雨雨降れ降れ(文留) 誕プレ

傘をさしながら、雨の中を歩く姿を見かけた。
その手には、折りたたまれたもう一本の傘

くるり、くるり、傘が回る姿を、ぼうっとただ見ていた。
くるり、くるっ、あ、また回った。

それは多分、あいつの癖で、きっと…。

「機嫌良いんだろうなぁ」

その、遠目から見ても分かりやすい態度に、思わず微笑ましくなった俺は、頬が緩むのを感じながら。
そいつをずっと、窓から見ていた。


雨雨降れ降れ


食満留三郎は、すこぶる機嫌が良かった。雨と言うと、用具の手入れが大変になるし、修補も中々進まないので、食満はいつでも不機嫌でいることが多いのだが、この日だけは違っていた。
新品の傘が出来たので、外で試しに使っている。食満の自信作、手作りだ。

「いつも、あのバカが、予算を無駄遣いするな云々うるせぇけど、これは廃材で作ったヤツだし、文句は言われねぇよな」

食満はふふんと、誰に言う訳でもなく、鼻を鳴らすと、そこで、歩く足をピタッと、止めてしまった。
食満の持っているのは、持ち手の部分に、青の装飾が施された傘だが、食満の手にはもう一本、食満と対になる赤の装飾が施された傘があった。

「…つい、いや、だって」

食満は先ほどまでの上機嫌な態度とは打って変わり、急に困ったようにその傘を見た。自分の傘の出来に自分で賞賛していたのは良い。ただ、自分のを作った後に、はっはは、潮江め、この良作は無駄な予算なんて使ってねぇぞ、テメェのも作ってやるからその出来の良さに驚愕しろ、俺を称えろ。と今考えれば自分でも良く分からないノリで、潮江のぶんまで作ってしまったのだ。

冷静になれば恥ずかしすぎる、その考えに、食満が気付いたのは、傘が出来上がった後だった。

「またやっちまった…」

食満は、出来上がった自分の創作品を、必ず潮江に自慢しに行くと言う癖がついている。それを作る時、どうしても潮江褒める姿を思い浮かべながら作ってしまう為、潮江のぶんも何故作ってしまうのだ。結局いつも口喧嘩に発展してしまい渡せずにいるが、は組みの食満の領域に、二つ小さい作品だけなら保管してある。昔は大きいものもあったのだが、いつまでも渡せず仕舞いの食満の作品たちに、自分の部屋内の領域を犯された伊作がキレてしまい。大きなものは捨てるハメになった。

いつも、いつも、食満は、潮江に「凄い」「良く出来たなぁ」と、ただそんな言葉が欲しい為に、自分なりに考えた創作の品を作っては持っていくのだが、
そにれには訳がある。

昔、遠い昔の話だが、仲は良いとは昔から言い難かった潮江と食満。
しかし、夏休みの宿題で出された自由研究で、食満が作った。記念すべき最初の作品を、潮江は絶賛した。
別に、なんてことない、ただの、木材で出来たトンボだったのだが

『すげぇ!!お前、こんなの作れるんだな!!』

そう言って、食満を見るキラキラした、優しい言葉が、食満を心底喜ばせた。

その光景が、いつも食満の頭の中に残っている。だが、潮江はいつからか食満を褒めなくなった。
潮江の反応はいつだって「また予算でしょうもないもの作りやがって」とか「んなもん作るぐらいなら、真面目に勉強しろ、アホのは組」など捻くれた反応しか帰って来ない。

