誰が猫の首に繻子を巻く



 例えば、自然災害や荒事の解決。
 失せものや迷い人の捜索。
 果てには、泣き虫な赤ん坊の子守から旨い飯処の在処ありかまで。

 特別自由自治区ラジエント。その主都、セゼンリース。
 そこへきょを構える奴らに、「なにか困りごとがあったときにはどうすればいい?」と訊いてみりゃ、誰も彼もが口を揃えてこう言うんだ。

 「なにはともあれ、自警団!」ってね。


 詰まりに詰まった仕事の納期からやっとこさ解放されたのは、ついさっきのこと。
 素っ気ない保存食をひもじく齧り続ける毎日にはいい加減うんざりきていて、「久しぶりに旨くて温かい昼食でも」と自警団を訪ねたのが、今。
 そうして扉を開けて一番、「なんだあ?」と内心声を上げる。

 自警団に、見知らぬ顔が増えていた。

 それは年若い女だった。熟れすぎた蛇苺ヘビイチゴみたいな髪色に、完徹二日明けの人間(つまり、まあ、これは今の自分自身のことを指す。)よりもよっぽどぶっ倒れてしまいそうに真っ白い顔をした、痩せぎすの女。
 そんな女が、びくびくおどおどとしながらお給仕の真似事をしている。
 心のなかでまでお愛想よくなんざしてられないから言葉なんて選ばないが、なんともまあ、貧相で身窄みすぼらしい猫を飼い始めたもんだと思った。
 団長兼料理長のアンドラスは「自警団ここは定食屋じゃない」のなんだのとほざきつつも、飯を求めてやってくる客を一向に拒まないお人好しだ。そんなもんだからとうとう人手不足が極まって、猫の手の二本目を借り始めたとでもいうんだろーか。それにしたってもっと使えるクリーム・・・・パン・・もあっただろうに、物好きな奴だ。
 なんにせよ、勝手知ったる自警団。案内の手は今さら必要ない。勝手に入って勝手に席に着いて女をじろじろ眺めていると、透かさず団長が水の入った茶杯コップを持って傍へやってきた。
 短く礼を言って、茶杯コップを受け取りながらに団長を見上げる。と、奴もまた憮然とした面持ちでこちらを見下ろしていた。

「……どこから拾ってきたのやら。これまたやけに肝ッ玉の小さそうな奴を懐に入れたもんだね。……まさか、あんたの嫁?」

 なんとなく沸き上がった揶揄からかいの気持ちのままに口を出す。すると団長は酷く苦いものを口にしたみたいに顔をしかめた。

「違ェよ」
―だよね。そう睨むなよ。冗談だって、お互いわかってるはずだろ」

 ことほか過保護に可愛がっているらしい。少し茶化すような言葉を投げただけで牽制するような眼差しが降ってくる。仕方なしに軽く挙げた両手をひらひらとさせて、降参の意を示すと、団長はそのままさっぱりと立ち去った。
 軽いいさかいをいつまでも長々と引き摺らないのが、この男の気持ちのいいところだ。

 待つこと少々。お駄賃の反物と引き換えにテーブルの上に鎮座したのはいつものメニュー、五目炒飯だ。とろっと濃厚な脂が乗ったしっとり叉焼チャーシューに、米に絡んだふわふわ卵。野菜はきっちり焼きが入ってるってのにしゃっきしゃきで歯応えよし。
 相も変わらず笑っちゃうぐらいに料理が上手い。言うほど興味はないからわざわざ突っ込んで訊ねたことはないが、正直言ってなんで自警団の切り盛りなんて苦労をわざわざ自分から背負しょい込んでるのか、わけがわからん。竜都に行っても、こいつなら料理の腕ひとつでのし上がれるはずだ。

 ―マ、今後も取り立ててその真相を暴こうだなんて御大層な気はないけどさ。

 つまらん考えごとまで丸ごと飲み込むように、散蓮華スプーンで最後のひと口を含む。
 こんな流れ者の行き着く街じゃ、余計な口を利く迂闊うかつもんから順に拳や脚がお見舞いされる。して興味のないことなら、これからもわざわざいやらしくお喋りの種にする必要はない。
 さて、空になった皿を前にひと息。いつの間にやら添えられていた茶で腹を落ち着けながら、食堂内にぐるりと視線をやる。
 すると、例の女が仕事を探しておろおろとしているのが見えた。狩りの仕方も教わらないうちに親元から離れた仔猫みたいに、如何にも心細げだ。

―おい、にゃんこ!」

 見かねて声を張り上げると、視線の先にいた女がびゃっと飛び上がってこちらを振り向いた。多分、自分が呼ばれたのだとは思ってなくて、大声に驚いただけだろう。

「客の皿が空いてるぞ! ぼさっとしてないで、とっとと下げな!」
「は、はい! ただいま、まいります!」

 大慌てで駆け寄ってきた女が、溶け崩れた蝋のような顔色をして卓上の皿を自分の手の上に積み重ねていく。指先はふるふると震えていて覚束ない。悪意の爪先が自らの腹を抉る恐怖と痛みを知っている顔をしていた。
 そういう奴は珍しいもんじゃない。だけど場所が問題だった。
 だって、ここは自警団。安い・速い・旨いの三拍子が揃って気に入りの飯処だったのに。これからもこんな辛気臭い顔を見ながら飯を食わなけりゃならないとくれば、こいつは些か考えものだ。

 ―……となると、どうにかこうにかこちら側から手を加えてやるのも一興か。

―おい」

 頭のなかで裁縫針と糸を手繰り寄せていたところへ、聞きなれた声が鋭く飛んでくる。
 と、同時に視界にまで声の主の姿がずずいと割り込んできた。

「お前に躾を任せる筋合いはねぇよ。うちの団の奴の文句なら、俺に言え」

 それで、「お?」と思う。
 元々お人好しな男だ。だから自警団の団長なんていう七面倒な役職を投げ出さず務めてるんだろうし、街の奴らからもなにかと頼りにされているんだろう。
 ただ、それにしても、だ。あの女にはなにかと細かく目を配ってやって、今だってわざわざ自分の後ろに庇い立てまでしてる。

 ―なんだか随分、甘やかしてやってるようじゃないか?

