一緒に暮らそう ※忍術学園卒業から五年後の潮江と食満のお話 潮江文次郎が新居の押入れを開けると、そこには、懐かしくも物凄く見慣れた人物とがいた。 「……は?」 「……あ?」 食満留三郎について、潮江文次郎がが覚えていることを上げると、とにかく口が減らず好戦的でムカツク奴、食満は後輩にはとても甘く、手先が器用な用具委員長。そして…現在進行系で『最大の好敵手』だ。 それは…その好敵手との、学園を卒業してから、五年後の再会だった。 「……」 「……」 で、一体どうしてこうなった? 一緒に暮らそう 時は遡ること数ヶ月前、どこの城にも所属していないが、かなり優秀なフリーの忍をしている潮江は、とある一軒家に目が止まった。 『…良いなぁ』 ポツリと出た感想はコレだ。畑と街の丁度中間にあるその家は、どちらへも簡単に行き来出来る場所にある。 フリーの忍として働く潮江の昼間の主な仕事は、街中での情報収集と畑仕事であるので、その家は潮江にとって、とても便利で魅力的に見えた。 縁側から見える庭は桜の木やイチョウの木など、四季を楽しめるように、様々な木が植えてあり、花見をするも楽しそうで、月もキレイに見えそうだった。 出来るならこんな家に…自分の嫁と、その子供と住んでみたいものだ。と潮江は思った。しかし、今年でもう二十歳の潮江はまだ嫁を娶ってはいなかったし、あくまで幸せな理想形、として、考えただけであって、結婚する気は今現在全く無かった。 『ま、いつかこんな家に住みてぇなって、だけだしな』 こうして潮江はその家と出会ったのだった。 家は小奇麗で、木々も色々植えてあるにも関わらず庭も丁寧に手入れされていて、家の持ち主が、この家をとても大事にしているのが伺えて、潮江はどこか暖かい気持ちになった。こんなに大事にされている家なのだから、恐らく人が住んでいるのだろうと潮江は思ったのだが…。 『あ?』 その家からは人の気配はまったくなかった。違和感に、潮江は首を傾げる。 単純に留守にしているだけだとしても、目の前の家の障子は開けっ放しになっていて、今にでも、さぁ入って下さいと言わんばかりの不用心さだった。何でだ…?と、そこで立ち止まって考えていると、町の方から、一人の老人が帰ってくるのが見えた。 『おや!』 老人は潮江を見て、驚いたような声をあげるて、ゆったりとした歩みで潮江に近づいていき、一言。 『アンタ、この家の買い手さんかね!?』 老人の言葉に、潮江は驚いた。どうやらこの老人は、この家の持ち主であるらしい。良く見れば、着ている着物は農民のそれとは違く、少し小奇麗な身なりだったので、どうやらそれなりに裕福に暮らしているらしいと言うことが伺えた。 『え、ここ、売られてるんですか!?』 『ま、まぁ…そうだねぇ、アンタ、買い手さんじゃないのかね?』 『え、えぇ』 潮江が頷くと、老人は、見るからに残念そうに潮江を見た。 『やっと買い手さんが見つかったと思ったんだがなぁ…』 『……』 その言葉に、潮江は暫し思案した。自分はこの家を凄く気に入っているし、今のところ運良く家はまだ売りに出されてはいない。これは、良い機会なのではないか…?値段は張るかもしれないが、今のところ、潮江は特に大金を何かに使うような事してこなかったので、かなりの大金が潮江の手元にはあった。それに家自体を買うので、大家は存在しないから気楽に住めるし、買った後の仕事場への行き来のしやすさ、縁側で花見や月見酒などを楽しみを考えれば、これほど素晴らしい話は無い。仮に嫁を貰ったとしても、結構な広さがあるので、すぐに迎え入れることが出来るし、子供も作れば賑やかになるだろうし、今後独り身になったとしても、この家なら静かで穏やかな老後を楽しめるだろう。と、そこまで考えて、潮江は家を買う話に食いついた。 『あ、あの、この家、私が買っても良いでしょうか?』 『え?』 潮江のその発言を聞いた老人は、先程までの残念そうな顔から一返、パァァァと顔を輝かせて、懐から算盤をバッと取り出した。 