柿の実は八年↑(続き)


ザクッ、ザクッと土を掘り起こす音を耳にしつつ、潮江は縁側で、本の頁をペラッと捲くった。
かなり有名なお伽話で、内容は猿と蟹の柿を巡った戦いの話である。誰もが知っている有名なお伽話であるソレは、別に潮江が物凄く興味があって読んでいた。と、言う訳でもなく、ただ仕事が休みで、暇で暇で仕方がなかったので、本棚から適当に引っ張って来た本を暇つぶしに読んでいたのだった。

「…今日は何を植える予定で?」

目の前の、広い自身の屋敷の庭の土を、掘っては肥料と混ぜ合わせる。という作業をしていた同居人を見る。
手伝っても良いのだが、むしろ手伝いたかったのだが…前に手伝いをしようとしたら「これは俺の仕事だ!!!」とかなり怒られたので、手が出せず、潮江は本を読む以外、特に何かする事も無い。
だが近くに人がいれば、これから何をするのかは気になるもので、未だに本を見たまま、これから庭に何を植えるのか、と聞いた。

「…そうだな…何が良いですか?主様」

と、意地の悪そうな声で、潮江の嫌いな呼び方と喋り方で返事が来たので、潮江は、自分自身の肌に鳥肌が立っているのを確認して、この野郎…っと腹が立った。そうして、こうして何が良いか聞かれているのなら、どうせなら無茶な注文をしてやろうと決意した。丁度良い事に、本の内容に、明らかに今からでは無理そうなのがある。

「じゃぁ…あれにしようぜ」
「?」

首を傾げる食満に、潮江は満面の笑みでこう言った。

「柿」

柿の実は八年

「いや、無理」

その言葉を聞いて、食満は即答で無理と、首を振った。
この庭には、イチョウや桜などの基本的な木はあるが、実が成りそう木は何もない。
それに、木にも木同士の相性と言うものがあって、何もかも隣同士に埋めておけば良いと言う訳でもないのだ。

からかったつもりで言った発言に食満は少しだけ後悔した。

「つーか、俺が言ってるのは花だよ、花!!」
「柿食いてぇな…」
「聞けよ!?」

すっかり、柿に思考が言っているらしい同居人件、雇い主に食満は呆れる。
仕事を貰っている上に、雇い主が、そうしたい。と、言うのだから、出来る限り叶えてやりたいところだが、どこから木を仕入れてくれば良いのか、それに柿は手間が掛かるのだ。木も折れやすく、実を結ぶのもかなりの年月を要する。
それに…だ。

「柿を植えたとして、俺がその日までいるとは限らねぇだろ」
「あ?」

そうなのだ。桃栗三年柿八年、とは言うが、食満は自身が八年も潮江の世話になるつもりはない。
実を結ぶそのときまで、側にいれないのに、そんな無責任に柿を育てたくはないのだ。

「お前…難しい事考えるよな」

潮江は食満に目線を向けず、ただ、黙々と猿蟹合戦を読み続けている。

「今出来る事を今やって、それが後に出来なくなったって、お前の努力がなくなる訳じゃないだろ」
「は?」
「お前は、今ここで、柿を植える事で、柿の世話をするだろ?」
「あ、あぁ」
「んで、ここをいつか離れたとしても、その柿の世話の技術はいつまでもお前の手元に残り続ける訳だ」
「…」
「そしたら、いつかお前は、また柿を育てたくなるかもしれねぇし、成った実を、近所の子供達にやったりして、喜んで貰えるんだぜ、お前子供好きだし、嬉しいんじゃねぇの」

潮江にそう言われて、食満は想像して見た。
大量に成った柿の実を、近所の子供達におすそ分けする。喜んで貰って、これからも沢山その子達が遊びに来てくれるようになる。その子達が大人になって子供が生まれても、それは続いて…。それは、とても幸福な時間だろう。
けど、自分一人では、その場所にいても、どことなくつまらないような気がした。出来るなら、年を取って、ヨボヨボになった自分の隣には、同じヨボヨボで、けど厳格な風格の老人が、その風貌を崩して、優しい顔でそこにいれば…。

「……う、ん…?」

そこまで考えて、食満は盛大に顔を顰めた。それも良いかもなぁ、子供可愛いし…と、言う反応を期待していた潮江は、予想外の食満の反応に、首を傾げた。

「何か不味い事でもあったか?」
「…え…いや…えぇぇ…」
「?」

一方食満は、自分の未来予想図に、潮江がちゃっかりいる事に、食満は内心驚愕していた。しかも老人になっても共にいたいと思っている自分にも驚きだ。いつかは離れるかもしれないと、言ったのは自分なのに、こんなにあっさり、食満の生活の溶け込んでいる潮江がいる。不思議だが、けれど、食満自身、今の同居生活が楽しいと思っているのは確かで、けれど、いつまでも潮江に頼っている分けにもいかないのだが…。
食満がそう思い、内心で、ちゃんと他の仕事も探さねぇと、と決意を固めた。瞬間、食満は気づいた。
先程から話が少し逸らされているが…。

「俺はここに植える予定の柿を残していくのが嫌であって!!将来の柿の技術的な話をしてんじゃねぇんだけど!?」
「っち、気付いたか…」
「おいテメェぇぇぇ!!!」

思いっきり舌打ちした潮江に、食満は思いっきり叫んだ。直ぐに近づいてぶん殴りにいきたいと思ったが、庭と潮江がいる縁側までは少しだけ距離があるので、食満が近づいてくる瞬間には、潮江は直ぐに逃げ出すだろう。
それを見越して、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる潮江を思いっきり睨んで、食満は盛大に溜息をついた。
自分への意趣返しかと思えば、どうやら潮江は上手いこと食満を乗せて、割と本気で柿の木を植えさせるつもりだったらしい。

「いやな、最初はお前に腹が立ったから難しいのを頼んでやろうと思っただけなんだが…」
「やっぱりか!!!」
「柿の話をしてたら、本格的に柿が食べたくなって、自分の屋敷に柿が成ってるのを想像したら、何か良いな、と思ったんで」
「……」
「良くねぇ?」
「…っ」

そう言って、ニッと、それはもう爽やかな笑顔で言われ、食満は思わず頷いてしまいそうになって、それを必死に止めた。潮江の屋敷はそれはもう庭が広い。
元々は食満自身が寝床にしており、庭手入れもしていた為、もはやこの庭は食満の領域、と言っても良いだろう。
そんな食満の愛すべき空間に、オレンジ色の実がなる木を置く、この庭のイチョウは食満が手入れをしたのもあるが、初めて見た瞬間から、食満のお気に入りの木でもあった。
そこに彩を増す事が出来るのは…確かに良い…良いが…。

「八年…だぞ」
「は?」

途端、食満の言った事が分からない。と言うふうに潮江が首を傾げたので、食満はもう一度大きな声で、言った。

「柿の実が出来るまで八年だぞ!!!」
「あぁ、まぁそうだな」
「俺いつかいなくなるかも知れねぇぞ」
「それもそうかもなぁ」

なんとも適当な返しに、俺がいなくなったら、コイツはこの庭をどうすんだ!?と言う気持ちが食満の中で湧き上がる。それに、だ。

「八年もお前のそばにいたら、お前婚期逃すだろ?」
「そこは、何かもうだいぶ諦めてるとこあるんだが…」

この男、嫁を娶る気力がどんどん無くなっていってるのが不安でならない。
大丈夫なのか?潮江文次郎、お前は家帰って、ほかほかの飯用意してくれて、笑顔で迎え入れてくれる美人な嫁とか欲しいと思わないのか?元気良く、父上ーってついて来てくれる息子とか娘とか!!欲しくないのか!?
そう食満が言えば、潮江は面倒くさそうに食満を一別して、それから、あぁ、そうだ、とでもいうように掌をポンッと叩いてから

