涙の水滴(仙食) 誕プレ

用具倉庫の前で、見知った顔が見えて、つい…

「留三郎」

私は、コイツが地味に苦手だ。人当たりが良いし、文次郎と同じぐらいの強さを持ちながら、後輩受けも良い。
別に普通に良いヤツなのだが、だが、あのしめりけコンビの先輩である留三郎は、さすが先輩と言うべきか、留三郎は、昔から、無意識に私の嫌がることをする。

例えば先日の話だが、

『仙蔵、なぁなぁ、見てくれよ!!』
『ん?』

留三郎がとても喜んで、何かを掌に乗せて見せてきたので、そんなに喜んでみせるものって何だ?と、見てみれば

『喜三太のなめくじだ!!』
『げっ』

…あれは酷かった!!あの後、喜三太としんべヱと言う、展開としては仕方ないが、案の定その二人が来て、私は酷い目にあった。

あの二人と関わっていて、いつも思い出すのが、1年のときの食満留三郎だ。喜三太のあの、なめくじに対する執着加減が

『仙蔵ー!!アヒルさんだぞー』
『水気のあるのを、私に近づけるなーー!!』

…留三郎が昔飼っていた。アヒル一号に対するものに似ている。いや、そっくりだ。あのアヒルのせいで、昔から私は、水難でもあるのかと言うほど水の被害にあっていた。しかしアヒル一号は、留三郎が二年に上がるころ病気で死んでしまったので、その後から、留三郎の興味は、用具倉庫のアヒルボートに移っていたが…。思えば、あれが死んだとき、留三郎は本気で落ち込んで大泣きしていた。そんな留三郎を見て、アヒル一号と決して縁が無い訳ではなかった私も、不覚だが泣いた。
二人して泣いて泣いて、泣きつかれて眠ってしまい。その後、こっぴどく先生方に叱られたのは記憶に新しい。

『なぁ、仙蔵、小さいものにも命はあるんだな』
『?』
『俺は、その小さい命を、壊す存在として…忍としての覚悟、決めなきゃな』

泣き止んだとき、食満が言ったその言葉は、今でも鮮明に覚えている。
命の大事さを、命を無くして悲しいと思える経験を、幼いときに出来て良かったと思う。
アイツが、1年のアイツが、もうすでに忍として生きる覚悟を決めたから、なら、私も、覚悟を決めなくてはと思った。

『私も…覚悟をする』
『…仙蔵も?』
『留三郎だけ、先に決めさせるのは可哀想だからな』
『…優しいなぁ仙蔵』
『優しくないよ』

お前が可哀想だと思ってるんだから。けれども、留三郎は、そんな私の言葉を聞いて、笑っていた。
その笑顔の優しさの裏に、まだ泣きそうな子供がいたことは無視をした。

そんな昔のことを思いながら、ポツリと呟いた名前は、どうやら本人に聞こえたようだ。

「仙蔵!!」

桶の修理をしていたらしい留三郎がコチラを振り返り、近くにやってくる。
どことなく、イタズラを思いついた子供みたいな良い笑顔は何でなんだ。

「ちょうど良いところに来た!!」

この感覚には覚えがある。しめりけコンビが何かしでかすときの悪寒だ。こう言う感覚がしたときは、すぐに逃げるようにしている私は、近付いてくる留三郎を無視し、逃げよう…と、しかけ、

「こらこら、待てよ、仙蔵」
「ぐぇ」

捕まった。留三郎に制服の首根っこを容赦無く掴まれて、思わずつぶれたカエルのような声が出る。
くそ、昔は迷惑極まりないヤツだったが、かなり可愛かったのに、余計な腕力をつけた留三郎が少し憎い。
ちなみに、私が腕力が無いとかそう言う話ではない。まあ、平均並みにはあるはずだ。

「あのな、仙蔵」
「何だ?」

思わず、ヒクッと引きつる顔で返事をすると、かなりキラキラした目で見られた。
だから、その顔はあの、しめりけコンビを思い出すんだが…。

「今日は、用具委員会でこんなのを作ってみた」
「…」

そうして私の目の前に差し出されたのは、水鉄砲…。おいおい。呆れた。

「お前な…」
「ん?」
「そんなんだから、文次郎にガミガミ言われるんだろうが…」
「むっ、別に無駄なものは作ってないぞ!!」
「お前の手の中にあるそれが無駄なもの以外の何があるんだ!!」
「余った廃材で作ったんだから、良いじゃねぇかよ!!仙蔵のケチ!!」

文次郎ほどではないが、お前は委員会活動で何をやってるんだ。とは言いたくなる。
しかもよりにもよって、『水』鉄砲か!!
私が自分が想像していたのとは全く違った切り替えしをしたのが、何やら気に食わないらしい留三郎は、もう六年にもなっているのに、子供のように頬を膨らませた。それから私をキッと睨むと、水鉄砲の性能についてこと細かく説明しだした。

