恋未満の彼の話

※教師潮江×中学生食満


はいはーい!!と元気よく手をあげた生徒が一人

「…?どうした」

嫌な予感はしたものの、そうして問いかけると、生徒はバッと机から立ち上がり、キラキラした顔でこちらに向かってこう言ってきた。

「シーちゃん先生の好みはどんな人ですか!!」
「…発言を拒否する」

眉間に皺がよって、思わず顔が引きつった。

潮江文次郎25歳、職業、教員、生徒からのあだ名は潮江の『し』から『シーちゃん』だ。最初言われたときは、お前らマジでそれで通す気か、と生徒に対して思ってもいたが、今ではすっかり慣れてしまった。
勤め先の中学での担当クラスは一年生、うちのクラスは学級委員長の食満を筆頭に皆まとまりがあって仲が良い。まぁあくまで俺目線なので、生徒個人の事はまだわからないことが多いけれど…手がかからないというか、やりやすいというか…。そんな訳でウチのクラスの子達は仲が良くて良い子が揃ってる。だがしかし、一つ問題をあげるとすれば…。

「えぇぇ!!良いだろ?教えてくれてもさー」
「くだらんこと言ってると、今からやるとこ課題にしてお前に提出させんぞ!!」
「何で俺だけ!!?」
「お前がガヤガヤうるせぇだけなのに、他の奴ら巻き込めるか!!」
「…やだ、シーちゃんカッコいい」

途端、顔を赤らめた目の前の生徒にため息。

「食満てめぇ良い加減にしねぇと、教室から追い出すぞ」
「ひでぇ!!」

ただ一つの問題、それは学級委員長の食満留三郎にあった。
思えばシーちゃんなんてあだ名をつけたのもコイツだ。
クラスをまとめ上げてくれている存在としては大変ありがたい存在ではある。あるのだが…。

「俺はこんなにシーちゃんを愛してるのに!!」

これ、である。思えば食満は始めの頃からこんなんだった。初めてのクラスでの自己紹介、俺に名前を呼ばれた食満は、元気よく「はいっ!!」挨拶した。黒髪の綺麗な顔をした少年だ。おぉ、イケメンだなぁ、女子にモテるんだろうなぁと、なんとなく思っていたら、何故かソイツは席を立って、俺のいる教壇までやって来た。

『食満留三郎、食べて満たすって書いて、けまって読みます。趣味は日曜大工っていうか工作、子供好きなんで、将来は良い父親か保育士を目指してます』

ここまでは良い、俺の元に来ることと、名前の珍しさ以外は普通の自己紹介、それに教壇にあがることも悪い訳ではない。目立ちたがりなヤツなんだろうなぁと思った程度だ。
だがしかし、本当に問題なのはここからだった…。

『でも…』

食満は教壇にあがって、俺をジッと見た後、少々顔を赤らめて、俺の手をギュッと握って来た。

『は?』

突然のことに思わず間の抜けた声を出す俺を、食満は真っ直ぐ見てこう言って来たのだ。

『あなたがいるので父親は諦めます!!』
『え』

何を言っているのか意味が分からない。

『潮江先生!!』
『は、はぁ…』
『惚れました!!俺と付き合ってください!!』
『……』
『好きです!!』
『……は?』

途端、クラス全体が静まり帰った。
俺も何が起こっているのか、訳分からない。だがその沈黙も、数秒で終わる。

「え」

一人の生徒が、声を出した瞬間

ええぇぇぇぇぇl!!!?

