「ばけもの」



 ―私を訪う足が途絶えたことに、最初の一年は気付きもしなかった。その後三年は懸念の中で越えた。そして五年は首を長くして待った。気付けば十年が過ぎ去った。
 しかしどれほど待っても私の元へ訪れる者はなく、百年もの月日を飲み下して腐りゆく身体にどうしようもなく理解を強いられた。
 私は彼らにとっては最早過去の遺物でさえない、打ち捨てられた存在なのだと。

 鬱蒼と生い茂る森の最奥、誰からも忘れ去られた朽ちた社の前。やがて初めてその手に触れることが叶った瞬間から決めていた。最後の選択は彼女の心に委ねようと。それがどんな結末に辿り着こうとも、私にはすでに後悔の念を抱く胸もないのだから。
 ひょんなことから森に迷い込んできた盲の少女。随分幼い頃に厨で目を焼き視力を失ったのだと語る彼女との声だけの交友は、私に若くはりのある手とひと匙の加護の力を取り戻させた。
 彼女は、もしもひとつだけ願いが叶うのならばもう一度光を取り戻したいのだと寂しく笑った。森の緑の青々しさを、陽光を鏤めて輝く小川の流れを、そしてなによりこの私を両の目に映したいのだと微笑んだ。
 ―であれば、私が叶えよう。
 お前の寄せる関心と親愛が、私に再び美しい腕を与えた。怨みに飲まれ害なす悪神に成り果てんとする私を、お前の心持ちだけが食い止めた。さすればこの力のひと雫を還してやることも吝かではない。
 しかし光を取り戻したそのとき、お前さえも腐り落ちた私を忌避し離れゆこうというのであれば、私はもう躊躇わない。かつて加護を与えた美しい村、愛しい民草。私の力がために栄えたお前たちには、私と盛衰を共にしてもらおう。
 さあ、目を開けて。その瞳に私を映して、お前たちの命運を決定づける言葉を言い放つがよい。






―――
22/03/16

画:京藤様
(skeb(京藤様のユーザーページはこちら)にて依頼しSSのイメージイラストを制作いただきました。ありがとうございました!)


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