無重力世界への招待状



彼の知らない物語

図書館の木製の机を一撫でして、俺はあたりを見回した。

「変わってねぇなぁ、ここも」

今日は留三郎との約束の日の当日だ。ちなみに、校内に行くにあたって、留三郎がものすごく苦労していた。単純に普通の卒業生なら、普通に校内へ入る手続きをして入れるのだが、留三郎の場合はこの学校の普通の卒業生でもあるが、就職が難しい宇宙飛行士になった学校自慢の卒業生でもあるのだ。その生徒が母校に帰ってくる。なんて、美味しいネタを学校側が逃すはずもなく、留三郎は折角地球に帰ってきてからの休日だというのに、生徒たちを相手に宇宙に関しての講義をさせられる羽目になっていた。

そんな訳で、少し遅れてくるようなので、俺は暫く学校見学でもしてようと思い立った。ちなみに、俺も有名ではないにせよ、一応研究員のはしくれなので、手伝わされそうになったが…

『文次郎は手伝わなくて良いから、どっかその辺ブラブラしてて』
『あ?でも、俺がいた方がいろいろ楽なことも…』
『良いから!!』
『うぉ!!』
『6時頃になったら屋上集合な!!』
『おい!!』


と、留三郎本人に手伝うことを却下されてしまったのだ。学校見学と言っても、俺の思い出の場所は自分の教室と、後はここぐらいしか無い。

「図書室」
「……」

そう言って後ろを振り返り笑うと、成長した図書室の番人が、少しだけ眉間に皺を寄せた。

「そんな怒るなよー長次」
「……久しぶりに、帰ってきたと思ったら……」

喧しいヤツが来て迷惑、といわんばかりの長次に、俺は苦笑した。

「ほんの数時間いるだけなんだし、久々の同級生との会話に少しは付き合えよ」
「……」
「…無言は肯定と取るぞ?」
「…分かった」

図書室の番人こと、中在家長次は学校を卒業した後司書の資格を受けて、また母校に図書館司書として戻ってきたらしい。
昔から寡黙ではあるが、決して喋れない訳ではないし、物事をよく考えたうえで助言してくれる良いヤツだった。
成長して寡黙さは少しは改善されたらしく俺の会話に付き合ってくれるようだが、その姿は俺の記憶にあある長次のままだ。

「にしても驚いたなぁ、仙蔵もここで働いているんだろ?」
「あぁ…お前たちは、幼馴染だったか…」
「留三郎の次の次くらいには連絡しあう仲だなぁ」

俺の幼馴染で、学年主席だった立花仙蔵は、今はこの大学の数学教師として働いている。毎度俺の上を行く人物であり、俺はそれが悔しくて奮闘していた時期もあった。そういえば、留三郎の夢を知ったのも、そんな時だった。明確な夢を持てなかった俺が、留三郎の傍で何かしたいのだ。とこの幼馴染に打明けたとき、幼馴染はそれはもう、心底嬉しそうな顔で、俺の頭を軽く殴った。

『やっとお前にも、私以外の、夢が出来た訳だな』
『だっ、何なんだよ!!』

けれど俺はそのときに分かったのだ。コイツには出来ることがあって、俺にしか出来ないことがある。仙蔵は俺なんかより、ずーっと前からそれが分かってた。だから、俺よりも頭が良くて、叶わなかったのだ。
…あいつは俺よりもずっと大人だった。

「…仙蔵は、いつもお前を気にかけていた」
「?」
「…俺は、お前の知らないところで、いろんな秘密を教えられてばかりだ」
「は?」
「頼られているのは純粋に嬉しいが、お前のその鈍さはどうかと思うぞ…」
「う…ん?」

長次の言葉が理解できず疑問符を浮かべる俺に、長次は、はぁっとため息をつくと、時計を見て、それから鞄を取り出した。

「あ、それ…」

長次が手にしていたのは、高校の頃の学生カバンだった。

「何だ、随分懐かしいものもってんだな」
「そうだな、だか、これは俺のじゃない」
「え」
「これは、留三郎のカバンだ」
「はぁ?」

え、なんでお前が留三郎の学生カバンなんて持ってるんだ?そんな疑問を遮るように、長次はそのカバンの中から、一冊の本を取り出して、俺に差し出した。


「え?」
「……」

どうやら受け取れということらしいので、おとなしくそれを受け取った。

「あ」

その本は見たことがある。今でも鮮明に残っている俺が留三郎の夢を知ったあの日の…。

「『宇宙飛行士になるには』じゃねぇか、懐かしいな」

しかし違和感がある。借りた本を学生カバンの中に入れっぱなしのまま、なんて留三郎らしくない…それと、図書館で借りたことのある宇宙に関する本は、留三郎が大学生の頃辺りから、自分で購入して揃えていたはずなのに、そういえばアイツの部屋には、この本だけはなかった気がする。

何でだ…?

そうやって首を傾げる俺を長次はジッと見ていた…。


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