エクソレオの定期検診



 神仕しんし
 神器と呼ばれる、神より賜りし・・・・・・武具に選ばれた敬虔なる神の使徒。
 そんな神仕らの中でもごく一部の限られた者たちには、俺の主導のもと国立研究所の第四研究室にて行われる神器の定期検診≠受ける義務があった。それは医学の専門である第二研究室から助役を呼んで行う、該当の神仕にとっては通常いかなる業務よりも優先される事項のひとつで、日々苛烈な前線に身を置くひとりの少女がこうして第四研究室でおとなしく座っているのもそのためだった。

 エーヌリィ・マレクス。
 神国守備隊北部地方支部―通称神仕北方支部≠フ三番隊副隊長を務める娘。
 さして背が低いわけでもない俺よりもすくすく高く伸びた長身に、両腕がそっくりない丸い肩が特徴的な少女だ。彼女は巨大な腕の形をした神器を、それこそ元よりこれが自分の腕であったかのように操り戦い、おぞましい怪物に対し多大な戦果を挙げる。
 反面、その強大な神器を失ってしまえば抵抗する腕もない彼女は非力な娘に過ぎず、ゆえにこの検診≠ヘ毎度非常に慎重に行われた。

―、これでおしまいだ」

 と、剥き出しの白い肩にクリームを塗りつけた指をガーゼタオルで拭き取りながら、エイネにそう告げる。するとエイネはない腕の代わりに長くしなやかな両脚を思いきり振り上げて喜んだ。

「わあい! ありがとうございましたあ、せんせー!」

 満面の笑みのままでぐらつく身体を、傍に控えていた俺の妹であるティモリーユが慌てて支える。支えるといっても遠慮がちに肩やらに手を添えているだけといった風情のため、エイネと一緒にがたごと揺れて今にもまとめて倒れそうだ。仕方なくエイネの頭に拳骨を落として、ティモリーユにはエイネの付き添い役の少年を呼びに行かせる。
 にわかに空間に沈黙が降りたところで、後ろで中腰になって書きものをしていた助役のマノトーロがふっと顔を上げた。

ヨンシツ・・・・、確認なんですが、いいですかぁ?」

 研究所員らは自らが所属する研究室長をただ単に室長≠ニ呼ぶが、他の研究室の室長のことはその研究室の番号を頭につけてシツ≠ニ呼ぶことが多い。
 呼びかけに手短に応えると、マノトーロは自らの肩越しに俺を振り返りながら垂れた眦の角度をさらに下げてにこりとした。実に無味乾燥なスマイルだ。人と目が合ったらなにはなくともひとまず笑っておけばいいと思っているような奴だということを、俺は知っていた。

「検診結果も調合レシピも薬も、まとめて北方技術部キタギ宛でいいんですよねぇ?」
「ああ、エオニオーセが取りまとめてんだ。レシピさえあれば問題ないだろ。現物があるならなおさらだ」
「了解でぇす」

 にこり。マノトーロはひとまず笑ってみせてから再び紙面へ向き直る。相変わらず癪に障る顔をしている。
 今回の検診はいつも以上に綿密に行われた。というのも、当のエイネが「肩のあたりがひりひりする」とぐずついていたためだ。少し前からむずかる様子を見せていたというのはキタギの部長でもあるエオニオーセからも事前に連絡があり、念入りな検査が必要だと判断し、いつも以上に大掛かりなものになった。
 それで結局、肩のひりひりとやらは軽い炎症だった。患部が神器との接地面に集中していることからも原因は明らかだったが、だからといって神器を取り上げてしまうわけにもいかない。そもそもあれほどの力を持つ武具ならば、それを手にする者に多少なりとも代償がないはずもないのだ。この程度のことで済んでいるのは、ひとえにエイネと腕の神器の適合率の高さのためだった。もしこの腕を他の者がいたずらに振り回していたなら、肩が腐っていたかもしれない。

「せんせー! 技術部にお届けものなら、エイネがおつかいしますよ!」

 マノトーロとの会話をしっかり聞いていたらしいエイネが、ほんの小さな子供のような顔をきらきら輝かせて言う。

「ぱるるんも外で待ってるし、ふたりでなら余裕です!」

 エイネがこんなことを言い出すのも当然の帰結だった。エイネは北方支部の所属でどうせこのあとは北部地方へ帰るのだ。手間や金のことを考えれば、普通ならわざわざ別経由で手紙や荷物を送る理由がない。
 それにこのおとぼけ娘ひとりでは任せるのに不安な仕事も、今この場にはぱるるんことパルフォーロがいる。
 パルフォーロは彼女の後輩にあたる少年で、エイネとはまた事情の違った特殊な神器を持つ者のひとりだった。彼はエイネほど密な検診を必要とせず、こうしてエイネの付き添いでここへやってきた際についでで見てやるくらいで事足りたので、早々に研究室からは退室していた。今はいつまでも戻らない先輩にさぞ暇を持て余していることだろう。
 だが俺は、このふたりに小間使いの真似事をさせるつもりは元よりなかった。

「馬鹿言うな。お前らに安心して預けられるもんがあるわきゃねーだろ。パルフォーロが戻ってきたらつべこべ言わずにとっとと帰れ」
「そんなことないもん! ちゃんとできるもん!」
「できない、できない。ムリ、ムリ」
「ぶうう〜!」

 ぶう垂れるエイネには構わず、やがてティモリーユが連れて戻ってきたパルフォーロと共に研究室から追い出す。それと同時にマノトーロが薬とレシピを箱詰めにし終えて、封緘までした状態で俺に差し出す。この箱の上面に研究室ごとにある印判を押せば荷物は郵便局に預けられる。

「ヨンシツも、お兄さんがわりの方には情け深くていらっしゃるんですねぇ」

 暇だから散歩ついでに郵便局まで行ってくるつもりだと荷物を持って出ていったマノトーロが、去り際にそんなふざけたことを抜かす。
 くだらないことをとは思いつつも、取り立てて反論することもしなかった。

 俺は、エオニオーセが技術部にエーヌリィとパルフォーロを立ち入らせたがらないことを知っていた。


―――
22/06/15


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