『是非!!』 『は、ハハっ…』 老人のあまりの素早さに思わず引きつった笑顔になった潮江だが、老人から家の事を聞くにつれ、どんどん目を丸くした。 『お値段は、これくらいになるかね』 『安っ!!』 仮にも一軒家を買うのだぞ、そんなに安くて大丈夫なのか、と言いたくなったが、老人はそんな潮江にただニコニコと笑うだけだ。しかし、その時の潮江は、自分が心底良いなぁと思える家を、安く手に入れることが出来ることで、多少浮かれていたのだろう。疑問に思いながらも、後日、金銭と荷物を持って、越してくる。との契約で、潮江は自分の住まいを手に入れたのだった。 こうして本日、潮江は老人に金を渡した後、引越し荷物を片手に家にやって来たのだが、その時、何か家の様子が何かおかしいと気付いた。 『人の気配…?』 何故買ったばかりの自分の新居に人の気配があるんだ。思えば、最初にこの家を見つけたとき、障子が開いたままだったのが、潮江には引っかかっていた。もしかして…。 『どこの誰だかしらねぇが、ここを寝床にしてるヤツがいる…ってことか?』 そうして、潮江は、その気配を探りながら家の中を一つ一つ探し回り。話は冒頭に戻り、出て来たのが…。 「お前って訳だ」 「……」 「お前…何でウチにいるんだよ」 今現在、潮江と食満は向かい合って話しをしていた。潮江は食満に茶を出して、ジトリと睨み付けた。 潮江の質問に、食満は明後日の方向を向いて、潮江と目線を合わせない。 そんな食満にイラッとした潮江は、食満の頭をガシッと鷲掴み、グッと自分の方に顔を向けさせた。 「いっだだだだっ!!!」 「食満くんよ〜?人が話してる時はキチンと人の顔見ろって親に教わんなかったのかぁ?ああぁ?」 潮江は食満の頭を掴んだ掌に力を込める。と、ミシミシッという音がして、食満が叫んだ。 「いだーーーーー!!ちょ、やめっ!!おい!!」 「キチンと状況を説明しやがれ!!」 「わーった!!分かったから!!」 食満が両手を広げて、降参だ。とばかりに声を張り上げると、潮江はパッと手の力を抜いた。 「やっと話す気になったか」 「…っち、この馬鹿力が…」 「何か言ったかなぁ?」 小さく悪態をついた食満に、潮江は掌をまた食満の頭に置こうとして、今度はしっかりと食満が自分の頭に手を置いて掴まれるのを防御した。 「何でもねぇよ!!」 「とにかく!!何でここにいるのか、さっさと話せ」 「…うっ」 「あぁ?」 食満は一瞬言葉を詰まらせ、とても嫌そうな顔をしたが、それでも潮江の睨みに負けて、ポツリ、ポツリと語りだした。 食満はつい半年まで城従えの忍者だった。ところが、 『は?』 任務から帰って来た食満を待っていたのは、ただの焼け野原だった。近くを訪れた違う村の村人に話を聞くと、 『あぁ、あの城と村なら、つい先日、敵方の城に攻められて、戦負けしたよ、結構酷くてなぁ、村人や城内の者、全てが焼かれて全滅したらしいぞ?アンタもここの村人だったのかい?』 『……いえ、私は、旅の者で』 正直に話せば何が待っているのは分らない、食満は否定した。村人は食満の言葉を聞くと、酷く安心したように、微笑んだ。 『なら良かった。この村の住人の生き残りは、敵方の城主の命で、どんどん殺されていったからな』 『…いった?』 『もうここには生き残りはいないってことさ』 こうして食満は、突然城従えの忍を辞めざる得ない状況になってしまったのだった。 『これからどーすっかなぁ…』 本来であれば復讐などを考えても良かったのだが、城の中で、特定の親しい間柄の人間を作らなかった食満は、薄情な話ではあるが、その城に対して、対した情も無く、復讐のふの字も考えなかった。それよりも自分の今後の身の振りの方が不安になった。いつ自分の身柄がバレてしまうかも分らない状況で、貯金もあまりなく、住むところはなし、仕事もなし…。 さて、どうしよう。と、考えながら道を歩いていると、そのとき 『…家…?』 食満の目の前に、一軒家が現れた。 