれの前に立ち並ぶ三人は、まさにその青春を謳歌している真っ最中と言えるだろう。
 中央の勝ち気そうな少年がどうやら先程のシュートを蹴り上げた張本人らしい。汗を浮かべた日焼け顔を俯かせて、抱えたボールに両の親指をもじもじと擦り付ける彼は、一歩間違えればおれにシュートをぶつけていたからか他ふたりと比べたら少し気まずげだ。しゃがみこんで顔を覗き込むと、彼ははっと薄い肩を強張らせた。子供特有のきめ細やかな肌を大粒の汗が軌跡を描いて伝い落ちて、目の覚めるような青のタンクトップに斑を増やす。

「良いシュートだったなあ。コントロールさえつければ、未来のエースストライカーだ」
「……ほんと?」

 嬉しそうに顔を上げた彼の頬は赤らんで、口元には無邪気な笑みが控えめに刻まれている。頷きながら短く刈り上げられた髪を掻き混ぜてやると、彼は太陽のような満面の笑みを見せた。

「おにーさんて、今ヒマ?」
「一緒にサッカーやりませんか?」

 とうとう警戒心を解いたと見える少年たちは口々におれを誘って公園のほうへと指をさす。もう暫くしたら友達がみんな集まる予定だが、その人数が奇数だから、少しの間だけでもチームに加わってほしいと言う。
 少し迷って、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して時間を確認する。これから約束があるが、予定の時間にはまだ余裕があった。じっと黙っておれを見上げる期待の眼差しが眩しい。「少しだけだぞ」と笑うと、大袈裟なくらいの歓声が上がった。走り出す三人の背を追いながら青空を透かし見る。痛いくらいに射す太陽が、少年らの影を色濃く地面に落としていた。
 サッカーが好きだ。だけどおれには才能がなかった。


――――
20/03/03
POW:12=普通程度の精神力なのに、『物静かである程度の不測の事態が起きても冷静に対処ができる』に対してのアンサー。
自分の外にあるものに対しては冷静だが、その反面自罰的で、常時自分の精神をぷすぷす針で刺し続けている。
サッカーが好き。だけど自分には才能がないので我が儘で未練たらしくグラウンドにしがみついていたが、当初から高校までが限りだと決めていた。
努力したなりの技術は身に付いている、ただそれだけと思い込んでいる。天性の体格や頑丈さといった才能には意識的か無意識的にか目を向けていない。



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