無重力世界への招待状



招待状は手渡された

「見れば良いの…か?」

無言で頷く長次を見ながら、俺は受け取った本をパラパラとめくった。
それこそ高校のときは訳が分からない言葉の羅列だったが、それに近い専門職をしていると、なるほどなぁと理解出来ることが増えた。はじめての人間にもだいぶ分かりやすい書き方で、宇宙飛行士の仕事とその意味について、などが書かれている。

パラリ、パラリ、1ページずつ、大切にめくっていくその本には、俺と留三郎の思い出が詰まっていた。



『何でお前、宇宙飛行士になりたいの?』

ある日俺は、留三郎にこう聞いた。留三郎の宇宙飛行士になりたいという熱意は、その夢を聞いたときから凄かったし、俺もその夢を追う姿に憧れていたふしがあったので、まず一番大切なそのことを聞いていなかったことを、その日思い出したのだ。

『え』

留三郎は俺の質問に、キョトンッとした顔をしていたが、やがて、いつも見ているこの本を鞄から出すと、ペラペラとページを捲って、とあるページを俺に見せた。

『地球…?』
『そう、地球』

そこに映っていたのは、地球だった。青色の、でもところどころ地上が見える。俺たちの、いや、動植物たちの住家。

『この地球の周りを調べたくてさ』
『はぁ?』

地球の周り…というと、火星とかそういう違う惑星のことだろうか。

『火星とか木星とかな』
『あ、それで良いのか』
『?俺は地球を愛していると言っても過言ではくてな!!』
『……』

そこでドヤ顔を決めた留三郎を、俺が覚めた目で見ていると、

『何だよ、我らが人間の愛しの地球さんだぞ、文次郎は愛がたりねぇな!!』
『別にたらなくて結構だっ!!!それに俺に愛は無ねぇ!!』

留三郎がムキになって言うので、こっちもムキになって否定すると、留三郎は暫く俺と睨み合いになったが、このままだと話の本筋に持っていけないことに気付いたのか、ゴホンッと一つ咳払いして、人差し指を俺に突き出して

『かのユーリイ・ガガリーンはこう言いました』
『は?』
『地球は青かった…ってな』

ガガーリン…俺の記憶が正しければ、世界初の宇宙飛行を成功させたっていう…宇宙飛行士…だったと思う。

『でもな、これは一説にすぎなくて、たとえば、地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった、を英語に翻訳する際、地球は青かったに変化して広まったとか、いろいろあって』
『へぇ』

ガガーリンは何となく知ってはいるが、それは知らなかったと、純粋に驚く俺に、俺に、留三郎はさらに続ける。

『で、色々言ったっていう説の中でも俺は、青いヴェールをまとった花嫁っていう解釈が好きでさ』
『花嫁?』
『それで俺はこう思ったわけだ。地球が花嫁さんなら、旦那は誰だろうなぁーって』

え、そこ?そこなのか?俺は内心で盛大にツッコミを入れた。
とても真剣な顔をする留三郎には悪いのだが、何だか笑いがこみあげて来る。

『ぶはっ…だ、旦那…』
『な!!何で笑うんだよ』
『い、いや…斬新っつーか、ふははっ』
『うるせーな!!良いだろ別に』
『そっか』
『そーだよ、だから、俺は俺自身で宇宙に行って、俺の目から見た地球にふさわしい旦那は誰なのかってのを見てくるんだよ』
『はははっ』
『だから何でまた笑う!!』

予想していなかった理由だったけれど、純粋な知りたいという意欲だけのその理由は、やっぱり留三郎らしく思えた。

『見つかると良いな』

俺がそう言って笑って、留三郎の背中を軽くポンッと叩いて、素直に応援すると、留三郎にもそれが伝わったのか、あいつは笑顔で、頷いた。

『おう!!』

しかしまぁ花嫁の旦那か…結婚に夢をもつのは、男も女も対して変わらない訳で、そのときの俺は、良いなぁそういうシチュエーションと、思いながら、

『花嫁の旦那かぁ…憧れるよなぁ…』
『だよなぁ』

と呟いた。いつか俺にも留三郎にも、自分の本当に愛した女と、結婚するときがくるのだろうか、それは、少しだけ寂しいような、だけど、凄く嬉しいような…その時はまだ、本当に辛いなんて気持ちもなくて、アイツに対する思いにも気付いていなかったから、俺はそのときの気持ちは、友人を花嫁に取られる気がして寂しいのだ。という結論になってしまった。

