出会いSS



◎『その七秒がハートに至るには』のふたりの出会いのSS。勝手に書いた+αです




 望んで就いた職とはいえ、急な残業のあとはどうにも疲れきってしまっていけない。最早自炊の手間をかけることすら煩わしく、とうとう高校職場のすぐ近くにある弁当専門店に足を向けてしまった。
 今は、その帰りの道中だった。一歩進むごとに腕に提げたレジ袋ががさがさ揺れて、孤独な夜道の中を私にぴったりと寄り添ってくれる。

 ―それにしても、感じの好い店員だった。

 ついさっきまで足を留めていた弁当屋、その従業員の青年を思い出す。
 少しのんびりしすぎているような面はあったものの、さして気になるほどでもない。それよりも一見の印象よりも眦を穏やかに下げてにこにことしている姿が目を惹いた。ゆったりとした言葉運びも、聞いていて耳が心地好かった。
 個人店の従業員というものはあれほど感じが好いものか。チェーン店でない店にはなんとなく入りにくくて利用してこなかったのだが、これからお世話になるのもいいかもしれない。
 またがさりとレジ袋が鳴く。冷えた手には食い込む持ち手が殊更に痛く、つらい。手袋でもしてくるべきだったかといつも思う。思うが、出掛けになると手をすっかり包まれてしまうあの感覚の不快さのほうが呼び起こされて、手袋に手が伸びない。
 仕方なく、顔の前まで手を持ち上げて吐息で温める。そうして俯いた拍子に、常に胸元に差しているはずの万年筆がないことに気付いて血の気が引いた。
 いったいいつどこで落とした? 全く心当たりがない。この夜道をなんの手がかりもなく探し出せる気がしない。かといって大切な思い出の品をこのまま捨て置いて帰ることもできない。
 頭が真っ白になってつい立ち尽くしてしまった私を呼ぶ者があったのは、そのときだ。

―ササヤマくん!」

 驚いて、弾かれるように振り向く。先まで通ってきた道を辿るように駆けてきたのは、あの弁当屋の従業員だ。なぜ私の名前を知っているのかと不思議に思う間もなく、安堵したように表情を和らがせた彼はなにかを私に差し出した。

「よかったあ、まだ近くにいてくれて〜。はい、どーぞ。忘れものだよ」

 差し出されたのは、失くしたことに気付いたばかりの万年筆だ。卒業祝いに恩師からいただいたその万年筆は、ボディに私の名前が彫り込まれている。それで名前を知ったのだろう。
 言葉もなく、差し出される万年筆を見つめることしかできないでいる私に、目の前の彼がはっと目を剥く。

「あ、あれっ……。よく見たら、ブレザーじゃなくてスーツ着てたんだ。すみません、あんまり若々しいから、てっきり部活終わりの生徒さんなんだとばっかり。大変失礼しました」
「……いえ、お気になさらず。拾ってくださり、ありがとうございました。大切なものなので……助かりました」

 差し出されたままの万年筆を受け取る、と彼は驚いたように目を見張って、「少し待っててくれます?」と言った。
 戸惑いながらも頷いてその場で待っていると、少しもしないうちにやや息を切らした彼が駆け戻ってきた。手になにか握っている。

「……はい、これ。カイロ、よかったら持っていってくださあい。ちょっと古いやつだけど、まだ使えると思うので。あんまり温かくなかったら、ごめんなさい」

 しっかりと握り込まされた懐炉よりも彼の手のひらのほうがよほど熱く感じた私は、そのときすでに、きっと。

「……あたたかい、です」
「ほんとですか? よかった〜。それじゃ、僕はこれで。またのご来店、お待ちしてまあす」

 彼はにこにこ笑ってぺこりと頭を下げると、そのまま立ち去っていった。
 いつになく温かい手元と頬もそのままに、私はただ遠ざかりゆく彼の背中を見つめていた。


―――
23/04/23


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