 面白げな気配を感じ取ってついついにまにまっと口許が緩んでしまったのを、団長は見逃さない。あからさまに嫌そうな顔をしやがった。
 一方で、女はといえばぷるぷる震えている。場が一気に緊迫したように思ったんだろう。これぐらいの言い合いはいつものことだから、こちら側としてはなんてことはなくへいちゃらなものだが、小心の女にはどうも堪えたらしい。
 そんな折、軽やかな足音が妙な具合になった空気をぜっ返すように響く。

―んも〜、おふたりさんてば。お昼ご飯が喉に詰まるようなやり取りはやめておくれよぉ」

 そうむにゃむにゃ言いながら奥から顔を見せたのは、寝惚け眼のフォルだ。起き抜けなんだろう、いつも以上に髪がぴょこぴょこ節操なしに跳ねている。
 大きな欠伸をわざとらしくひとつ。そうして浮かんだ涙を拭いもせずに食堂内にきょろきょろっと素早く視線を走らせると、フォルはすぐに女のほうへ寄っていった。

「なんか言われた? 気をつけなよぉ、エリシャ。これ、あの人の手口だから」
「て、手口……?」

 言いながら、フォルが小さな顎を女の肩口にとすんと乗せる。次いで毛足の長い尾を女の薄っぺらな胴に巻きつけた。
 未だ戸惑いの色は見せつつも、女はフォルの抱擁に少し落ち着きを取り戻したらしかった。それでも手元は無意識にか忙しなく、腹にくるりと巻かれた尾をほわほわと触っている。自信なさげな手つきが、お気に入りの毛布に包まれて安心しようとしてる子供みたいだ。

「最初は冷たく当たっといて、あとから甘やかして強引にオトそうとしてくんの。で、そうやってオトされた男が、今の恋人。
 ―だったよね? ナザリー」

 「だったよね?」なんて同意を求められても困っちまう。まるで、人を極悪非道の悪女みたいに言いやがって、失礼な話だ。

「人聞きの悪い。あたしは地味〜なトルソーを自分好みに飾り立てるのが趣味なだけさ。そいで、きらっきらのふわっふわにしてやったあとは、飾り窓に大事に大事に並べとくんだよ」

 別にあの男を構ってやってたときだって、意識して惚れさせてやろうとか弄んでやろうとか算段をつけてたわけじゃない。好きなように可愛がってやってるうち、奴が勝手にあたしに惚れただけで。
 ……まあ、好みの男だったのは間違いないし、そのときも儲けもんだと思ったのは否定しないけどさ。

「ったく、よしてよ、ふたりがかりでさ。そんなふうに隠さなくたって、手出しなんかしやしないよ。人の仕事を横から掻っ攫うほどあたしは業突ごうつくりじゃないし、自分以外の手が入った仕事も好きじゃない」

 これだけ警戒されては諦めもつく。
 つまるところ、どうやらこの女をきらっきらのふわっふわにしてやれるのは、どうやらあたしじゃないらしいってことだ。
 名残惜しくちらりと視線を向けると、女はまたおどおどと俯いてあたしの目から逃げようとする。あたしはそれについムカッ腹が立って、団長の隙をついて女のぺらっぺらの頬を掴んで持ち上げた。
 女が、目を白黒とさせながらもようやくあたしの顔を見る。

「あんたさ、俯くなっての! 愛嬌ある面してんだから、しっかり顔上げてちったァにこにこしてみなよ!」
「ひえ、ひゃいっ!」

 女が困り顔のまま、へにょんと唇の端と端を心持ち吊り上げる。笑顔と呼ぶには、ちょいとぎこちなさが残る。

「……なァにさ、それ。笑ってるつもり? それで」
「ふあ……ふぁい……」
「ふうん。マ、いっか」

 なんにせよ、さっきのしみったれた顔よりもずっとマシなことには違いない。
 腑抜けた顔に毒気が抜けて、ついあたしも笑みが漏れる。

「はは、あんた―エリシャ、って言ったっけ? そうやって笑ってたほうがいいよ。じめじめの顔より、あんたはきっとにこにこしてんのが一番可愛いから」
「……は、はい……」

 面の皮を挟み上げられたままでエリシャがぽっと頬を赤らめるから、あたしは情けなくも自分自身の言葉をすぐさま訂正する破目になった。
 エリシャの笑った顔は確かに可愛げがある。だけど、この真っ赤っかな顔の抱き潰したくなるほどの可愛さには、どんな表情も敵わない。


「どーしたの、アンドラ。ぶすくれて」
「……なんとなく……、けったくそ悪ィ」
「ヤキモチだ」
「違ェよ」

―――
24/05/12

 いつも構っていただいたり御贔屓いただいたりとありがとうございます+お誕生日おめでとうございますのプレゼントでした。


辞書



誰が猫に鈴をつけるというのか


 または、【猫の首に鈴をつける】
 いろいろ議論しても、いざ実行となると誰が実行するのか非常に難しいことのたとえ。鼠たちが集まり、猫の首に鈴をつけて、その音で身を守ろうと考えたが、実行する鼠はいなかったというイソップ寓話から。

繻子 - しゅす


 布面がなめらかで、つやがあり、縦糸または横糸を浮かした織物。



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