「そりゃ、うん」

もう自分もいい加減六年生なのだし、文次郎に褒められなくなったぐらいで、ヘコんでなどいられない。
食満は握っていた。潮江の為に作った傘を、グッと握った。

「よし」

良い出来だが、どうせ、潮江には渡せない。なら仕方が無いだろう。そう思い、食満はその傘を、折ってしまおうとした。

「おい!!」
「!!」

が、それは、突然真上から聞こえてきた声に遮られてしまった。
肩を跳ねさせ驚く食満に、おいおい、いい年した六年生が…と言いたげな顔を向ける人物には覚えがある。

「もんじ…ろう」

そこには、窓から顔を出す。今まで食満の脳内を占めていた人物。潮江文次郎がいた。

「その傘…折るのか?」
「へ?」

急に、先程まで考えていた人物の登場に、食満はポカンと潮江を見上げるが、

「折るのかよ」

そう質問して来た潮江に、食満はハッとして、潮江を見て、コクリと頷いた。
しかし…。

「お前窓から何してんだ」

室内と外で会話する二人の姿は、教室にいるい組のクラスメート達からすると、少し異質に見えると思うのだが…。

「自習になったんだよ、仙蔵も長期任務でいねぇからな、つまんねぇ」

そう言い、窓の外枠に頬杖を付く潮江が、そうか…と少し残念そうに呟くので、食満は何だよと潮江をジトッと睨みつけた。

「いや、勿体ねぇなぁ、と思って」
「…は?」
「その傘、良い出来だからよぉ」

潮江からそう言われて、食満はビシッと固まってしまった。え、何だ…今、もしかしなくても…。
褒められた…?
途端、食満は、自分の顔がカァァと赤くなるのを感じた。
褒められた。潮江が褒めてくれた。そう思うと、ますます、頬が熱い気がする。
いやしかし、潮江が普通に自分のことを褒めてくれるだろうか?そう思い、食満はでも…と声を出す。

「この傘、俺が作ったんだぞ…」
「あ?知ってるっての」
「え」

嘘。知られてた?

「お前、それ作るのに、用具倉庫篭ってただろ」
「なっ」
「な?」
「何で知ってんだよぉぉ!!!」

バレないようにこっそりやっていたつもりだったので、予想外に知られていた事にびっくりして、食満は思わず声を荒げた。

「何で知ってるって、お前、創作活動するときはいつも倉庫篭るだろう」
「!!」
「今回は傘だろ?」

そう言って、ケラケラ笑う潮江に、行動範囲がバレバレなことに、さらに恥ずかしくなった食満は、うっと言葉を詰まらせた。

「しかも、お前、俺を称えろ潮江、みたいな事をぶつぶつ言いながら…」
「だぁぁぁ!!!」

しかも、食満が先程思い返し、恥ずかしいと思っていたそれは、独り言として潮江に伝わっていたようだった。
恥ずかしい。居たたまれない。

「今回は自慢しに来ねぇから、いつ来るのかと思ったぜ」
「自慢って…」

そう言う潮江は、食満の傘をジッと見ると、

「今回は…悪くねぇんじゃねぇと思うぞ、合格」

と、一言言った。

「そっか…」

この時食満は、何でテメェなんかに合格点なんか貰わなきゃいけねぇんだよ!!と反論するべきだったのだが、潮江の予想外だが、自分の欲しかった言葉を貰ったことで、とても、嬉しそうな顔をしてしまった。
ヘニャリと目尻を下げ、えへへと照れくさそうに笑うその顔を見て、今度は潮江が固まる番だった。

「…お、…まえは」

潮江は昔から、自分が食満を褒めると、どんな反応をするのか知っていた。
はじめての食満を褒めたとき、その反応を知っていたからこそ、食満を褒めるのを控えていた部分もある。
潮江には…食満のあの、褒めたときの心底嬉しそうな笑顔は…心臓に悪すぎる。
そう言う顔をする食満は、とても可愛いのだ。潮江は昔から、食満のことが好きだった。

食満が、自分のぶんまで作品を作ってくれていることを潮江が知ったのは、つい最近の話だ。
食満の溜め込みについにキレた伊作が、良い加減あれ、貰ってよと、文句を潮江に言ったのだ。
最初こそ、何のことだか分からなかったが、潮江は事の真相を聞いて、頭を抱えたいほどには照れた。

は、恥ずかしいヤツ、そう思いつつ、嬉しかった。
食満が捨てたと思っている大きな作品も、実は潮江がこっそり伊作から預かっている。
そして伊作に、「ちゃんと褒めてやってよね!!」と怒られたのだが、潮江にとって、食満を褒めるのは、本当にごくまれの事だった。

