飛翔する魚



 もうすぐあたし、魚になるんだ。

 小さい頃に見た、真っ黒な海を、尾びれに火をつけられた魚が慌てて天へと昇っていって、とうとう堪えきれず爆発する姿を。魚の破片はぴかぴかと輝いていて円上にぱっと広がっていく。たまに黒焦げになった鱗がぱらぱらと落ちてくるけど、周りを見ればみんなそんなことは気にもしないで口をぽっかりと開けて空を見上げていた。隣にいたきみも、目をきらきらさせて魚を見つめていた。あたしは目が痛くなって、目をこする。こすった指についた黒い涙と、その向こうでまた爆発した綺麗な魚の姿。煌めいたきみの瞳。

 ぴゅっと吹いた冷たい風が、あたしの頬を思いっきりひっぱたいた。魚になりたいって言ったあたしを叩いた母さんの薄べったい手がこんな感じだった。指がきんきんして痛いから、息を吹き掛ける。生暖かい息で湿った手のひらが気持ち悪くて、スカートに擦り付けた。空を見上げれば、随分明るくなっていた。白っぽい空に雲がぎゅうぎゅうとわざとらしいくらいにゆっくり流れていく。冷たい鉄のフェンスに顔を押し付けて地面を見る。増えた這いずり回る頭。蟻に似てる。

 彼らが泳ぐ海は、別に黒くなくたって良い。彼らに本当に必要なのは広い海じゃなくて、大きく口を開けてくれるたくさんの人と目を輝かせてくれる人だ。スカートが捲れないように注意してジャンプ。小学生のとき、体育の授業で六段の跳び箱を跳んで、ほめられたのを思い出した。凄いですね、皆さん拍手。きみが一番大きな拍手をしてた。下から風が吹き込んで、すうすうする。スカートがはためくから、手で太腿に押しつけた。みんなが口を「あ」の形にして、あたしを見上げてた。きみは見開いた目の中にじわりと涙を浮かべて、きらきらした眼差しであたしを見た。遠くからでもわかる。きみの中のあたしが魚に変わっていく。水泳は得意。飛び込みはいつも満点。

 だからあたしは躊躇わなかった。


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〜2016/01/19(正確な時期不明)
微修正.2024/06/07


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