クラス中に叫び声が響き渡ったのだった。

それから数か月、何だかんだアプローチはされて来たものの、受け流す俺と、不憫な食満、という光景は、俺の担当クラスにはお馴染みの光景になりつつあり、皆、またやってるよ、と笑うばかりになった。
最初こそ、え、何お前ホモなの…?と食満を嫌悪していたヤツもいたようだが、食満はもともと面倒見が良く、明るいタイプで、誰にでも隔てなく優しいし仲間思いだ。
すぐにクラスのリーダー格になってしまい。俺の知らない間に、いつの間にかクラスの皆を懐柔…ごほんっ、いや、クラスの皆を自分の味方につけていた。
食満が学級委員なのも、生徒たちが、『食満をシーちゃん先生に近づけさせよう』というなんともいらんお世話で、決まってしまった。

勉強はまぁ…そこそこだけれど、食満は実際凄い有望株だと思うのだ。
優しいし面倒見良いし、分け隔てなく接してくれるし。

だがそんなヤツが選んだのが『俺』だ。
俺は別にそういうのに嫌悪がある訳ではないが、自分がそうか?と言われたら、良く分からない。
けれど、生徒はそういう対象では勿論見ないが、男として生まれたからには女の子が好きだと思う。
食満の質問には答えねぇけど、好みを言うなら、年上の頼れる女性が好みだ。

しかし、どうせ選ぶなら食満ももっとカッコいい奴を選べば良いのだ。実際、食満は綺麗な顔をしているし、そういう趣向の人物にはかなりモテると俺は思う。
こんな厳つい隈のオッサン…いや俺25歳だけど、コイツにとっては10歳も年上だし、俺だって自分の容姿の自覚ぐらいしてるつもりだ。自分で言ってて悲しくなるが、俺の何が良いのかサッパリだ。

もっと自分に見合った、食満自身を幸せにしてくれるようなヤツを…と思うのだが…。
相も変わらず食満は俺一筋のようで、毎日毎回、好きだ、愛してるを繰り返す。

こんなに純粋に真っ直ぐ人から愛情をもらう機会もそうそうないんじゃないだろうか?
嬉しくないと言えば嘘になる、けれど俺の食満へ向ける感情は、今現在、恋ではない。
大事な、それでいて、他の生徒とはまた違う、特別な『生徒』にすぎない。

ただ、食満のその真っ直ぐさが、オッサンの俺には眩しすぎて、キラキラしていてやけに眩しく見えるのだ。
純粋な好意を向けてくるその顔を見てしまうと、何だか怒る気力も逸れてきた。

「はぁ…もう良いから、いい加減席に座れ、授業始められねーだろ」
「はーい…」

俺が怒らなくなったのを見て、食満は流石にふざけ過ぎたか、と思ったようだ。
大人しく席を座ってくれたものの、怒ってる?といった感じでコチラを恐る恐る見つめてくる視線に、俺はまた溜息を吐いて首を振った。
俺と食満でしか通用しないのだが、これだけで食満は、俺が本当に怒っていないことを察することが出来る。不思議なことだが、アイツは俺を本当に良く見ているのだなぁと思う。

「好きだよ、シーちゃん」
「…っ…わーってるよ」

途端、パァァと笑顔になったその顔に、少しだけ安堵する。と同時に、いつも通りのその言葉にグッと息を飲んでから、返事を返した。
そうして、くそっと心の中で毒づく、俺が食満へ向ける感情は生徒に対するそれで、恋愛でも何でもない。
けれど、日増しに俺の中の食満留三郎という人間は大きくなっているのは事実だと思う。

「んじゃぁまぁ、前回のページから…」

今日も俺は、嬉しそうに笑う食満のアプローチを流して、いつも通りの授業を始める。
そんな俺を、今日も食満は嬉しそうに眺めていた。心底嬉しそうに、花が咲くように。

それを見て、俺は内心苦笑する。あぁ参ったな。そう思ってしまった。

もしかしたら俺はいつか

食満留三郎という人物に、心底惚れこむ可能性があるかも知れない

その時が来たら、俺は食満を幸せにしてやれるだろうか?自分に自信を持って、食満が好きだと言えるだろうか?
それ以前に、食満が俺を諦めてしまうかも知れない。

けれどそれは今はそうではないけれど、もしかしたらの未来の可能性の話。
まだ実りすら見せていないこの気持ちに答えが出来るまで、食満には大変悪いとは思うが、もう少しだけ、あの、太陽みたいな笑顔で、つれない態度しか出せない俺だけれど、アプローチをし続けて貰いたい。
ズルい大人のズルい要求だけれど、どうか暫く、待っていて欲しいと、そう思った。

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