毎日、あの嬉しそうな顔を見せられれば、潮江はいつか自分の本音を暴露しそうだった。

しかし今日、恐らく自分のものであるはずの傘を、食満が折ろうとしているのを見て、思わず止めてしまった。
何にせよ、恐らくだがその傘は、伊作を通して、潮江のものになるからだ。
今が自習中で良かった。と潮江は心の底から安堵する。確認すると、本気で折るつもりらしい。何でだ。

急に固まってしまった潮江、食満は首を傾げる、潮江の目には、食満の手の中にある。傘がチラつく。

「その傘、いらねぇのか」
「へ?」
「お前が折ろうとしたヤツ」
「あ、これか」

一方食満のほうは、褒められたことへの喜びを噛み締めつつ、急に傘について、問われて、我に返った。
もしやこれは、面と向かって、潮江に傘を渡す良い機会なのではないだろうか。
そう思っていると、潮江が手を出す。

「いらねぇなら、俺にくれ」
「え、」
「折るんだろ、だったら俺にくれ」
「え、いるのか?」
「欲しいから言ってるんだろうが!!」

先に話を切り出そうとしたのに、まさかの潮江からの発言に、食満は嘘だろ、と言いたげに潮江を見上げた。
今日はヤケに優しい気がする。何かあったのかな。

食満がそんなことを思っている間。潮江は密かに傘を折られそうになっていたことに、ショックを受けていた。
それは自分の傘なのではないのか、あぁでも、折角食満の手からものを貰えるチャンス。と潮江は急いで思考を切り替えた。

「本当に、欲しい?」

再度確認する食満に、潮江が焦れた。

「欲しいから、そのまま上に投げろ」

そう言われ、食満はどこか困ったようにヒョイッと傘を潮江の真上に投げた。
位置はバッチリ、潮江は、食満から投げられた傘をヒョイッと受け取った。

「な、なぁ」

しかし食満としては、作ってあげたい相手に、作った物が、まさかの展開で行き渡った為、少々不安であった。

「ん?」
「それ、大丈夫か?手に馴染まないとか…」
「いや…」

むしろ、その傘はまるで、潮江の為に作られたではないだろうか、と言うほどに、潮江の手に良く馴染んだ。
あぁ、やはり…。

「良い感じだぞ」
「そうか…」

どこか、ホッとしたような食満の態度は、潮江を確信へと変えていく。

「俺の為に作ってくれたりしてなー」

まさかと思いつつ、からかうようにそう言ってやると…心なしか、元々赤かった食満の顔が、さらに赤みを増したような気がした。
そうして固まった食満に、潮江は、嬉しくなって笑ってしまった。

「そうか」
「なっ…」

潮江にそう言われた食満は、ものの見事に、自分の傘作りに至る経緯を見透かされ、慌てて反論しようと、口を開きそうになる。
が、そうか、…と潮江はとても嬉しそうなのだ。
折角渡せた。褒めても貰えた。そんな傘を、食満は喧嘩などでまた自分の手に戻すのは嫌だった。

「そう…だよ、んでもって、俺が褒めて欲しいから作ったんだよ!!悪いか!!」

たまには素直に、素直に、そう良い聞かせて出た言葉は、まるで子供のような言葉だった。
ほ、褒めて欲しいって何だよ…そう言って、恥ずかしそうに俯く食満を、潮江はただジッと見た。

可愛いなぁと思う。好きだなぁと思う。褒めて欲しいと食満は言うが、そのときの笑顔はただただ潮江には、甘い毒だ。
ただ、今日は、その甘い毒に浸されても良いかなぁと潮江は思ってしまった。
ダメで元々、後の事は…後で考えたい。

「留三郎…」
「なっ何…」
「俺は、お前の作る作品はいつだってすげぇって思ってるよ」
「え!?」
「はじめてトンボ見たときから、すげぇって思ってる。ただ俺は捻くれたものしか言えなくなったから、お前は俺が褒めないって思うかもしれねぇけど、いつもお前の作るものは凄い」
「ほんと…?」
「本当」