『……』 気配はどこにもなく、どうやら誰も住んでいないようだ。しかし、内装は綺麗にしてあるので、売り物であることは、何となくではあるが理解出来た。少々気は進まない食満だったが、背に腹は変えられない。と食満は家に入り込んだ。 こうして、食満は家の一時の寝床として使うことにしたのである。 「で?」 「…・・・・」 食満の話が一通り終わった後、潮江は、半眼で食満を睨んでいたそんな潮江に食満をまた目線を反らしそうになるが、今度は反らした目線を潮江が追って来た。ので。 「…おい」 「……」 「…こら」 「……」 「……おい!!」 反らす。追う。反らす。追う。を繰り返して、段々痺れを切らした潮江が無防備になった食満の頭を、またガシッと掴んだ。 「良い加減にしろテメェ!!!」 「すいませんでしたぁぁ!!」 食満が土下座しそうな勢いで謝ったが、潮江は食満の頭を掴んだまま。食満と目線が会うと、追い打ちを掛けるように、食満に言葉を続けた。 「お前、一時期の寝泊りの場所だったんだよなぁ?」 「…う」 「お前の城が落城したのは確か半年前なんだよなぁ?」 「…うぅ…」 「まぁそれはどうでも良いけど、俺が持ち主になったんだから直ぐに出て行くんだよなぁ?」 「うぅぅぅ!!」 そんな潮江の言葉に食満が唸るのを見て、潮江はハァと長いため息を吐いて、そんな食満をジッと見つめた。 「なぁ食満」 「……」 「…お前さぁ、素直に言えよ」 「…ぐっ」 「大方あれだろ、直ぐに出ていくつもりで、新しい職を探したがダメで、でも、そこそこにアルバイトは出来るので食べ物に苦労はしない。が、家は無い。安定した良い収入を得る為に忍として戻っても良いが、表立って働くと、お前の城を落城させた敵側に、生き残りだとバレて命を狙われるハメになる。結果、どうなるかと言うと、お前は言わば、住宅に不法侵入したあげく、そこを我が物顔で使う、そんな存在。と」 「うわぁぁぁぁ!!!」 サラッと食満に対しての考察を述べた潮江を目の前にして、食満が叫び声をあげた。と、同時に潮江をビシッと人差し指で指差す。その顔は半泣きだった。 「お、お前、な、何でそんな的確にしかも真顔で言うんだよ!!」 「俺は事実しか言ってない」 「少しは俺の気持ちを考えろ!!」 「少し冷静になれよ、フリーの忍だって似たようなもんだろ」 「それでも俺と違って、収入安定してるんだろ!?一軒家買えるぐらいの金あんだから!!俺は忍術学園を卒業してからもう五年だ。この時代、15からの就職だって遅いぐらいなんだぜ!?それが、急に落城しちゃったから解雇、ですまされると思ってんのかぁぁ!!あぁぁ!?」 「だから、落ち着けっての!!」 「うわぁぁぁん!!!」 そこで、食満の涙腺が決壊し、潮江がギョッと目を見開いた。 「なっ!!泣くなよ!!」 そう言うと、潮江はその場を立ち上がって、台所に行き手ぬぐいを水で濡らし戻って来た。そうしてその手ぬぐいを食満に差し出しす。 「ほれ」 「うぅ、ひっく、うぇ」 潮江から泣きながら手ぬぐいを受け取った食満は、その手ぬぐいで零れる涙を必死で拭う。しかし、その乱雑な拭い方に、潮江が呆れて食満から手ぬぐいを引っ手繰った。 「お前なぁ、そんなにこすったら、目赤くなんだろーが」 そう良いながら、食満の目元を手ぬぐいで優しく拭ってやり、潮江は食満に話しかける。そんな潮江の行動に、食満が唖然とした顔で潮江を見上げようとするが、潮江がそれを止める。 「動くな」 「う…」 「?」 そう言われて、動けなくなってしまった食満は、そのまま潮江に大人しく涙を拭われていた。そうされている内に、食満の涙は次第に止まっていくが、潮江の涙を拭う手つきがあまりにも優しいので、今度は気恥しくなって、食満は思わず顔を赤らめた。 そんな食満を不思議そうに見つめた潮江だったが、食満が泣き止んだのを確認したのか、手ぬぐいを食満の目元から離した。 「良し、泣き止んだか」 「……」 「あー…悪かった」 「?」 