就職への本当の動機


手元に握り締めた就職先の紙面と睨めっこする事数分。
今までの頑張りが、この表に現れている。

自身が面接するでもなく、忍術学園は、言わば忍のエリート養成所、その学園からの卒業生が欲しいという城から沢山の書が、学園に渡される。

が、それは殆ど俺達に渡される事は無く、学園長も先生方も、進路は自分自身で決めて良い。と、そう仰って下さっているのだ。
だが、自分の目で決める。と、いう事は、城の良し悪しは自分自身で決めろ、という事で、自身の目利きが悪ければ、最悪の城で働かなければならなくなる。

俺達は最期の最期でさえ、学園に試されているのだ。

俺の就職しようとしている城も、どう転ぶかは分からない。
ただ、その城主が収める村人の健康そうな姿、慕われる姿を幾度となく見てきた。
城主はまだ年若いが、自身の地位に奢る事なく、村人の目線でものを考えられる良主と聞いているし、実際に自分の目で調べて、自分で確信した。

ただ、今が良主であれども、人はどう転ぶかは分からない。闇に染まり、そこから二度と這い出て来れない事もあるのだろう。俺達はその将来をも見越して、主人を見つけなくてはならないのだ。

しかし、俺の場合、就職に、とある邪な動機も入っているせいか、忍としてどうなのか、という思いが多いにあって…酷く申し訳無い気持ちになる。

この城の城主は、俺の『思い人』が入りたいと思っている城の城主とは幼馴染であり、同盟国なのだ。兄弟のように育って来て、年に数回は茶会を開き、贈り物も欠かさない。
娘や息子が産まれたら両家の反映を願い、嫁や婿にやる約束までしているのだと聞く。

…そう、俺は思い人と、なるだけ戦わないような場所で職に就きたいのだ。言い訳をさせて貰うと、本当に、前々から本気で、この城に就きたいとは思っていたのだ。
就職先の候補の中でも一番に入りたいと願っていた程で…
が、そこに思い人が絡んで、俺は、違う目的も絡んでこの城に入りたいという思いが一層強くなってしまっているのである。

そういった訳で、俺は用具室で桶の整理などをしながら延々と考えていた。

「私情で選ぶと後々大変な事になるのは分かってるけど、良い城なんだよなぁ…」

先程も言ったが、人生なんて何が起こるか分からない。
今は兄弟のように仲の良い両方の城の城主だって何が切っ掛けで戦争を起こすか分からない。
なのに、私情を絡んで入りたいと思ってしまうのは…。

「アイツがいるせいだ…」
「…何が?」
「うぉぉぉ!!!だっ!!」

頭を抱えて、進路に悩んでいたら、肩越しに声を掛けられて、俺は盛大に前のめりになって、額を地面の土に打ち付けた。

「六年ともあろうものがお前…」
「うるせぇぇ……」

心底哀れんだ声でそういうアイツに腹は立つが、額の痛みの方が強くて、反論の声をつい弱弱しくなってしまう。アイツは、前のめりに倒れた俺の両腕をグッと掴んで、そのまま引き起こした。その勢いで頭はアイツの足に当たったが、差して大きな衝撃もなく、俺は元の体制に戻り、アイツも俺の腕を放して、俺の目の前に周り込んで、俺の顔を伺うように覗き込んだ。

「どうした?」
「…なに…が…?」

そう言われて、つい言葉が詰まってしまうのは、何を隠そう、今までの進路に関する悩みに、目の前のこの男も関わっていたからだ。

そう、俺の思い人は、喧嘩ばかり、言い合いばかりの男で、ギンギンうっさくて、暑苦しい。
『潮江文次郎』だった。
まさか本人にこんな話出来る訳が無いので、俺は何でも無いと首を振ったが、アイツは凄く真剣な顔をして、俺に拳を振り上げた。