潮江の言葉に、食満は俯いていた顔を、バッと上げた。

そうやって、雨が降る中でも良く見えるその顔は、

心の底からの、笑顔ではなく、酷く、泣きそうな、けれどもまだ赤面した。食満の顔だった。

「は?何泣きそうになってんだよ」
「…っ」
「もっ文次郎…あの」
「ん?」
「褒めろって言ったんだけど、今のやっぱ無し」
「はぁ?」

何だそりゃ、思わず呆れたような声を出す潮江に、食満は心臓辺りの服をギュッと握る。

「お前が褒めると、俺は…」

食満はドキドキと自分の心臓が高鳴っているのを知って、それと同時に切なくなった。

「胸が…」

褒めて貰えなくても、褒めて貰えても、ずっと前から、潮江に優しくして貰うと、食満は泣きたいほど嬉しかった。
泣きたいほどに嬉しくて、胸が締め付けられる。

「胸が…いてぇんだよ…」

食満はこの感情の名前を、

確かに知っていた。



雨が、ザーザーと降っている。

潮江はその顔を見て、思わず教室の窓から飛び出した。


「…っ」


ストンッと、雨が降っているのにも関わらず、食満の目の前で、安定した着地を見せた潮江は、そのまま食満をジッと見据えた。
潮江が降りて来た教室には、え、潮江、おいっ!!と言うクラスメート達の声が響いていたが、潮江はまるでそんなもの聞こえない。とでも言うように、食満から貰った傘をバッと広げた。食満の自信作が、潮江の手でバッと花が咲いたように広がった。
雨が降る中で、持ち手だけでなく、傘の部分にも赤い装飾が施されたそれは、酷く綺麗に、食満の目に映った。

「良い出来だなぁ、ほんと」
「…」
「今まで全然褒めなかったけど、前の狼煙も、良い出来だったな」
「…から」
「お前は、いつも、俺がすげぇって思うものしか作らない」
「だから!!」
「…っ」

褒めるな…。そう、か細い声で呟かれた言葉は、潮江の耳に小さく届く。
そんな食満に、潮江は自分が持っている傘をグッと握って

「…だぁぁぁぁ!!!」
「!?」

そして、叫んだ。
そのままガシッと食満の手を掴んで、教室からズンズンと離れていく

「え、え?」

そんな潮江の行動に戸惑う食満を、潮江は無視した。一通り、歩いて、人の気配がない場所に来たときに、潮江は、掴んでいた食満の手を離して、グワッと食満を怒鳴りつける。

「お前はっ!!ほんっと面倒くせぇな!!俺も面倒だが!!」
「はぁ!?」

急に声を荒げた潮江に、食満は混乱した。

「褒めろっつったり、褒めるなっつったり何なんだ!!こっちが素直に褒めようってときぐらい受け取れよ!!って言うか、んだよ胸が痛いって、期待すんだろーが!!」
「き、期待…」

その言葉に、食満がたじろぐ。期待って…何の?

「大体テメェはいつも、いつも、嬉しそうに俺に新作持ってくるくせに、今回は中々持ってこねぇし、俺の傘は折ろうとするし!!二つ作ってくれてるって言うから、ちょっと期待したら、結局いつも俺に渡さないままだし!!」
「え…えぇぇぇぇ!!」
「何驚いてんだよ!!お前の力作の捨てるようになったヤツは今は全部俺の部屋だ!!」
「嘘!?」
「本当!!」

創作活動だけでなく、潮江のぶんまで作っていたことがバレバレだったことに、食満は目を見開いて驚いた。
いつから?え、嘘、そんな顔をする食満の脳裏には、同室の保健委員長の姿が浮び、そんな彼がニヤリと笑っていた。

「いっ…伊作…」

あの野郎っ…。食満が拳を振るわせるのを見て、潮江は頭をガリガリ掻いた。

「あぁぁぁ、もう面倒だな、本当に面倒くせぇ、だからこのさい素直に言うから良く聞け!!俺がお前を中々褒めないのは、俺がお前を褒めるとすげぇ嬉しそうな顔するからだ!!可愛い顔してんじゃねぇよ!!くそっ」

まさか、潮江の口から、そんな言葉が出てきたので、食満もとっさに言葉を返してしまう。
って言うか可愛いって、えぇぇ?

