水に溺れる バシャンッと、真夜中の池の水が大きく音を立て、留三郎の体は水の中に落とされた。 「っ」 縫い止められた腕が動かず、留三郎は焦りを感じた。浅いとも言えど、池の中。服は水を吸って、重い。押さえつけている張本人は、何の反応も示さず。 「……文次郎?」 一言、名前を呼ぶが、視線は逸らさない。ジッと此方を見つめる瞳が、僅かに揺れた。 「……め…さぶろっ」 吐き出されたかすれた声が、俺の名前を、俺の耳元で囁き続ける。 「留三郎……」 何回も、何回も、ゆっくりと。まるで洗脳に近いその声に、俺は思わず身じろぐ、それはある意味恐怖に近い羞恥心で、ただ、このままコイツの声を聞いてると、泣きそうだった。 濡れた髪が、濡れた体が、縋るように、俺の拘束していた腕を放して、体をギュッと抱きしめた。 あぁ、生きてるな…。 真冬の寒い寒い池に、全身浸かっているくせに、何でコイツはこんなに暖かいんだろう。ジンワリと手に広がった暖かさは、今までの異様な空気を、少しだけ消してくれた。 「文次郎?」 そこで、もう一度名前を呼んでやると、文次郎はハッとして此方を見た。 「はっ…?」 驚愕の色を露わにする文次郎が俺を抱きしめていた体をバッと離す。暖かかった温もりが離れていくのは少しだけ寂しいが、こいつはどうやら無意識でやっていたらしい。まったく。 「テメェはここで俺を犯す気か」 「なっ!!んな訳ねぇ…ってか、お、っ犯すとかしねぇよ!!」 意識の戻ったらしい文次郎にからかい口調で言ってやると、返された返事はいつもの堅物文次郎で安心する。 「…なぁ文次郎」 「えっ?」 「何かあったか?」 「……」 俺がそう言って文次郎の頬に手を伸ばして一撫ですると、文次郎はそれに気持ちよさそうに目を細めて、俺の髪に小さく口付た。 「何でもない」 「…分かった…」 嘘つけ、と思ったが、本人が詮索して欲しくないなら、俺が深追いすることもないのだろう。俺はそれだけ聞いて、黙って文次郎を抱きしめた。けれど俺は、あの池で、抵抗しながらも何をされても良いとも思ったのだ。さして大きな抵抗も出来なかった。 まるで、深い深い水の底に溺れているような感覚と同じように 潮江文次郎という存在に、 溺れているのは俺自身なのだから 水に溺れる [back]/[next] |