日本史嫌いの弱い奴



件の日本史嫌いには、どうしても勝てないヤツが存在している。

「潮江文次郎!!」
「無理却下聞き入れない残念、ファイト!!」

速攻で却下された言葉に、俺は顔をしかめた。
潮江文次郎。俺が手を焼く日本史嫌い…(後ちょっと不良)錫高野与四郎の幼なじみは、学園成績上位者で、俺が担当する剣道部の部長であり、俺のクラスの生徒の一人、その酷い隈のせいで、くたびれた雰囲気を持つが、からかうと面白い人気者。
俺のぶっちゃっけ贔屓にしている一人。

まぁ錫高野にかける時間と労力と、その他もろもろを考えると、何だかんだ俺は錫高野が一番可愛いし贔屓していると思っている。

……何だかんだでな…。


潮江はスッゴく疲れた様子で俺を見た。

「与四郎の日本史嫌いは、小学生からなんでもう無理だよ、凄さん…」
「……お前まで凄さんか…」

最近うちのクラスは錫高野が俺のことを凄さん連呼するから、この呼び方が定着してしまっている。…別に良いけどさ…お前ら、俺一応先生なんだぜ…?

っと、話がズレた。もうこの際名前は諦めている。
今日は目の前の錫高野の幼なじみに、日本史の授業脱走の阻止を協力してくれるように頼んだ。

しかし前文のごとく、結果は却下。


「だいたい何であいつは脱走するんだよ…別にもうあいつに良い点取れとか期待してねぇよ?でもクラスにいてくんねぇと担当教員として俺が困るんだよ…毎回脱走阻止する俺の身になってくれ…」
「あぁ〜…なんか、与四郎にとって日本史の内容は呪詛並みに頭痛を起こさせるそうで…」
「…潮江、俺思うんだわ、日本史ってそんな頭使うか?いや使うかもしんねぇけど、ほぼ暗記ものなんだぜ?それなりに書いて書いて暗記する努力すれば十分な教科だ」
「凄さん日本史の教科担任が何言ってんだよ…」

呆れ顔の潮江の頭をグリグリ撫でる。

「うるせぇ、どうにかなってたら凄さんだって苦労しねぇんだよ」
「わっちょ、ってか自分で凄さん言うな」
「みんなが直さないんだもん」
「ぶはっ、凄さんがもんって笑えるな」

ケラケラ笑う潮江は、何だかんだで俺に身を任せて、嬉しそうに撫でられていてくれる。
だからこいつは男臭いくせに可愛いし人気者なんだよな…。

そう思いながら潮江の頭を撫で続けていると、ふいに頭に何かが直撃した。


「…いっ!!!」
「文次郎から離れんか!!」
「え?よし……」


頭を抑えて涙目で後ろを振り向くと、錫高野が…鬼の形相で立っていた。
そのまま、ドシドシとこちらに向かってくると、潮江の腕をガシッと掴んで去っていってしまった。

一人の残された俺は一人呟く。

「…何なんだ」

チクチクと刺さる苛立ちは、なかなか収まりそうにない。





一方文次郎は、与四郎に手を引かれて歩いていた。

「与四郎…与四郎〜よ〜し!!」

暫く歩いていると、ふいに与四郎の動きが止まり、文次郎はん?と首を傾げた。

「〜んで、俺がこんな…っ」

顔を腕で覆った与四郎は、後ろ耳が隠せていなくて、顔を見なくても分かるほど真っ赤になっていた。

「……何だ。ヤキモチか」

ポツリと呟いたその言葉に、与四郎は焦って答える。

「……そっそうだぁよ!!文次郎が凄さんとイチャイチャしてたから……」
「いや、俺に対してじゃなくてな?」
「えっ……」

思わずこちらを振り向く与四郎に文次郎がニッと笑ってやると、分かりやすいほど真っ赤になった。

「お前凄さんにあんま迷惑かけんなよ?凄さんは先生なんだから、後で職員会議で他の先生たちから色々言われたり大変なんだぞ?全く、好きな人振り向かせたいならもっと素直になれ」
「はっ…えっちょ!すっ好きなんかじゃねぇよ!!」
「真っ赤になって言うセリフじゃねぇよなー…」

与四郎のまわりに素直じゃない反応に、文次郎が呆れた声を出す。

「あのな…凄さんだって良い年なんだぞ、この前だって校長から見合い写真見せられてたし」
「え……?」

文次郎の発言は、与四郎の胸を確かに痛めた。
まるで、心に穴が空いたような…。気持ちが悪い。


あの…凄さんが?見合い?知らない。そんなの……。
知らない……。

「……っ」

こみ上げてくる涙腺を我慢していると、文次郎が困ったように笑った。


「早くしないと誰かに奪われるってことを肝に命じておくこと!!」
「……?」

そんな与四郎の頭を、文次郎が優しく撫でた。後、ニヤッと笑った。

「本気にしたか?嘘だよ」
「………へ?」
「うーそ!ほらな、見合いなんて本当はしてほしくないんだろ、お前やっぱり凄さん大好きだよなー」

ニヤニヤと笑う文次郎に、与四郎は硬直した。
あぁ、謀られた…。
与四郎のこめかみに青筋が浮かんだ。

普段お堅い癖に、妙に敏く、悪戯好きな幼なじみに毎度勝てないのはいつものお約束なのだが、

「んじゃ、俺先帰るわ、じゃぁな!!」

文次郎は与四郎が怒るギリギリの所で与四郎と繋いでいた手を、初めまして!!と喜びを分かち合う外国人よろしく、与四郎の手をブンブン振って、その手をバッと放して逃げ出した。


「もっ…文次郎ぉぉぉ!!!!」

学校内には恒例の日本史教師と日本史嫌いの追いかけっこではなく。

珍しく

日本史嫌いのその日本史嫌いの弱い奴こと、幼なじみの爆笑の声と、顔を真っ赤にさせてヤケクソに怒鳴り声を上げて走る日本史嫌いの姿が見えたと言う。



日本史嫌いの弱い奴

「アハハハッおまっちょ、真っ赤なんだけど…ぶっハハハハッ」
「うるせぇぇぇ!!!!」

凄腕さんがいた場所に逆走する二人

「?お前ら何してんだ…ってか廊下走るな…っておぉぉ!!?」

全力疾走の二人に焦って思わず走り出す凄腕。


「「凄さん与四郎(文次郎)止めて!!」」
「出来るかぁぁ!!ってか来るんじゃねぇぇ!!」

追いかけっこは凄腕まで混ざって、訳の分からないものになって行く。

文次郎が爆笑しながら、いつ二人きりにさせようかと考えを巡らせているのを二人は知る由も無く。

日本史嫌いの弱い奴は、ニヤリと笑った。


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