「なっ何だよそれ!!お前だって、俺を褒めるときは、いつも優しい顔してんじゃねぇか!!いつも隈だらけの隈男のくせに、変なとこで格好良くなってんじゃねぇよ!!」

それを聞いた潮江も、まさか食満の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだが、一度速度がついた言い合いは中々止められない。

「はぁ?格好良くなんてねぇし、お前が可愛いのが悪いんだろうが!!」
「可愛くねぇし!!お前が格好良いのが悪いんだろうが!!」

そこで、二人の時はピタリと止まってしまった。

「…」
「…」

先程までテンポ良く会話していたのがまるで嘘のように動かない。

そんな空気の中、先に口を開いたのは潮江の方だった。

「かっ、格好良い?」
「…か、可愛い?」

まるでお互い先程までの会話を確認するように聞くと、お互い。

これでもか、と言うほどに、グワッと一気に

赤面した。

「〜っ!!!」
「〜っ!!」

お互いが口をパクパクと閉口させ、まるで酸素の無い魚のようになって、ブルブルと震える手で指をさし合う姿は、はたから見れば酷くマヌケな光景だったが、今は人通りの無い場所であるのが救いだった。

「おまっ、何言ってんだよ!!」
「お前こそ!!」
「お前が可愛いって言ってんだよ、何もおかしな事は言ってねぇ!!」
「俺だっておかしな事は言ってねぇ!!」
「…!」
「あ…っ!!」

そうやりながら、やっと声を出した二人は、その発言でさらに墓穴を掘ったことにハッと気付いて、今度は地面にしゃがみこんでしまった。雨が降っている中で、それをすると、服が若干汚れそうなのだが、そんなこと二人は気にしている余裕も無い。

「…なん、だよ、お前…」
「…お前こそ…」

褒めて欲しくて、構って欲しくて、可愛くて、格好良くて、愛おしい…。
ここまで来てしまうと、二人の頭の中には、この単語しか流れない。

好き、好きだ。大好き。

「好きだってんだよ…」

先に素直になったのは、先程、食満の甘い毒に浸されてみようか、と思っていた潮江だった。
あぁぁ、言ってしまった。そんなことを、潮江は思った。

「は?」
「お前が…好きなんだよ」

言ってしまえばこちらのもの、とでも言うように、自分の思いを口に出した潮江は、どこか吹っ切れたように、しゃがんだ姿勢のまま、潮江の言葉に驚いたように顔をあげる食満を、ジッと見つめた。

「俺が褒めると、お前が嬉しそうに笑うから、思わず好きって言いそうで、いつも、捻くれた言葉しか言えなかっただけで、お前が、食満留三郎が、好きだ。好きで溜まらない。愛してる」

そうツラツラと言葉を並べる潮江は、良くまぁ自分の口からこんな、砂糖のような台詞が出てくるものだ。と、どこか人事のように思った。恋の力と言うのは、人間性まで変えてしまうのか、と潮江は一つ学んだ。

「お前が、好き」

そう言って、今までに食満が見たことがないほどに、緩んだ笑顔で、そう答えた潮江に、食満がしゃがんだその姿勢から体勢を崩してしまい尻餅をついてしまった。
そのまま、地面の抜かるんだ土が服につくのも構わず、ズルズルと潮江から後退していく食満のその顔は、真っ赤だった。

