無重力世界への招待状



桜舞うスタート

『長次!!』
『…は?』

そんな仙蔵の恋が破れて数か月、その日は卒業式だった。
そんな俺の前に現れたのは、食満留三郎、文次郎の片思いの相手であり、仙蔵以外で俺に文次郎の話を良くしてくる相手だ。性格も良く、後輩思いで優しい留三郎は嫌いではないが、仙蔵の一件から、少しだけ距離を置くようになってしまっていた。双方の恋愛事情を知っている身としては、どうしてもハッピーエンドを迎えられなかった方に優しくしたくなる…と言う気分は分かってもらえるだろうか?まぁ、距離を置いていた、とは言うが留三郎には話しかけられたら普通に話すことはしていたし…。

そうして卒業式を迎えた今日、俺はやはり、図書室の様子が気になって、最後の本整理に勤しんでいた。
が、おかしい…。

『一冊足りない…?』

どんなに貸し出しカードを見ても明らかに一冊足りないのだ。
そうやって首を傾げる俺の元に、留三郎がバンッと図書室の扉を開いてやってきていた。
普段なら図書室では静かに!!と怒るところだが、食満の顔は何故か必死に、学生カバンをとても大事そうに抱えていたのが気になって、それは言葉にならなかった。

『…っかった…間に合った』
『?』
『悪い、これ、返してなかったから』

食満がカバンから取り出したのは、一冊の本だった。

『あ…』

どうりで在庫が少ないと思っていたら…。そう思って本のタイトルを見ると…、

『宇宙飛行士になるためには…?』
『そう、この本すげぇ好きでさ…』

そう言って大事そうに見つめる留三郎がヘラッと笑って、その本を愛おしむように撫でた。
その顔は、どこか切なそうに見えて、あのときの仙蔵の顔がちらついた俺も、何だか辛くなった。
どうしたんだろう、この前までは、文次郎と同じ大学に受かって、大喜びしていたはずなのに…。

『これがなかったら、たぶん、俺は…』
『?』
『…いや…だから何回も何回も借りちまってたんだ。だから返すのも今日になっちまってさ』
『いや、それは良い…』

貸し出しカードを見ると、数年間人に借りられていなかったようだし、この本もこんなに熟読してくれたヤツがいるなら本望だろう。俺はそう言って、留三郎から本を受け取った。

『ありがとうな、この場所にも、長次にも、大変お世話になりました!!』

留三郎は俺が本を受け取ったのを確認すると、その場で綺麗に頭を下げた。その光景に俺は思わず唖然としてしまう。

『っはー!!すっきりした!!』
『は…』

そのまま驚いている俺を後目に留三郎はバッと顔をあげると、ニッとほほ笑んだ。その顔は今までの切なそうな顔と違って何か覚悟を決めたような顔だった。留三郎を唖然と見つめていた俺を、

留三郎はひどく真っ直ぐな瞳で見つめた。

『知ってたよ』
『…?』
『仙蔵が、文次郎のこと好きだってこと』

そう言って留三郎は、どこか挑戦的にほほ笑んだ。

『!?』

それに少しだけ目を奪われたが、仙蔵の話を突然出され、それにさらに驚いた俺は、何かを喋ろうと口を開くが、留三郎の真剣な目に気圧されて、喋れなかった。

『でも!!』
「!!』
『譲れなかった…文次郎が仙蔵よりも俺を優先してくれるのが嬉しかった!!優越感に浸ってたし、確かに仙蔵には勝てたとか、どこかで俺は絶対思ってた!!』
『っ』
『それでも!!俺がそんな醜いことを考えても、文次郎にとって仙蔵は絶対唯一の幼馴染で、かけがえの無い大切なヤツだけど、多分、文次郎にとっての俺は、同じ夢を目指すことの出来る仲間でしかないんだ…』
『留…三郎…』
『最低だろ?仙蔵をバカにするような気持ちで優越感に浸ってたくせに、俺はアイツの仲間でしかない…』
『…』
『純粋に文次郎を思い続けていたアイツと、アイツを追いかけていた文次郎なら、違う未来もあったかもしれないのに…俺は仙蔵から、文次郎を引き剥がしたんだよ…っ問題なのは、無意識にそういう行動に出た俺だ!!』

仙蔵を追いかける彼に、振り向いてもらえたあの日から、彼の知らない優しさが嬉しかった。はじめての夢に、笑わないで向き合ってくれる友人の存在が嬉しかった。大切だった。けれども、その友人が、楽しそうに幼馴染のことを話すときの、なんとも言えない苛立ちに、自分は早く気付くことが出来なかったのだ。だから、彼から彼を遠ざけた。
それは何故だろう。なんて、本当は分かってた。

『とめ…』
『でも、それでも、俺は…っ』

けれど、譲れない。これから先、どんなに苦しくても、たとえ彼に好きな女の子が出来たとしても…
この事実だけは絶対に折れることは無い。俺の真実だ!!


