おやすみなさい良い夢を


人間は、眠らずに何時間起きていられるのだろう。これは俺の認識だが、どう頑張っても、三日程度が限界だと思う。しかし俺たちは一応たまごとはいえ、『忍』と呼ばれる者なので、俺達の限界はもって、一週間、それ以上を越せば体に支障をきたす恐れもある。だがしかし、この忍を育成するための学園の中でも、とくに忍者してる俺の好敵手件恋人は、本日、度重なる会計の仕事、先日三日間行われた、校外実習のせいで、遂に

「…は…ははっは、はははは!!!!」
「…あー…」

限界を迎えた。昨日、校外実習を終わらせて戻ってきた文次郎は、学園に戻るまではいつも通りだったにも関わらず。
突然糸が切れたように無表情になって、急に走り出し会計委員会の部屋に入ってしまった。
それを見た俺達六年生は、突然の文次郎の行動にギョッとしてそれを止めにかかったのだが、

『…邪魔するな…』

とまるで人一人射殺すような目と、地を這うような低い声で、脅された俺達は大人しく文次郎から手を離したのだ。
ピシャリッと絞められた障子の奥からは、パチパチと止むことの無い算盤と、まるで何かに取りつかれたようにブツブツと何かを言っている文次郎の声が聞こえていた。

正直、怪談なんて目じゃないほどの怖さではあったが、とりあえず今の状況では文次郎は部屋から出てきてくれないだろう。と考えた俺達は、明日、文次郎の元をまた訪れることにしたのだが…。

今日、障子を開けた瞬間、昨日よりももっと恐ろしい何かを見た気分になった。
目の前で虚ろな目で大爆笑とかやめろ!!普段はムスッとしたしかめっ面が多いせいか、笑顔のそれは中々新鮮ではあったが、全然嬉しくないし、とにかくなんかヤバい、体フラフラしてる。

「留ー!!留三郎じゃねぇーか!!」
「おっおう」

しかし、目の前で爆笑しつづけていたヤツは、急に標的を俺に変えて来た。目下の隈は酷いくせに、物凄く嬉しそうに笑ってくれたせいか、俺は一瞬怯む、だってしょうがないだろう、俺はアイツの恋人だけど、いつも喧嘩ばかりだから、なんの邪気もなく俺がいる事に喜んでる姿みたら、やっぱり嬉しいもんなんだ。

「とーめー…」
「あっ、あぁ?」

そうして俺が怯んだ隙に、文次郎は体がうまく起こせないからか、ズルズルと匍匐前進でコチラへやってきて、その姿勢のまま右腕だけあげると俺の右手を自分の手で掴んだ。うつ伏せのままの顔は全然見えないし、右腕だけ俺の手を掴んでいて、おかしな体勢だったが、何故か、むしょうに甘えられているような、そんな気分になった。
文次郎の右腕が疲れないように、俺はその場にしゃがみ込んだ。すると、文次郎はポツリとつぶやく。

「…最近忙しかったから」
「うん」
「全然会えねぇし、仕事は終わらねぇし」
「うん」
「前々から、お前と行きたい場所があって、俺なりにいつもの数倍、仕事、頑張ったんだけど…」
「…お、う」
「もうすぐ終わりーってときに、実習始まるし」
「…っ」

すると、文次郎が顔を上げる。疲れ切っているのに、酷く寂しそうな瞳と顔があった。あぁもう、やめろよ、疲れてたくせに、そこまでして会いたかたって、お前のそういうところに、俺は弱いのだ。お前は本当に

「馬鹿か…っ」

顔が赤くなると同時に、涙腺が緩む。喜べば良いのか泣けば良いのかわからねぇじゃねぇか、嬉しいのに悲しいとか矛盾してんだろ、笑わせてくれよ、無理しないでくれよ、

けれど、同時に、心底愛おしいと感じた。

俺は何も言わずに、文次郎の掌と指先に自分の唇を持って行って口付けた。文次郎が少しだけピクリと反応したが、俺は気にせずに呟く。

「懇願と賞賛」

どこかの本で、口付けはする場所によって意味が違うと聞いた。だから、今はこれだけだ。

「文次郎」

明日になったらどこかに出かけようか、いや、二人で部屋の中で寛いだりも良いかもしれない。とにかく二人で一緒にいよう。だから今は

「眠ろう」

これが俺の懇願。
そう言うと、文次郎は俺の手を握ったまま、やっと目を瞑ってくれた。俺はそれを確認し、繋がれたままの掌を見つめて小さくほほ笑む。そうしてそのまま、文次郎を仰向けにすると俺は文次郎の隣に寝転んだ。そうして

「ありがとう」

俺との時間をとろうとしてくれた彼に、俺は言葉で賞賛を贈った。
今はゆっくりと、おやすみなさい。

おやすみなさい
良い夢を



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