「はぁ!!?」

突然のその行動に驚いて思わず目をつぶったが、その拳は俺の顔スレスレでピタッと止まる。
恐る恐る目を開けて、文次郎を伺えば、アイツはとても良い笑顔で、しかし、顔に青筋をたて俺にヤケにドスの聞いた声でこう言ってきた。

「どうしたって言ってんだよ、あぁぁん?」
「何で俺脅されてんだよ!!?俺には黙秘権があるはずだろうが!!」
「テメェにんなのある訳ねぇだろうが」
「あるよ!!俺にだってあるわ!!」

そうは言うが、笑って怒っている文次郎がヤケに珍しく…珍しいうえに、いつもの悪人面にさらに悪人面が付け加えられて、恐ろしく、俺何でこんな奴好きなんだろうと思いはしたが、こんなんでも、俺を心配してくれて、相談に乗ろうとしてくれているのだと思うと、どうしようもなく嬉しくて、思わず顔がニヤけそうになるから、俺はもう後戻り出来ないぐらいにはアイツに惚れているのだろう。

俺は仕方が無いので、口を割る事にした。
勿論、アイツが好き、という事は隠して…。

「…し、進路で悩んでて…」
「進路ぉ?」

文次郎はただでさえ眉間に皺を寄せているのに、さらに皺を寄せて、俺をジッと見てきた。

「お前、もう決まってる城あるんじゃねぇのか?」

そう、俺は俺が就職したいと城を決めた時に、文次郎に思い切り宣言してしまったのだ。
この城に決めたんだ!!と

「今更何迷ってやがる。あそこは良い城だし、城主様も素晴らしい方だと言ったのはお前だろう」
「いや、そ、そうなんだけど…」

私情で選ぶ事に迷いがあるなどと、この堅物男に言えば、三禁云々で、延々文句を言われるのは決まっているので、どうも言葉が詰まる。

「…あそこの城、嫌なのか?」
「え…?」
「じゃぁ別の候補とかはあるのか?」
「いや、特に…」
「じゃぁお前はあの城にしろ、はい、決定な」
「は?」

文次郎はそう言って、真顔で手をパンッと叩いて、はいこの話はもう終了な、みたいな終わり方をして、俺はそれに思わず固まってしまう。

「いや、いやいや、待て待て!!何でお前が俺の進路勝手に決めるんだよ!!」

俺の言い分は間違って無いはずだ!!が、アイツは、酷く面倒くさそうな顔をした後に

「何でって…決まってんだろ!!」

俺に、

「お前が俺の側にいて、俺がお前の側にいるタメには、その城しか選択肢がねーんだから」

それはそれは大きな爆弾を投下した。

「……え…」
「だから良いか!!お前は絶対あの城に就職だからな!!}
「…え、え?」

それはつまりどういう事なのだろう。表情一つ変えない文次郎が心底憎らしい。
何でコイツは、いつもいろいろ小煩いくせに、自分の事は本当に棚に上げやがって…っ

「何の為に俺があの城選んだと思ってんだ、お前が絶対隣の城に来ると思ったから」

忍らしく無いとか思ってた俺はなんだったんだ…。
って言うか!!頼むから、それはどういう意味なんだ、教えてくれ。
俺と一緒にいたいからって思って良いのか!?
何なんだよお前は…っ!!
自分の顔がジワジワと熱くなっていくのを感じる。心臓がバクバク、ドキドキ、せわしなく脈を打つ。

「〜〜っ」
「何だお前、顔赤いぞ…?」
「うるせぇぇ!!!!」

誰かこの男の真意を俺に分かりやすく説明してくれ!!

けれど、とにもかくにも、潮江文次郎の
来年の就職への動機は、『俺と共にいる事』だと言うのが分かったのだった。

この後、自分が言った爆弾発言の破壊力に、
かなり遅れて気付いた文次郎が、真っ赤な顔で、俺に改めて告白するまで、後数分

就職への本当の動機


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