「忍の再就職ってのはキツイものがあるんだろうし、お前がそれを凄く気にしてんの知らなかったからよ、言い過ぎた」 「うぅ」 「さっきはあぁ言ったが、お前なら大丈夫だろ、働く意欲はあるんだろうし」 しかし、そんな潮江の言葉を聞いて食満は潮江を睨み返した。 「半年だぞ」 「…」 「きり丸並に色々やったが、どれもダメあれもダメだ」 「……おい」 「俺はもうダメだ、お前にも追い出されて、住む場所もなく一生を終えるんだ…っ」 「おいって!!」 色んな世間の荒波に揉まれてすっかりネガティブ思考になっている食満に、潮江はまた盛大にため息をついた。 「…あ…」 だが、そこでふと、あることを思い出したのだ。 文次郎が見惚れたあの美しい庭は、一体誰が維持していたのだろう?と、少なくともあの老人ではない事は確かだ。 「なぁ…庭って、お前が綺麗にしてんのか?」 潮江は食満に聞いた。すると食満は潮江を睨んでいた目を、キラキラとしたものに切り替えた。 「分かったか!?」 さっきまでの鬱々とした態度はどこへ行ったのか、食満は嬉しそうに話に食いつく。 「いつも家に勝手に住まわせて貰ってるから、綺麗にしとこうと思ってな!!家は綺麗だが、庭は荒れ気味だったから、肥料とか色々工夫してさぁ、でもそれだけじゃ花がねぇから、色々と苗植えてみたりとかしたんだぜ」 「へぇ…っていうか…」 しみじみと、しかし、どこか偉そうに、自分がどれだけあの庭を手塩にかけて育ててきたのか語る食満であったが、思い出して欲しい。この屋敷は…。 「お前の家じゃねぇから」 「だ!!!」 潮江は食満の頭に手刀を食らわせた。見事に頭にめり込んだそれに、食満がまた半泣きになりながら頭を抑えた。 「だから!!頭重点的に狙うの止めろよ!!馬鹿になんだろ!!」 「知るか!!元から馬鹿だろテメェは」 「何だと!?」 ハッと鼻で笑ってやると、食満はすぐに喧嘩腰になる。だが、今回は場所的にも話的にも食満が潮江に勝てる要素はどこにもない。 「は組の座学成績底辺コンビの一人だったお前が何を言うか」 「ぐっ!!」 言ってやれば、食満は言葉を詰まらせた。 言わずもがなだが、もう一人は食満と同室の善法寺伊作である。 「不法侵入に加えて、勝手に庭の整理…って…」 そこで潮江はとある事に気づいた。何故この家は安かったのか?と言う疑問だ。 恐らく、いや、食満に会った時点で何となく気がついてはいたが…これで疑問は確かなもになった。 食満が庭の整理をしていたと言うことは、つまりハタから見ると、人がいないはずの屋敷の庭が、突然綺麗になっていく現象が起こっていた訳だ。…一体どこぞの怪談だろうか? つまりこの家は、ここの家の持ち主である老人にとってみれば、訳の分からない『幽霊屋敷』と言うことになる。 しかし、怪しい不気味な家など一般人に売れる訳もない。 だから放置していた訳だが、そこで、家を物欲しそうに見つめる青年と出会い、どうやら幽霊屋敷の話は知らないようだ。ここはもう売るしかない!!と思ったのだろう。しかし何も知らない相手に幽霊屋敷を押し付けるのは気が引けたので格安で提供をした…と、つまり…。 「なるほど、俺は曰く付き物件を押し付けられた訳だな…」 やっぱ、世の中そんなに甘くねぇよなぁ…と、幽霊屋敷を押し付けらるという、割と酷い事をされたにも関わらず、疑問が解決した事で、案外スッキリした潮江は、やっぱりそうでなくちゃ、と、ウンウンと頷く。 食満も大分世の中の厳しさを体験した訳だが、潮江もまた、違う意味で世の中の厳しさを学んだと言って良いのかも知れない。やっぱり裏があったか!!と裏があったことに対して、嬉しそうに納得してしまっているのが良い例だ。 人の善意とか好意だとかは最初から更々期待していない。 そうして、今度こそ頭を狙われてなるものか!!と頭を腕で庇っている目の前の男を見つめた。 「食満…」 「なっ、何だよ…」 色々腑に落ちない所が多いが、つまり潮江が格安でこの屋敷を手にい入れることが出来たのは、食満がいたおかげ、と言うことになる。