深夜食堂

目の前で魚を食べている相手をジッと見てみる。

食堂はガランとしていた。何故なら時刻は深夜過ぎ、本日食堂のおばちゃんはぎっくり腰になり、食堂はお休み、夜ご飯は各自クラスの当番制である忍術学園ではあるが、目の前の相手は会計委員会の仕事で、昨日の夜からずーっと部屋にこもりっきり、自分の後輩も呼ばずに、一人で片付けをしていた為か、気付けばこの時間帯。

しかも、おばちゃんがいないという情報を知るのが遅れ、今日の朝飯どころか晩飯までくいっぱぐれた。という訳だ。

深夜の食堂で茫然とするアイツと、食事当番だった俺が洗い物を片付けている最中に出くわしたのが数時間前。苦い顔をした文次郎に、自分で作るし後でちゃんと片付けするから、何か食料をくれ、と頼まれた俺は、とりあずその辺りのあったものを差し出した。

『ん』

今日の晩飯で出した。食堂に保存されている魚の干物だ。

『…』

文次郎は、俺が無言で差し出した干物を、暫くジッと見つめていたが、俺の手から無言で干物を受け取ると、そのまま七輪を取り出して焼きはじめた。

洗い物をする俺に、七輪で干物を焼いている文次郎、会話もとくになく、両者無言というおかしな光景が完成した。普段の俺たちを考えると、あまりにも異様だ。そんなことを思って少し可笑しくなったが、魚を無表情で焼いている文次郎の会計の仕事で、やつれた顔を見て、ここで笑うのも何か変だと気付いて俺は、黙って、残りの洗い物を終わらせた。

そんな訳で数分後、そこにはお茶を飲んでいる俺と、魚を食っている文次郎が向き合って机に座っている。

そして何故か俺は文次郎に茶をついでやっている。

「ありがとな」
「お、おう」

文次郎と別れる機会を逃したのだ。何故逃したのか?それは一つに、ただ、俺が皿洗いが終わった時間と、文次郎が干物を焼き終わった時間が丁度一緒になってしまったことと、二つ目に、そのまま魚を皿に乗せて箸を持って、食堂の席に座ろうとした文次郎に、え、それだけ?米は?味噌汁は?と疑問が湧いてしまい。せめて茶ぐらい飲ませないと、という使命感のようなものが湧き上がった結果、何故か俺は茶を沸かして向かいの席に湯呑を二つ持って座ってしまったのだ。

「…あのよぉ…文次郎…」
「…んあ?」

魚をモクモクと食べていた相手が顔をあげた。俺がついでやった茶を何の疑問もなく、当たり前のように礼を言って飲んでいる。

「俺、そろそろ風呂行ってきてぇんだけど」
「行けば良いんじゃねぇか?」

いやそうなんだけどさ、俺の行動は文次郎から見れば、皿洗いの休憩ついでに、自分にも茶を入れてくれた。ぐらいの認識なんだろう。いやそうだよな、お前からすればその解釈で間違いではないけれど、違うんだよ、こうさ、俺はさっさと風呂に行きたいんだけど、雰囲気が逃してくれないんだよ、しかも自分でも可笑しいぐらいにこの雰囲気が嫌いじゃないって思っている自分がいるから尚更。

「まぁあれだな」
「?」

茶を飲んで一息ついた文次郎が、俺の飲んでいる湯呑茶碗に自分の湯呑茶碗をカンッとくっ付けて鳴らした。

「おつかれさん」

そのまま机に頬杖をついた文次郎は、何が面白いのか喉でクックと笑うと、また湯呑の茶を煽った。
それに一瞬呆気にとられていた俺だったが、文次郎と同じように

「おつかれさん」

と言葉を返した。文次郎の笑顔で、俺も何故か笑ってしまう。いつも喧嘩ばかりのコイツと、こんな穏やかな空気でいれることは滅多にない、けれどそのことが凄く嬉しいと思っている自分がいるのだ。あぁ、だから、この雰囲気から逃げたくないと思うのだろうか。

「お前とこういう雰囲気になるの、嫌いじゃねぇよ」

普段は眉間に皺をよせて難しい顔をしている顔が、眉を八の字にして嬉しそうに笑っている。普段は怒鳴ってばかりの声が、今は低くて聞きやすい男らしい優しい声で俺に話しかける。

「奇遇だな、俺もだよ」

胸に湧き上がる歓喜と、ジワジワと胸から湧き上がる熱で、今日の俺は少しおかしい。
きっとそれは全部、滅多にないこの空気が悪いのだ。そう思うことにして、深夜の食堂で俺は茶をもう一度自分の茶碗についだ。

気付けば外は土砂降りの雨になっていて、食堂の中にいた俺たちは、あまりにも犬猿と称される俺達のお約束を外さない空に、顔を見合わせて爆笑した。

深夜食堂
深夜の食堂の滅多にない二人のお話

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