南部地方馬車通り



「これからお仕事なんでしょ。大門はそっちじゃないでしょ、メルノ兄さん」

 太陽がてっぺんから少しだけ傾いた頃、自信なさげに同じ場所を行ったり来たりしていたのがとうとうてんで見当違いな方角を向いたのに堪えかねて、あたしはひとつ違いの兄の背中に呼びかけた。弾かれたように振り向いた彼の両目は分厚い前髪の奥に隠されて窺い知ることはできない。
 でもきっと、酷く怯えた色をしているのだろうと思う。

「あ……、……ご……ごめ、ん……」
「……なんで謝るのよ。別に謝るようなことでもないでしょ」
「……ごめん、ね」

 メルノ兄さんは深く項垂れるばかりで、もう一度同じ言葉を口にしてそれきり黙り込んだ。所在なさげに、ボロい表紙の日記の角に爪を立てたり、乾燥してひび割れた指先の薄皮をかりかりといじっている。誰よりも真っ先にその痛ましい手に気付いた人はいっそ冗談なんじゃないかと思うほど大袈裟に嘆いてみせながら暇を見て丹念にそのケアをしてあげているようだけれど、忙しい身だからずっと引っ付いているわけにもいかずに、すりきれた指は一向に改善の様子を見せない。
 ――あたしが、塗ってあげようか。手の中にしまい込んだお気に入りの香りのオイルが入った小瓶が、あたしの代わりに鳴く。
 あのときみたいに伸ばした手を叩かれてしまうのが怖くて、あたしは今日も何も言えない。


――――
19/05/15


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