無重力世界への招待状



秋空の恋の話

〜数年前(学生時代)〜

話を、数年前に戻そう。俺の名前は中在家長次、図書館と本が好きな普通の図書館司書である。

これは俺が高校生三年生のときの、秋と卒業式前日の話である。

俺は、高校三年で図書委員長になった。
そして、季節は秋、最近の俺には、二人ほど本とはまったく関係の無い用事で図書室を訪れる人物がいる。
喋ることを得意としない俺なので、話をしてくれたり、何かしら頼ったりしてくれるのは嬉しいことなのだが…。


『なぁ長次、話を聞いてくれないか?独り言だと思って、な?』

一人目の話相手は、この学校の学年首席、立花仙蔵だった。仙蔵には一人の幼馴染がいて、名前を潮江文次郎という。少々暑苦しいところもあるし、借りた本を中々返さないが、そこを抜かせば、努力家で、開いてを気遣うことが出来る良いヤツだ。ただし、コチラがそういう意味、で勘違いしそうになるほど、天然で恥ずかしいセリフを素面で言うことがあるので、結構厄介な奴だ、と俺は思っている。本人は全く気付いていないが、あれで意外とモテるのだ。
仙蔵は、そんな文次郎の話をするのが好きだった。

『文次郎に…好きな奴が出来たみたいなんだ』
『あぁ…』

そう言って、朗らかに笑う仙蔵だったが、その目はどこか寂しげだった。
仙蔵が言う、文次郎に好きな奴が出来た。と言うのは、俺にも心当たりがあったので、頷く。
文次郎の思い人は、食満留三郎、という人物だ。文次郎とは最初こそ犬猿の仲、と呼ばれていた関係だったが、二年生になって何かお互いの認識が変化したようで、図書室で一緒に勉強したりしている姿が見られるようになった。
ただ、最初こそ俺は、二人が友人同士として、仲良くなっていっているのだと思っていた。
だが…図書室でいつも勉強している風景は『友人同士』というよりも『恋人同士』という響きの方がしっくりくる気がした。その時から、俺は文次郎を良く観察するようになった。そうしたら、文次郎は、いつも優しい顔をして、留三郎のことを見ていた。楽しそうに、ときおり愛おしそうに見るその姿は、

あぁ…コイツは「恋」をしているんだ。

と容易に理解することが出来たのだ。文次郎自身、思い人が、男、だということで、思いを伝えるのかなり戸惑っているようだが、俺から見たら…。

『なんだろうなぁ…いつも、追って来てくれた大型犬に愛想を尽かされた気分だ』
『…大型犬…』

仙蔵、そのたとえはどうなのか…楽しそうに話す仙蔵だったが、少々無理をしているように見えた。

『なぁ、長次、嬉しいはずなんだ』
『…?』
『文次郎が、私から離れていくのが』
『…あぁ』
『でも、心から…ではない』
『…』
『何故、だろう?』

そうやって、仙蔵が笑った。そこで俺は、初めて彼の気持ちに気付いてしまったのだ。
声に出さなくても、その顔で分かる。
何故ならその顔は…食満に思いを寄せる文次郎と…確かに…同じ顔だったから…。

あぁ…そうか…お前は…

『好き…だったのか』

俺は、仙蔵の頭に手を乗せて、ゆっくりと撫でた。

『……』
『仙蔵』
『…っ』

その途端、仙蔵の目から、涙がポロポロと零れた。

『……』

普段から容姿端麗で強気な仙蔵が泣くのを見ているのは、見ているコチラも辛くなってくる。

『…長次…』

だが、俺には彼にかけてやる言葉が見つけられなかった。
俺には確信がある。文次郎の…いや、彼らの恋心に気付いた俺には分かるのだ。
彼らは…例え思いが通じあえなくても、この先、何年も傍にいて、お互いを一生思い続けるのだ。と、思う。
そこに、仙蔵の入り込める場所はもうない。だから、その恋を諦めるな、とは助言出来ない。
仙蔵自身も分かっていて、だから泣きに来たのだ。そして、泣き場所に俺を選んでくれた。

『…ありがとう…』

俺の方こそ、俺を選んでくれて

ありがとう

俺は、仙蔵の顔を自分の胸に押し付けて、泣き続ける彼に、何故かつられて泣いていた。
悲恋物の小説はたくさん読んで来たけれど、目の前で一つの恋が終わったのを実感させられて、辛かった。
もっと辛いのは仙蔵の方だったのに…何故だろう?


窓辺から見えた秋の紅葉と夕日が眩しくて…俺は仙蔵をただ強く抱きしめた。



これは秘密の話の一つ、文次郎が一生知ることのない。俺と仙蔵だけの物語。

ただ、愛し合う二人の遠くで、二人が知ることのない恋をしていた彼の話を知って欲しかった。

彼の新しい恋が実ることも、俺は祈っているのだ。


秋空の恋の話


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