留三郎が、自分の拳をギュゥゥッと強く握った。

『文次郎の事が好きなんだよ…っ!!!』


その時俺は、はじめて、留三郎の心の底からの叫びを聞いた気がした。
お前はそんなに…文次郎の事が…好きだったのか…。


『最初は、普通の友達でいられると思ってた。でもダメだった。俺は…』

それだけ言って、留三郎の言葉がどんどん小さくなっていった。そこで、自分が熱くなりすぎたことに気付いたのか、ハッとした顔をして、申し訳なさそうに俺を見た。

『ごめん…俺…』
『いや…』
『長次に聞いて欲しくてさ…多分仙蔵も、文次郎についての話を、したと思うから』
『…?』
『長次は話しやすいって話だよ』

そう言って小さく笑った留三郎に、俺は思わず苦笑した。

『あのな、長次、この話…』
『…心配しなくても…仙蔵には言わない…』
『いや、違うんだ。話してくれ』
『はっ…?』

留三郎はそこで、まるで花が咲くように笑っていた。

『俺、覚悟決めたんだ。アイツがさ』
『?』
『口約束かもしれねぇけど、一生傍にいてくれるって言うからさ?』
『は?』

え、何だそれ、お前たちはいつの間にそんな甘ったるい関係に…いや、違うのか?留三郎の口ぶりからして、お互いが両想いなことにさえ気づいてないようだしな…。っていうか恥ずかしいなお前たち…聞いてるこちらが恥ずかしい。思わず顔を赤くした俺に気付いていないのか、留三郎はまだ話続ける。

『それになにより、仙蔵からアイツを奪うんだからな。仙蔵にも俺の全てを知る権利がある。だから自分の醜さは隠さねぇし、逃げねぇよ』
『っ』
『それで仙蔵に嫌われるのは、ちょっと悲しいけど、俺だって、文次郎のことでライバル視してたもんな』

それに、俺は今度こそ目を奪われる。

『はぁ…』

まったくお前らは…文次郎のどこが良いのか、なんて、言ったら、二人に怒られてしまうだろうか、それでも俺の目に映った留三郎は、凛としていて、俺が今まで見てきた誰よりも、カッコよく見えたのだった。

『あ、呆れた?』
『…呆れた…』
『へへ、でも残念、どんなに呆れられても、俺はもう文次郎に下手惚れだからな』
『見れば分かるよ』

俺の想像以上に、留三郎の思いは強かったようで、どういう状況でも、文次郎を諦めないという強い意志が伝わった。
全く本当に、カッコいいヤツだよお前は、文次郎に見してやりたい。

『まぁ彼女が出来るのは妥協するとして…男友人は俺が認めたヤツ以外は認めん!!』

そう言って腕を組んで、ドーンッと宣言する留三郎の姿に、思わずお前は文次郎の母親か!!と思ったが、それはひとまず置いておいて、お前の場合は…

『我慢する、だろ…』

好きな相手に彼女が出来るのは仕方ないなんて、そんなの悲しすぎるだろう。俺がそう言うと、留三郎は少しだけ悲しそうな顔をしたが、またパッと笑顔になった。

『…うんっ…でもな、長次、傍にいる宣言を最初にもらったのは俺なんだぜ?』
『そうか』
『そう!!だからな?文次郎にはそれを実行する義務があると思う訳だよ』

そう言って、チッチチ、と指を左右に揺らして、留三郎は宣言した。

『俺はな!!友情に勝る恋愛はない、を体現しようと思ってな!!』

そう言って、ニコッと宣言する留三郎を見ていると、こちらまで元気が貰えるような気がした。
諦めなければ思いは叶う。留三郎の場合、それは俺が保証しよう。なんたって文次郎はお前に下手惚れだ。

『留三郎…』
『ん?』

仕方ないな、と思う。こんなにも真っ直ぐに、文次郎を好きだという彼には、誰が相手でも叶わない。
だから仙蔵も、大切な恋心を諦めたんだろうか…。この二人の恋が実ったら、仙蔵は…笑うのだろうか…。

『…俺に、考えがある』
『え』
『ただし、お前には長いこと待たせる結果になる…が…』

その姿を想像したとき、俺はどうしても、二人には幸せになって貰いたいと感じた。
単純な二人の幸せの為に…?いや、違うかもしれない。

…二人の幸せを願うなら、もっとはやく告白を促すこともできる。俺は…文次郎にはある程度苦しんで欲しいという願望がある。本人は全く知ることが無いので、理不尽だとは思うが、仙蔵を泣かせて、留三郎にこんなに思われているなんて、アイツは贅沢すぎるのだ。だから、かなりの年月をかけるのは、俺なりの文次郎に対する報復である。

これは俺のエゴだ…認めようじゃないか、あの秋の日、何故あんなに辛かったのか、でも俺はずるいから、留三郎のように、全てを語る勇気はない。だからせめて、二人の恋が実るまでは俺も告白はしないでいる。だが頑張って、彼を繋ぎ止めておけるように頑張ろう。そうしてお前たちの恋が叶った日に、俺は二人に謝ろうと思う。

『…俺は…告白…は…』

俺の言葉に、留三郎が息がつまるように声を出した。そんなに辛いなら言ってしまえば良いのにとは言わない。
何故なら俺も同じだからだ。
だが、俺には確信に近い自身がある。

『大丈夫だ、信じろ』

もしもの場合はお前が繋ぎ止めれば良い。お前なら…それが出来るはずだから。お前はいつも笑って、文次郎を引き付ける存在であれば良い。実際文次郎もお前から離れるとは考えられないから…。

『この恋、俺が絶対成就させてやる』

それは誰の為だと、問われれば…。あの秋の日に、一つの恋を諦めた彼のために、恋を貫き通すと決めた彼のために、恋を伝えることの出来ない彼のために、そして、彼らの恋を成就させなければ、自分の恋実らせないと決めた自分のために。

『っ』

俺は、一つの便箋を留三郎に差し出した。これから先に、考えていることはたくさんあるのだが、まずはこれが重要なのだ。

『招待状…を文次郎に…』
『内容…は?』
『…それはお前が…決めて良い、それに、乗るも乗らないも、お前次第だ』

図書室の窓から、桜の花びらが数枚ヒラヒラと入ってきた。
だがそれは、俺たちにとって、卒業式という終わりではなく、告白のための下準備がスタートした日だった。

『その話…』

留三郎が震える手で、

『乗った』

便箋を受け取ったその日から、この物語は動き出していた。

桜舞うスタート

[back]/[next]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -