朝食はしっかりと↑(続き)


朝日が登る。鶏がコケコッコーと鳴き始め、チュンチュンと鳥のさえずりが耳に届いた。

「……っ」

潮江文次郎の朝は早い。

「ふわぁ…っんー…」

あくびを一つ噛み締めて、そのまま伸びをしてから布団から出る。
はず、だったのだが…何だかヤケに布団が熱い気がする。今はもうすぐ夏に入る。
と、言う時期だが…。

「……」
「……あ?」

…ヤケに布団の中が熱いとは思っていた。
そうだ、おかしい、おかしいとは思っていとも。だが…潮江は思わず盛大にため息を吐いてから、ヤケに形の良い頭をグワッと鷲掴んで、そのままググッと力を込めた。
その行為自体が、もはや自分がキレた時の相手への定番の体罰になりつつある事に、内心、ふざけんな、毒づきつつ

「ふざけんなよ…」

表でも同じ事を言ってしまっている。メリメリと潮江の指はどんどん相手に食い込んでいくが、それでもまだ起きる気配がないので、潮江は本気の物理的攻撃に出る事にした。

「さっさと起きやがれ!!!食満!!!」

数秒後、頭にゴツンッ!!と思いっきり拳骨を食らわされて

「!!?ぐあぁぁぁぁぁ!!」

痛みに悶絶した食満が飛び起きた。

朝食はしっかりと

「…何で、お前はいつも俺の頭を狙うんだよ…っ!!」

食満が潮江の屋敷に同居という形で住むようになってから数週間過ぎた。
ご飯茶碗を持ってご飯を咀嚼しながら、涙目で食満がブツブツと文句を言う。
その頭には大きなタンコブができていた。

「あ?」

それに対して、不機嫌そうに返事を返した潮江は、炊きたての米が入ったお櫃から、自分の分を装って、食満をこれでもか、というほど睨みつけ、行儀は悪いが、持っていたしゃもじを食満にビシッと突きつけた。

「貴様が一々俺の癪に触るような事ばかりしてくるからだろうが!!大体寝相悪すぎなんだよ!!」

そう、何故、食満が潮江の布団に入っていたのかと言えば、食満自身の寝相の悪さのせいだった。
潮江が同居を切り出して数週間、食満の部屋は潮江の寝所から、二つほど離れた場所に存在する。
普通なら来れるはずもない、いくら食満自身が寝相が悪かろうと、障子を締め切っていてれば、来ない。
そう、来ないはずなのだ…。

が、ここ最近、辺りが暑くなってきたせいか、二人共障子を開けっ放しで寝てしまったのである。
そんな訳で、寝相が最悪な食満は、布団を転がり、廊下を転がり、同じく障子を開けっ放しの潮江の部屋まで転がり続けた結果、最終的に、潮江の布団の中に落ち着いた…と、言う訳だ。

「…っそ、それは悪いと思ってっけど!!俺が聞きたいのは何で頭なのかって事!!」
「あぁ?…それは…」

潮江は食満を睨んでから、暫く考えて食満の疑問に答えた。

「鷲掴むのに丁度良い頭の形だから?」

自分でもどうしてそうなのか明確みは分かっていないのだろう、言葉尻が疑問形でキョトンッとした顔をしている。
その顔を見て、食満は理不尽さに少し腹が立ったが、そもそも攻撃される原因を作っているのは自分だし、何だかんだと、潮江に気を許してしまい。忍として上手く避けれない自分が悪い。
そう思い、ぐっと押し黙って我慢した。

「……」

ここで喧嘩すると、家主から朝飯を没収されかねない。一緒に暮らしはじめて、食満が最初に驚いたことと言えば、潮江が普通に家事が出来る。と言うことだった。現に今食べている朝食も潮江が作ったものだ。
お前、料理出来たのか!!?言った瞬間、いつもどおり、お前は俺を何だと思ってんだ。と、頭狙いで攻撃を食らったのは記憶に新しい。

『これぐらい出来て当たり前だろーが』

と、普通に返された時は、食満は思わず、あの学園での鉄粉握り飯は何だったんだ…!!と、頭を抱えたくなった。
しかも、さも当たり前といった表情だったが、食満は料理があまり得意ではない。
これでも一応、今の自分の雇い主は潮江なので、食満も最初こそ何か、料理でも…と思ったが、この屋敷に一人でいた頃は、せいぜい食に困らない程度には稼いでいたが、食満は、自分で作ったものにあまり美味さを感じられないタチで
あったのと、何より料理が面倒くさい。と言う理由で、自然、携帯食に偏っていったのだった。

忍術学園にいた頃は、料理は当番制だったこともあり、それなりに出来ていたが、学園から離れて五年、腕はメキメキと落ちていく…そんな食満がいきなり上手い料理を作れる訳もなく、同居初日に完成した、炭寸前の焼き魚を見て、潮江からは

