本部一番隊隊舎の談話室



 静かな談話室に響く一定の高い音は、かえって室内の静寂しじまを際立たせている。ソファに腰かける俺の隣、脚が触れ合うほどの位置に腰を降ろしたエネイロが俺の爪を切りたいと言い出したのはついさっきのことだった。
 爪を切るだけだというのにやすりやらオイルやらを引っ張り出してきたエネイロは、俺の手元から少しも顔を上げずに作業に熱中している。自分のものならまだしも、人の爪を切り、整えるという行為に楽しみを見出だせる彼が不思議でならない。
 両手の爪を切り終えたエネイロは三種類の鑢の内、最も目の粗いものを選び取って爪の先をこすり始めた。粉っぽく削れた爪が指先を白く汚す。
 「純粋な疑問なんだけれども、」と形の良い旋毛が呟く。

「おまえは生きていて楽しいのかな」

 ともすれば罵倒か、侮蔑か。真面目な部下たちが耳にすれば反射的に噛みついていたかもしれない。ようやく顔を上げたエネイロは、俺の指の節を親指で撫でながら目を細めた。思えば彼の笑顔以外の表情を見た覚えがない。

「唐突だな」
「そうかい? 常日頃からの疑問だったけれどね」

 エネイロは微笑んだまま再び視線を落とす。濡れたタオルで汚れた指を拭った後で、二番目に粗い鑢が十枚の爪の腹をくるくると器用に這う。
 爪の表面は鑢をかけすぎてもかえって傷がつくらしく、すぐに持ち変えられた最も目の細かな鑢も少しもしないうちに役目を終える。爪の際まで丁寧に拭き取られればいつになく艶のある指先が見えたが、この上にまだオイルを塗るらしい。

「あなたは歳下の上司の爪を磨くことを楽しみと呼ぶのか?」
「はは、肩書きなんて一番気にかけてない人間がよく言うよ」


――――
19/01/17


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