「なっな…」
「ぶはっ」

その姿を見て、潮江は思わず吹き出してしまう。
今日の食満は赤面のしすぎで、赤い顔しか見ていない気がして、そうやって、潮江の言葉に照れる姿は、悪くないなぁと思うのだ。
一方食満は、潮江のあまりの甘い台詞に、思わず後退してしまうほど照れた。今なら、や、あの、頼みますから本当にこっち来ないで下さい。頼みますからぁぁぁぁ!!!と言えそうで、食満は、赤くなった自分の耳を、雨水で冷えた手で思わず冷やした。
ひんやりしたその感触に、少しだけ落ち着いた食満は、笑いを堪えている潮江を見て、思わずその姿をジトッと見てしまった。

「何、笑ってんだよ」
「…いや、ふ、はははっ」

その顔は潮江から見ると、上目遣いにしか見えないので可愛いだけであり、その姿に潮江はさらに笑ってしまった。
食満からの返事は無いけれど、その反応なら、少しは自分は、その反応を信じても良いんだろうか。

「今は、嫌いだって良い」
「へ?」

一通り笑った後、潮江はその顔を真面目な顔に戻して、しゃがんでいた姿勢から、立ち上がった。

「お前の返事は、また今度聞く。もうすぐ授業終わりそうだし、クラスの奴らも心配するからな」

潮江は、食満に手を伸ばした。

「でも」
「あ」

思わず条件反射で手を伸ばした食満の手を、潮江はグイッと持ち上げると、その反動で、食満の体が持ち上がった。

二人のさしていた傘が、地面に落ちる。

「覚えとけ」

そのまま潮江は、食満の体をギュッと抱き締め、その耳元で囁いた。

「絶対に振り向かせてやる」

二人の体は雨でビショビショで、潮江のその声は、食満にとっては、艶を帯びて聞こえ、
せっかく先程冷やしたばかりの耳が、また熱くなるのを感じた。



そんな食満をどう思ったのかは分からないが、潮江はそう言うと、食満の体を離して、ニッと笑うのだ。

「今度は俺のぶん作ったら、全部俺のだからな」
「え」
「返事は?」
「あっあぁ」

突然抱き締められポカンッとする食満に、潮江は地面に落ちた傘を拾い上げ、青色の装飾の食満の傘を、食満の掌に握らせてやるる。

「んでもって、今度見せに来るときは、ちゃんと褒めてやるよ、予算が掛かってない程度でな」
「やっぱりそれは絶対条件か」
「当たり前だろ」

食満の持っている傘が、くるりと回った。

「あっ」
「?」
「いや…」
「なぁ、文次郎」

食満がおそるおそるといったように、潮江に話しかける。

「ん?」
「あの、な…」

もう一度、傘がくるりと回る。

「さっきの返事、だけど、今度、すげぇ、良作持ってくるからさ、だから」
「おう」

食満の瞳は、潮江の瞳を真っ直ぐ捉えた。

「そのときに、返事させて」
「分かった」


潮江のその返事に食満は嬉しそうに微笑み。潮江は食満の頭を、一つクシャリと撫でた。

気付けば見上げた空は、快晴の空だ。


潮江は気付いている。食満が傘をくるりと回す動作は、機嫌が良いときにしかしない癖であることを

潮江は知らない。6月を過ぎたら、もうすぐ獅子座の季節がやってくることも。

それは、恐らく7月の後半のお話。

潮江のもとに、大きなボーロを持って食満がやってくる。

驚く潮江に、食満は恥ずかしがりながらも、きっとこう言うのだ。


『誕生日おめでとう。俺も…


好きだよ』



しかしそれは、まだもう少しだけ先の話、食満が傘を折り畳み、潮江も傘を折り畳むが、潮江はどこか残念そうに空を見ていた。
初めて食満の手から面と向かって貰った傘を、出来るだけ長い間使っていたかったのだ。

だから潮江は、聞いたことのある歌の、歌詞を軽く歌ってみた。


「雨雨触れ降れ」


潮江の雨乞いは、まだ暫くは掛かりそうで、潮江の隣にいた食満は、そんな潮江の姿に笑った。



END

珠樹さんへの誕生日プレゼントです。珠樹以外の持ち帰りは禁止です。
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