『もう良い、お前、何もすんな、座ってろ…』

と、言う、心底呆れたような、それでいて、使えねぇ…という目線と共に、台所から強制退場を食らったのだった。
結果として、出てきた飯は、食満が驚くほど美味しかった。

普通に出来るなら何故学園であんなのを…最初から普通にやれば良かったではないか…いや、それをしないのが、潮江文次郎と言う男なのかも知れないが…。

「……食満」
「…ん?」

昔を思いだして少し複雑な気分になっていたら、名前を呼ばれた。そこにはどこか不機嫌な潮江がいて

「んっ」

と、手を差し出された。え、何?と、食満が思っていれば、潮江は眉間に皺を寄せて、食満の手元にある。
もう空っぽになってしまったご飯茶碗をひったくった。

「茶碗出せって言ってんだろーが!!」
「言ってねぇけど!?」

だが食満の発言を無視して、潮江は未だに持っていたしゃもじで、自分の目の前の櫃に入った飯を、食満の茶碗に追加して、再び茶碗を食満の手元に戻した。

「え…っ」

渡されたほかほかのご飯を持って、食満が驚いていれば、潮江はこう言った。

「お前…その量じゃ明らかに足らないだろうが!!居候だからって遠慮してんじゃねぇよ!!そういうことされるのが一番腹立つ、って言うか、家主と部下の関係が嫌だってんなら、もっと、ふてぶてしくしてろ!!」
「うっ」

まさか気づかれていたとは思わず…食満は唖然とした顔で潮江を見つめた。
そう、食満は潮江から料理を作って貰って、屋敷に住まわせて貰って…と、現状、とにかく世話なってばかりいた。
せめて、食費ぐらいは迷惑をかけたくないと、自然と食事量を減らしていたのだが、どうやら潮江にはバレバレだったらしい。

「お前一人が大量に食ったところで、俺の財布事情に響かねぇよ」

呆れたような声の潮江に何も言えない。

「そもそも食費タダで同居に食いついたのはお前だろうが」
「…ぐ…っ」
「料理はこれからやっていけば良いし、はじめから何でも出来る訳ねぇし」
「…おう」
「しっかり食え、俺が良いって言ってんだ、出来るよな?」

潮江はそのまま、手で手刀の形を作って、ニコッとそれはそれは爽やかに微笑んだ。
…完全な脅しである。
そんな潮江を見て、条件反射でビクッと体が反応してしまい。食満は思わず苦笑した。

「ったくよぉ…横暴だぞテメェ」
「あ?」
「分かった、食うよ、食うってば」

合わなかった五年の間、潮江はだいぶ大人になった。と、思うのはこういった所だ。
潮江は昔は、相手に何かを伝えるのが苦手だった。だから、愛情表現や優しさの表現が、潮江が自分で楽しいと思う事、主に鍛錬などで行われる事が多かった。つまり、潮江は自分目線でしか物事を考えられない人間だった。
そんな潮江の性格を、理解出来ない後輩達は、潮江を暑苦しいと言ったし、面倒くさいともいったし、怖い先輩だとも良く噂していた。確かにその通りなのだが、食満は、そんな潮江が嫌いではなかった。
良くも悪くも、自分自身に真っ直ぐな人間だったから、どうも嫌いになりきれなかった。が正解か。

いっそ暑苦しさで言ったら好戦的な食満の方が当てはまったかも知れない。食満と潮江は背中合わせで、そこが一番心地の良い場所だった。遠慮もなく、目配せだけで、殴り合える。それは貴重な存在を、食満は好敵手として、友人とし
てかなり気に入っていたのだ。本人には絶対に言わないが。

それに、学園にいた頃の潮江はそれで良かったのかも知れない。
分かってくれる人が潮江には沢山いたからだ…少なくとも、委員会の後輩達は、潮江のそんな、面倒で厄介な愛情表現に付き合わされながらも、潮江の優しさを理解して、潮江の事をとても慕っていた。
食満と同じ六年も知っていた。だから、忍術学園での潮江は、それで良かったのだ。

けれど、社会に出てからは違う。思った事はしっかり言わねばならないし、分かりやすく、丁寧に相手に伝える事も大事だ。それに加え、上司を怒らせない事もまた大事、潮江はフリーの忍ではあるが、それでいて、一番顧客との信頼関係に気を使う仕事でもあるのだろう。

だから、そんな経緯を経て、潮江も大人になったのだ。

他人の目線で物事を考えて、伝わりやすい分かりやすい言葉にしてくれる。
それは、学生時代の潮江にはなかったもので、けれど、潮江文次郎という人間を、分かりやすく好きになれる。
良い要素になったと、食満は思うのだ。

同じ男として悔しいと思って良いところだろうし、昔の食満なら絶対に認められなかったのだろうが…今、少しだけ年を取った食満は、素直にそれを認める事が出来る。

「お前…良い男になったよな」

シミジミと言う食満の唐突なその発言に、

「はぁ…?」

潮江は怪訝そうな顔をしながら、それでも言われた意味を考えて、それから少しだけ照れくさそうに

「ははっ何言ってんだか」

小さく笑ったその顔に、食満は胸が暖かくなると同時に、少し気恥ずかしくなって、潮江から顔を反らした。

「い、いや別に…何となく?」

何故地味に恥ずかしのか分からないが、やはり潮江相手に慣れない褒め言葉など言ったからだろうか…?
内心焦っているそんな食満の様子に特に気にした様子もなく、潮江は自分の茶碗のご飯を食べながら、食満を見て

「ありがとうな、食満」

と、言った。そうして、

「まだ食いたいのあったら、お代わり沢山あるからな」

と、どこか機嫌良さそうに言ってきた。会った瞬間から潮江を怒らせてばかりいた食満だが、思わぬ所で、ご機嫌な潮江が見れた事が何だか嬉しくて、だが、何故か、胸が激しく鼓動して、顔に熱が登っていきそうになった。
本当になんなのだろうか、コレは…。

だが、潮江が良いと言っているのなら、遠慮するなと、本人も言っていたし、良いのだろう。
食満は、自分のそんな胸の鼓動について深くは考えず、取り敢えず、潮江に対して、
おう、と頷いてから、自分の空になった味噌汁の茶碗に、お代わりを注いで貰ったのだった。

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