「お前が連れて来いよ、嫁と子供、で、ここで暮らせば?」

と言った。

「え」

一瞬、何を言われているのか良く分からなかった。が、暫くしてから、食満はそれを理解した。この男は…何を言っているんだろうか…このままここに居着くと言うことは、つまり…。

「お、お前、何で、自分の屋敷に、俺と俺の嫁と、子供ココに住まわせる気なんだよ!?」
「部屋余ってっからなぁ、あ、夜の情事とか気にすんな?離れの部屋使わせてやるからさ」
「余計なお世話だ!!!」

何故か、将来的にも食満家を引き取る気でいるらしい潮江の発言に、食満は焦る。
潮江が物凄く当たり前に、ココで暮らせなんてあっさり言うものだから、本当にそれで良い気がしてしまうのが、まず、マズイのだ。ただでさえ、潮江に養って貰っている状態なのに、嫁も子供も潮江に養って貰うとか、父親の立場が無さすぎだろう。

「別に俺がいなくなっても良いし」
「ダメだろ!!?」

しまいにはこんな事まで言い出してしまった潮江に、流石にそれはダメだろ!!と食満は怒鳴った。が、潮江は、何故か嬉しそうに笑うのだ。

「お前が貰ってくれんなら、この屋敷も幸せだろうよ、この屋敷に関しては俺よりもお前の方が先輩だし」
「その話すんな!!」

任務帰りに仕えていた城が落城してしまった食満は、住む場所を無くし困っていた。そんな時、一時期の寝床として選んだのが、潮江が買い取った屋敷だった。一時期とは言うが…その滞在期間は一年という、確実に訴えて言い完全な不法侵入である。
今は紆余曲折あり、潮江と同居、という形に収まっているが、とにかく今、その話は食満にとって禁句である。
頑張って探しても新しい職が見つけられなかった自分を思っては悲しくなるのだ。
そんな食満に、潮江は苦笑しながらも、

「まぁ聞けって」

今だにペラペラと本を捲っていた潮江は、本をパタンッと閉じて、食満をジッと見つめた。何だか最近潮江に諭されてばかりいる気がするが気のせいか…食満はどこか不服に思いながらも、潮江を見た。

「俺がこの屋敷を最初に見つけたとき、この屋敷に、嫁さんと子供がいたら賑やかでそれは楽しくなるんだろうなぁって思ったんだよ」
「いや、ならテメェが見つけろよ」
「……」

食満の最もな言い分に、潮江はうっと言葉に詰まったが、ガリガリと頭を掻いて、困ったように笑った。

潮江は自分の事に無頓着なので、自分があまりモテないと思っているようだが、実はそんな事はない。
キチンと見目の手入れをすれば、誰もが振り返るほどの男前が完成しただろう。
現に、学生時代も、街中を歩けば、落ち着いた雰囲気と、武士のような出で立ちから、街中の大人しい、それこそ大和撫子のような女性には結構、憧れのような目線を向けられていた。
しかしこの男、どうもそう言った感情に疎い、情事に関しても、ただの性欲処理とか思っているし、相手にこだわりも無い。ただヤリまくっている。と、いう訳でも無かったが、在学中は基本、来るもの拒まず去る者追わず思考だったらしく、童貞もだが処女も捨てている。
何故食満がそれを知っているのかと言えば…大きなモロモロの事情は省くが、潮江と犯った事がある。とだけ言っておこう。あくまでお互い恋愛感情無しの、どうしてもしなくてはならかった授業の中で、である。本人同士の意思は関係無く、所詮くじ引きによる運命が定めた結果だ。この件に関してはお互い詮索はしないようにしている。

とにかく、貞操観念の薄すぎる潮江の、あまりに適当な物言いに食満は困った。そもそも何故、嫁を娶る娶らないの話になったんだろうか…。

「俺まだ嫁娶る気ねぇし、今の仕事何だかんだ、やり甲斐があって、楽しいしな」
「俺もだよ、嫁娶る気はまだねぇよ、ってか、仕事楽しいとか何だ、自慢か?あ?」
「いや、悪い、他意は無かった!!」
「死ね!!!」

