彼が髪を切られた日

文次郎が任務から帰ってきた。六年生ともなればおつかいという名の任務も増えてくる。死にそうになりながら帰ってくることもあるし、あまり遅く帰ってくると心配もするが、今回は文次郎はキチンと任務を果たして帰ってきた。そこまでは良い。いや…良いのか分からないが、とにもかくにも俺の目に見える場所に潮江文次郎という存在が戻ってきたのなら、俺はそれで満足なのだ。しかし戻ってきた文次郎には足りないものがあった。

「…も…んじ…」

仙蔵ほど長い訳ではなかったが、俺よりも長くて、仙蔵に口煩く言われているせいか、手入れだけはしっかりしてあった綺麗な…文次郎の髪が切られていた…。バッサリと、それはもう豪快に、ザンギリ頭になっている。その姿に驚いている俺を見て、文次郎は少し困った顔をして、こう口を開いた。

「ヘマ…しちまった…」

文次郎の口からは、おつかいでの帰り中、敵側の忍に運悪く捕まってしまった。その敵側は相手をじっくりと弄り殺すのが趣味のようで、まずは文次郎の髪から切りにいったのだという。

「まぁ、そこで、一瞬敵が気を抜いたんで、間一髪で逃れて、顔見られちまったから殺してきたがな!!報復はしっかりしてきたぞ!!あの悪趣味な敵のせいで体のあちこち擦り切れたが…くそっ」
「…」

そう言って、短い髪を掻き毟って悔しそうにするその姿に、俺はかなり焦った。
だって髪を狙われたってことは、首を狙われるかもしれなかったってことで…首を切られたらコイツはもう二度と生きていられないはずで…なのに目の前のコイツはさして何もなかった。むしろやられて悔しいみたいな反応しているのだ。

「んで…」
「?」
「何で…そんな平気そうなんだよ…っ」
「わっ!!」

文次郎の服を握りしめて、俺はその体をめいいっぱい抱きしめた。今目の前のコイツが生きていることをこの身をもって確認したかったのだ。そうでもしなければ、泣いてしまいそうで


「ど、どうしたんだよ!?」
「ばかやろぉ…」

焦る文次郎は、それでも抱きつく俺を引き剥がそうとはしないので、俺はそれに甘えて、文次郎の肩に瞼を押し付けた。馬鹿野郎と放った言葉が、涙声になってしまっているからだ。

「な…泣くなよ…髪が切られたぐらいで」
「ちげぇ…ばかぁ!!」

髪を切られたぐらいで!?ふざけるな、俺にとってはそんな簡単なことじゃない、下手をすれば、自分自身が簡単にいなくなってしまうような出来事だったことが、コイツには分からないのか。

「じゃぁ何で泣いてんだよ…」
「おまえ…に、わかるか…よ…」
「…わかんねーよ…」

けれど俺が泣いている理由が全然分からない文次郎は、焦りながらも、抱きしめた俺の体を抱きしめ返して、背中をポンッポンッと優しく叩く。
その感覚に切なくなって、さらに文次郎の肩に瞼を押し付けた。だが前にそうやって抱きしめたとき、確かにそこにあった長い髪の感触は、もうどこにも残っていなかった。

そこで俺は、気付いてしまった。

コイツが俺の命を無くすかもしれないことも悲しかったが、髪がなくなってしまうこともとても悲しかったのだ。

俺は自分でも気づいていなかったけれど

潮江文次郎の髪が

好きだったのだ。

彼が髪を切られた日

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