01

オープニング


非常に残念な話だが、俺は人生には誰しもが職業、勉学、などにおいて、向き不向きが存在すると思っている。

人生の選択肢において、やっぱり自分に不向きな職業を選んでしまう人は沢山いる訳で、その職業がどれだけ好きでも、才能と才能無しでは社会での扱いは全く違う。
つまり何が言いたいのかと言うと…。
俺はまさしく、
才能無しの『一人』だ。


「潮江、今回のコラム、面白いんだが……」
「何か足りない…ですか?」
「……すまんな」
「何で編集長が謝るんですか、良いですよ、馴れてますから」
「いや、これが怠けてばかりの新米のクソガキで、目上に礼儀もなってないってんなら、私も盛大に怒ってるさ。でも潮江は、ここに入社した時から誰よりも努力してきたし、礼儀もしっかりしていたからな…。だから余計に複雑だ…。本当に辞めるのか?」


新聞記者の仕事が『好き』だ。人の真実、人の闇、けして気持ちの良いものばかりでは無いけれど、…それでも『好きだった』

でもそれを目指そうと思ったとき、俺は淡々とした面白く無い文章しか書けないことに気付いた。もともと、変に現実主義であることが、空想力に欠けていると言われてきた。それでも、人を惹きつけるような文を書きたいと、文章の書き方の本などを読み漁って、やっと、コラムの仕事を貰ったとき、俺はそれで満足していた。

けれど、俺にも後輩ができ、その後輩が新聞の表紙を飾ったとき、俺は自分に、自分の才能に、限界を感じてしまった。


「土井編集長…ありがとうございます。俺は、良い上司に出会って幸せ者でした」

俺は本当に幸せものだった。努力を認めてくれる上司がいた。自分よりも良い記事を書いて前を進んでくれる後輩がいる。

それで充分だった…って言えば嘘になるけど…。

「潮江……」
「ありがとうございました」


俺は、編集長の前に、辞表を渡した。…しかしその時。

ブルル、プルルル。
鳴り響く電話の音…。

「あ、ちょっと待ってくれな潮江…はい、土井です。…はっ?はぁ…ちょっ!!ちょっと待って下さいよ!!無理ですって、それはウチの管轄じゃ…ってあ゛ぁぁぁ!!」

あ、嫌な予感…。電話をガシャンと置いた編集長は、

「しっ潮江…残念だが、これを受け取るのは暫く待ってくれないか?」

困った顔をして辞表を押し返してきた。

「…は?」

怪訝な顔をする俺を前に、編集長は困った顔をして頬をポリポリと掻く。

「すまん、潮江、仕事が来た…」
「はぁ!?」

んなバカな、俺の仕事は今回のコラムで全て片付いた筈だぞ!!?次に仕事が回ってくるとしても明日のはずだ。新聞記者の仕事はいつだって忙しいものだが、俺の部署はそう言うのはあまり関係ない。何故ならここは、生活雑貨や今日の料理、オススメ本紹介、などデカい事件ではなく、そう言う日常的な情報を提供する部署だからだ。
だから常日頃から記事内容がコロコロと変わることなどあり得ない。

ここから、出世頭はトントン拍子に犯罪や事件を扱う部署に移動していく。つまり入社当時からここに缶詰めな俺はやはり才能無しと言うかなんと言うか…。

まぁそれは置いておいて、すっかく止める決意をした俺になんで仕事が来るんだ!!?

「どーなってるんですか!!」
「いやな、実は…この仕事、周りに回って来たって言うか…」

言葉を濁す編集長を前に、俺が編集長のディスクをバァァンッと叩く。

「…御託は良いんで用件は?」
「っ!!」

後にその様子を語る文次郎の同僚(後輩)たちは、語る。
文次郎の後ろには『般若』が見えた。…と

編集長は普段常備してある胃薬を口に押し込めながら、文次郎に仕事内容を話した。

「『天才発明家、食満留三郎』への取材だ…」
「…………」


えぇぇぇぇぇ!!!?

俺と編集長の話に聞き耳をたてていた部署の同僚たちが一斉に声をあげた。
俺だって声をあげたいぐらい驚いている。あまりにビックリしすぎて暫く固まってしまった。

「ちょっ、何で、新聞の小コラムしか担当してねー俺にそんな大層な仕事が回ってくるんですか!!!」

俺は編集長の服の襟元をわし掴み、編集長をブンブン振り回した。
だってそりゃそうだ。

『食満留三郎』と言えば、日本を代表する天才若手発明家で、ノーベル賞も確実だと噂の人物だ。本人がテレビなどのメディアで報道されるのを頑なに嫌がるのと、ほぼ毎日研究室に缶詰め引きこもり状態な為、顔もまだ明らかになっておらず、謎の多い人物である。

先程から言っているが、ノーベル賞も期待されている発明家の取材なんか、俺の部署の役目ではない。しかも俺自身もそれに向いていない。

「実は、この食満と言う人物が中々にクセ者らしくてな…」
「クセ者?」
「取材を向こうの食満の世話役の人に頼んだら、OKしてくれたは良いんだが、食満自信は全くその気が無かったようでなー…取材記者がくるたびに、部屋に引き篭もるそうなんだ…」
「……」
「学者には神経質な気の人が多いとは良く聞くが、こうも頑なにされるとな…」
「それで、何で…」

そんな経緯とかは、もうこの際どうでも良いとして、何故、どうして俺が選ばれたのか俺は知りたかった。

「潮江は、厄介な人物に好かれることで有名だからな」
「…は?」

何だそりゃ。

「女タラシで中々他人と仕事をしたがらないが、腕は確かなカメラマンの錫高野、気難しくてドSなことで有名な情報屋の立花、まだまだあるぞ〜」
「え、アイツら、有名なんですか?与四郎なんてほいほい仕事するじゃないですか、仙蔵はありゃ腐れ縁です。」

カメラマンの与四郎は、入社時代の友人だが、まさか、そんな訳無いだろう。俺が取材をするときは、頼んでいなくてもくっついてくるのだ。良い写真を撮るとは前々から思っていたけれど、仕事に対しては好き嫌いは無いと本人が言っていた。
仙蔵にいたっては、単純に幼馴染なだけである。

「名前で呼び合うほど、仲が良いだろう?あの二人の扱いにくさは、社でも有名なんだぞ?」
「えぇぇ…」

俺は初めて知ったのだが。

「お前は相手の心を無意識に開くことに関しては天才だと私も思うよ」
「…そんなことは…」
「謙遜するなって、最後のデカイ仕事だ。やりたいって思わないか?」
「……そりゃ、そんなチャンスがあるなら…」

俺はまだ、新聞記者だ。書きたいものがある。書いて良いと言ってくれるのなら…。

「やってくれるか?潮江?」
「…やり、ます」


編集長は、満足そうに微笑んだ。

こうして、俺の『最後の仕事』の物語は幕を開けた。


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