何度でも言うが、城が落城し、強制失業に陥った食満に、仕事が楽しい、などという会話は禁句なのである。
額に青筋を立てた食満に、潮江は若干焦りならも、素直に謝って、食満は半泣きで潮江に言葉を返した。

「とにかく!!お前はまだ嫁を娶らない」
「あ?」
「俺もまだ娶らない」
「…」
「ならお前は八年後もここにいる、と」
「……は、ちょっと、ちょっと待て」

俺が嫁を娶らない、潮江も嫁を娶らない…8年後も俺がここに…。

「…いる訳あるか!!!!!」

しかし叫ぶ食満の事に、潮江は自信満々と言った調子でこう答えた。

「いーや、いるな」
「何だその根拠の無い自身は」
「お前が仕事を見つけられない限りいつまでもここに移住決定だっつー事だな」
「ふっざけんな、仕事探すわ、絶対に探して、ここよりデカイ豪邸に住んでやんよ」
「ぶはっ、お前、今の状況で、そ、それ、はははっ!!」
「笑うな!!!」

食満の豪邸に住んでやる発言がツボに入り、笑い転げる潮江に、食満はコイツ今度こそ、ぶん殴る。と、庭の土から足を踏み出した。が、まだ、雑草が生えている部分があり、そこが気になるのだ。畜生、潮江覚えてやがれ!!と、どこぞこ小悪党のような台詞を、心の中で放ちつつ、食満は、雑草を取る為、その場でしゃがみこんだ。その姿を見て、潮江は

「ほらな」

と、大爆笑した後の、涙目の笑顔で、食満に言った。

「あ!?」

苛立ちながら、潮江を振り返れば、潮江は食満を指差して、

「お前、家の庭好きすぎ」

そうして、酷く穏やかに笑った。
その言葉に、食満は言葉が詰まる。確かに食満はこの庭が好きだ。先程も言ったように、愛すべき空間だと思っている。庭の見栄えを考えるほどに、木同士の栄養の行き来を考えるほどに、土と肥料を混ぜ合わせて良いものを作ろうと奮闘したり、今だって細かい雑草が気になって仕方ない。
確かに、確かに、食満はこの庭が好きである。

「…っ」

言葉に詰まった食満に、潮江は、やっぱりそうだろ、と今だに笑う。

「だから八年後もここにいろよ」
「え」

どうしてこの男は、恋愛に疎いクセに、こうもそういう方面に際どい事ばかり言うのだろうか…前回は流されて、不束者ですがよろしくお願いします。なんて言ったが、今回は流されねぇからな!!と思いつつ

「じゃねぇと、柿の実食えねぇからな」
「…そっちかよ」

ニヤッと笑った潮江に、食満は大きな溜息をついた。が、

「柿の実一人で食っても、寂しいだけじゃねぇか」
「…」
「だから、いろって、な?」
「〜〜っ!!!」

…コイツは…っ!!この発言じゃぁ、一人じゃ寂しいからいつまでも一緒にいろと言っているようなものだ。
食満は思わず自分の顔が赤くなっていくのを感じて、ブンブンと首を振った。
何なんだこの天然タラシは!!本人に自覚がないぶん手に負えない。そうえいば忍術学園にいたときも潮江はこんな感じで、何気なくポロッと、こういった人の心を鷲掴むような発言をしていた。
食満は潮江の事など全く恋愛として好きではないが、この嫌に素直な発言に、照れるのは仕方ない事だと思いたい。

しかし、素直に潮江に乗ってやるのはどうにも癪で、食満は真っ赤な顔で叫んだ、

「だから、八年もいねぇーっつーの!!!!!」

決めた絶対に仕事見つけて、絶対にこの屋敷出てってやる!!!!
とある昼下がりの庭の真ん中で、食満は新たに決意を固めた。

桃栗三年、柿八年、さてさて、食満が八年後も潮江の屋敷にいるかどうかは、数日後、潮江がどこからか持ってきて、食満に植えさせた柿の木だけが知っている。

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