俺の呟きに対して留三郎も頷いてたが、

『でもさ…まだ嫁とか彼女とかは良いわ』
『は?お前モテるじゃねぇか』

と、言った。正直留三郎は容姿が良いのでモテるし、青いヴェールを纏った花嫁、という説が好きというように、結構夢見がち…ロマンチストなところがあるので、結婚はまだ先の話だとしても、彼女はまだ良いなんて良いだすとは思わなかった俺は、首を傾げる。

『まだ男同士の青春してーからさー』
『お前…んなこと言ってから彼女出来ねぇんだぞ…』

俺に対しての嫌味でもある。

『うっせ、お前に彼女が出来たら、俺も作ってやるよ、まぁ文次郎が、彼女作れるか謎だけどなー』
『んだと、テメェ!!』
『はははっ』

そう言ってケラケラ笑う留三郎に、俺だって彼女ぐらい出来るっての!!とムキになって言い返すが、留三郎はそれでも笑っていた。



懐かしいあの日々を思い出しながら、ページをめくっていく、後、数ページで、あの地球の写真になる。
あのときは、彼女ぐらい出来ると断言した俺は、大学に入ったら実際出来た。そうしてその後に、留三郎も彼女を作ったんだっけ…「約束は守ってやったぜ」と嬉しそうに笑う彼に、俺が若干傷ついたのは内緒である。
まぁ今はいないから、良いんだ…けれどいつかは、と、そう思っている。

本当に色々あった。初めての出会いから、今に至るまで、俺の人生は留三郎に出会ってから、留三郎で埋め尽くされている。きっと、来年も再来年も、俺がジイさんになっても…頭の中はアイツでいっぱいだ。

パラリ、パラリ、捲るページは進んでいくのに、俺の脳内は、過去の懐かしい思い出に遡る。
捲るたびに、伝えないと決めた心が揺さぶられる。


そうしてついに、地球のページを開いたとき

「…っ」

握る本に思わず力が籠った。俺の目に飛び込んできたものは

「え……」

パラリと、一枚の封筒がそこから落ちる。ヒラリ、ヒラリと落下していくそれを、目で追って、思わずキャッチ。
星柄の少し落ち着いた色合いをした封筒には、こう書いてある。

「…無重力…世界への…招待…状?」

それは何の変哲もない、ただのタイトルがおかしい封筒に見えた。だが、俺はそうは言っていられない。なぜならこの字は…。

「とめ…?」

そう、どう見ても留三郎の字だったのだ。長年腐れ縁を続けていた俺だから分かるかもしれないが…それに、封筒の開け口に張ってある、アヒルシールは、間違いなく、高校から現在に至るまで、留三郎が好きな、アヒルキャラクターのシールである。高校のときはそのキーホルダーをごちゃごちゃとカバンにつけていた。

「無重力…無重力世界…?」

頭の中で無重力世界とは何か、を考える。

「無重力とは宇宙…?宇宙とは…」

留三郎はここまで来るのに、何を行っていた?昔の言葉が蘇る。

『宇宙にいるみたいな感じになるだろ?』

そう言って笑ってみせたアイツに、恋をした場所はどこだった?アイツがこの学校を選んだ理由の場所。
俺が、アイツへの恋を自覚して泣いた場所…そこは。

『だから!!あの屋上に、もう一度!!』
『6時頃になったら屋上集合な!!』

そうして、現在のアイツの言葉が蘇った。

「…おく…じょう…?」

俺は顔を本からあげて、図書室の窓を見る。日が暮れるのが少しだけ遅い7月の夕日が窓を照らしていた。キラキラと輝く茜色は俺の心を落ち着かなくさせるが、それでいて優しい色をしていた。あの時の夕日と同じように、俺は、アイツに呼ばれている。

「っ」

夕日の眩しさに目を細めた後、俺は俺に向けられた招待状を握りしめて、

俺はただ、留三郎に今、今すぐ会いたいと思った。


その瞬間、俺の手元にあった本が、俺の手元で誰かにパタンッと閉じられた。それを出来る人物は今俺の目の前に一人しかいない。驚いて長次を見ると、長次はとても珍しいことに緩く微笑んで、俺が閉じた本をゆっくり受け取った。

「文次郎…」
「長次…?」
「行って来い…」

長次が俺の名前を呼んで、俺の背中を本でトンっと軽く押す。その瞬間

「行って…くる…」

俺は、屋上に向かって走り出した。


なぁ留三郎…お前は俺に何を伝えたいんだろう?

でも俺は、今、凄くお前に会いたいと

そう思うんだ。


招待状は手渡された

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