潮江は頭の中で忍術学園で培った算盤術を使って計算を始めた。パチンッパチンッと潮江の脳内で今後の計画が練られる。 幸いここは広い屋敷であるから、部屋数も中々多い、食満が入れば、仮に部屋が雨漏りになったり、屋根が壊れてもすぐに修繕完了だろう。料理は分からないが、今ヘタでも器用なヤツだからすぐに覚えるはず…それに何より… 「庭、綺麗だな」 潮江が見惚れた、あの美しい庭を、この男が維持出来るなら、それだけで価値がある。 潮江は学園を出てから、人の善意や好意など信じていない。 だがそれは、その気持ちを潮江自身が持っていない。と、言う訳ではない。 何より、他はどうあれ、目の前の相手は紛れもなく、忍術学園で六年間死闘を繰り広げた自分の好敵手だ。 その相手が本気で泣くほど困っていて、手を貸してやらないほど、潮江も鬼ではない。 最後に算盤をパチンッと弾いた音がして、潮江は満足そうに微笑んだ。 「っ、ま、まぁな」 潮江が素直に庭の出来を褒めると、食満は照れくさそうに笑って、ふにゃっと相好を崩した。 「…」 それを見て、潮江は暫く、あれ?と内心首を傾げた。 あれ…コイツ…こんな可愛かったかな? と、先程泣き出したときも、どうにも放っておけない雰囲気だった気がする…。 潮江の知る食満は、口が減らず好戦的でムカツク奴で、そのくせ、食満は後輩にはとても甘くて、手先が器用な用具委員長で、自分の好敵手だ。その相手が、今は…柔らかく可愛く笑っている。 それだけで、潮江はどうしようもなく、相手を構い倒したいような、抱きしめたくなるような、気持ちにさせられて、思わず自分の服の胸あたりをギュッと握りしめてしまった。 この五年間で一体どんな変化があったのか分からないが、少なくとも、潮江も食満もお互いに対して、少しだけ、素直に自分の気持ちを表せるようになった。 良く分からない気持ちを持て余しつつ、潮江は、先程まで頭の中で考えていた案を食満に出す事にした。 「お前…」 「え?」 「住む場所ねぇんだよな?」 と、言うか一年間、ここに不法侵入していた訳だが…。 「仕事ねぇんだよな?」 「何度も聞くなよ…」 再度確認すると、食満が不貞腐れたような、泣きそうな声を出したので、確認が完了した潮江は、無防備になった食満の頭をもう一度ガッと掴んだ。 「っ!!」 また殴られる!!と食満は思わず目を閉じるが、予想外に 「おっしゃっ、んじゃぁ、契約完了って事で」 今度は優しく頭を撫でられた。ポンポンッと軽く撫でて、それから優しく髪の毛に手を入れる。頭を撫でる優しい手つきと、潮江の眩しいほどの笑顔に、食満は思わず潮江見入ってしまう。が、 「……はっ?」 食満は何を言われているのか分からず、一瞬で怪訝な顔になった。 「お前住む場所ねぇんだろ?」 「あぁ」 「仕事もねぇんだろ?」 「っ、あぁ…」 「なら、ここで住めば良いだろ?」 「あぁ……って…え!?」 思わず頷きかけて、食満は、潮江の満足そうな顔を見て、声をあげた。 「ちょっ、お前何言って…」 「ついでに、ここの庭師として雇う事にしたので、よろしく」 「だ…、から!!って、庭師!?はぁぁ!?」 食満を無視して勝手に話を進めはじめてしまっている潮江に、食満の頭は大混乱だ。 が、潮江はそんな食満の頭を落ち着け、とでも良うように、さらに優しく撫でた。 「まぁまぁ、そう騒ぐな、部屋数あるし、不法侵入者から、確実な入居者になれるんだぞ?良い話じゃねぇの?ほら」 そう言われればそうなのだが…潮江の言葉に食満の心が、それでも良いかなぁとグラリと揺れる。 が、待て待て、この話に乗ると言うことは、自分の雇い主が潮江になると言うことではないか、好敵手に使われるなんて真っ平ごめんだ!!そう思って、食満は潮江に反論する。 「っ、け、けど!!お前が雇い主ってのが…!!」 だが、それも潮江はサラッと切り返してしまう。 「別に俺は、あの庭が綺麗な状態でいるのが見たいだけであって、それを見るためならお前一人養っても良いかな?と思っただけだし、お前に雇い主だからって敬語使われるとか…鳥肌立つ…つーかヤメロ気持ち悪い」 食満に敬語を使われるのを想像してしたのか、眉間に皺を寄せた潮江の腕は、鳥肌が立っていた。 よっぽど気持ち悪いらしい。 「だから、敬語とかそう言うのは気にせんで良い」 そこまで言われて、食満の心はさらにグラグラと揺れ出した。ここに天秤があったなら、片方は、潮江の話に乗る。で、もう片方は、大人しく家を出ていき新しい仕事を探す。だっただろうが、すでに半年頑張って心が折れかけていた食満の天秤は、すでに『潮江の話に乗る』に重心がかかって、地面スレスレの状態だった。 そうして、潮江のこの言葉が食満の天秤を決定的に地面に落とした。 「部屋代、食費モロモロは全部俺持ちだぞ?」 「〜っ!!!」 ドスッと天秤が地面にくっつく。 潮江に、そこまで言われてしまっては、現在、とても生活苦の食満が乗らないはずもなかった。 食満は自分の頭を未だ撫で続ける潮江の手をガシッと掴んで頭からどかすと、ジッと潮江を見つめた。 そのあまりに真剣な表情に、潮江が思わずたじろぐ。 「良いのか…」 「…何回同じ事言えば良いんだ…」 「本当にほんっとーに良いのか!!?」 「だからぁ…っ」 食満があまりにしつこいので、焦れた潮江は、食満の手を思わず握り返し、 勢いよく 宣言した。 「俺が養ってやるから、俺んとこ来い!!!」 潮江の真剣な表情と勢いに、食満も思わず流されて、 「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!!!」 勢いよく 返事をしてしまった。 「……」 「……」 言ってから、二人とも沈黙した。あれ、何かおかしいな?と先程の台詞を二人で反復させる。 「養ってやるから俺んとこ来い…?」 「不束者ですが、よろしくお願いします…?」 違和感に、二人ともお互いを握っていた手を見つめてから、それをパッと離した。 「……」 「……」 離してから、スッとお互い立ち上がって、思いっきり 「お前は俺の嫁か!?」 「お前こそ俺の旦那か!?」 距離を取った。 潮江は障子の近く、食満は押入れの近く、二人のいる部屋の全部を使って距離を取っている。 お互い気持ち悪い者でも見たような表情で、お互いを見ている。 「お前が煮え切らないから言っただけで、他意はねぇよ!!って言うか、誰がテメェみたいな嫁いるか!!俺はおしとやかな美人が理想の嫁だし、そもそもテメェ男だろうが!!」 「俺だってお前に流されて言っちまっただけで、他意はねぇっての!!そもそも俺は男だし、仮に俺が女でもお前みたいな旦那いるか!!」 「……」 「……」 言って、お互い本気で気持ち悪がっている事を確認してから、二人はほっと息を吐いた。 「だよな」 「そうだよな」 俺達の間で恋愛関係なんて成り立つ訳ねぇ。 と、二人は納得してから、また先程の距離に戻った。 先程まで涙を拭ってもらって照れたり、相手が可愛いと感じたり、頭を撫でたりと、やけに妙な感情が湧き上がったり、接触の多かった男二人が言うとまるで信憑性がないが、二人はあくまでもそう思っているのだから仕方がない。 「で、お前はこれからどうすんの?」 先程までの距離に戻った潮江は、再度食満に確認を取った。 「……」 食満は暫く黙りこんだが、先程返事をした時点で、すでに答えは決まっている。 苦笑してから、食満は潮江に、深々と頭を下げた。 「…よろしく頼む」 それを見て、潮江は 「お前って妙に律儀だよなぁ」 と、呆れたように笑って 「庭、頼むな」 そう言って、食満と同じように頭を下げた。 こうして、潮江と食満の奇妙な共同生活は幕を上げた。 数年後、美しく整えられた庭を見ながら 月見を楽しむ男が二人、仲睦まじく笑いあう姿を 屋敷の庭は美しい花を咲かせながら見ているのだった。 [back]/[next] |