「だって見ろよこの出来!!廃材で作ったとは思えないほど綺麗に出来てるだろ?しかも遠距離からの攻撃や、至近距離からの攻撃にも長けてるんだぜ!!」
「あー、分かった分かった。私が悪かった!!」

ほら、と水鉄砲片手にムキになり、それを私の目の前にグイグイ押し付けてくる留三郎に、私は、あぁ、面倒なことになったぞ。と思ったので、とりあえず必死に謝った。
そんな私を見ながら、留三郎はどこか拗ねたように、口を開く。

「仙蔵、冷たい…」

お前が無駄に絡むからな!!とは言えず、急にどうした?と私は首を傾げる。

「だって、昔は、構ってくれてたし、俺の話ももっと聞いてくれてた」

あぁ?むしろ私はお前に振り回されていた記憶しかないんだが、でも、確かに…。

「アヒルさんが死んでから、仙蔵は、どこか俺に冷たくなった気がする」
「…はっ」

留三郎のその言葉に、私は目を見開いた。…アヒル一号のことを、まだ覚えていることに驚いたのもあるのだが、死んだことで、どこか余所余所しくなったことを言い当てられたことに驚いたのだ。
だって、そうだろう?忍になるとはそう言うことだ。『大事なもの』が、手からどんどん滑り落ちていく。そう言う世界のはずだ。
私の顔からは、思わず、嘲笑が浮かぶ。

「何を今更、留三郎、そんなんじゃ、まだまだ忍にはなれないぞ。」

それは、いつもあの日以来、留三郎を避けていたことを認める言葉だ。苦手な留三郎を『大事なもの』だと認める言葉。なぁ、お前が言ったんだろう?『忍として、覚悟を決める』と、

「避けられていたぐらいで、グダグダと言うなんて、甘い」
「…っ」

私の言葉に、留三郎が、ぐっと言葉を詰まらせる。そうだ、お前はそれで良い。いつまでも私なんかに構っていないで、もっと忍として己を磨かなければいけない。だがな、留三郎、これは私の本音の話だ。

「留三郎」

確かにお前のことは苦手だ。昔から、やけに絡んでくるし、無邪気に私を厄介ごとに巻き込むお前が、苦手だった。
でも、それと同時に、お前は…私の中で『誰よりも愛おしい存在』になっていた。
だが、あの日、忍として覚悟を決めると言ったお前に、こんな気持ちを伝えたら、重荷になるだけだろう?

「なぁ、私に構うな」

胸に押し込んだ思いが、溢れてくるのは時間の問題だと思うから。

「お前は、私に構われなかったぐらいで、落ちる男じゃないだろう?」

そうだ。私じゃなくても良い。もっとお前の為になる人物が、この世には沢山いるのだから。
そう言って、留三郎のほうを見ると、

「〜…な…で」
「は?」

ブルブルと肩を震わせて、何故か怒っていた。



そのとき、留三郎と目線が交わる。

ヤツは…

『泣いていた』

その姿に目を張る私に

泣く留三郎は、水鉄砲を構えた。


留三郎の口が動く

「仙蔵のバカヤロウ」

悔しそうに唇を噛む泣き顔が、目に焼きついてしまう。


バシャッ、水鉄砲は崩壊し、だが、見事に、私の頭から、『水が掛かる』


「〜っ」
「お前そんなに俺が嫌いか!!」

留三郎が、私を…押し倒す。嫌いなわけ…無いだろう。

「だっ」

ドスンッと言う鈍い音と、体が地面に叩きつけられ、その上に人が圧し掛かる感覚に、思わず声を出す。
見上げた留三郎は、泣いているワリには、物凄い迫力で、私を睨みけた。

「俺の話を聞け」

有無を言わさないそれに、思わず溜め息が出た。

「留三郎」
「良いから!!」
「そうじゃなくて、濡れるぞ」

何故なら、私の体は、留三郎が構えて壊れた水鉄砲の水を被って、びしょ濡れなのだ。
話をするのは良いとして、とりあえずどいて欲しい。そもそも、何で、私は押し倒されてるんだ。

「良い…」
「おい」
「逃げるな、仙蔵、目線も逸らすな」

水滴が顔を濡らす。それが、水なのか、見上げるコイツの涙なのか。
留三郎は私を押し倒したまま、私の目を、泣いているくせにまっすぐ見る。

「昔、俺はこう言ったよな?」
「…」
「忍としての、覚悟を決める。と」
「…」

ポタリ、ポタリと丸い水滴が、流れて、その水滴が、私の頬に、額に、吸い込まれる。

「仙蔵、俺は六年間、本気で、その覚悟について、考えた」
「考えた…?」
「あぁ、乱太郎のご両親や、山田先生とその奥さんを見ていて、思うところがあったから」
「…」
「そうやって考えてさ、俺は、忍としての、覚悟はさ、それぞれなんだっていう結論に至った」

それは…私だって、分かっている…はずだった。

「乱太郎のご両親や山田先生と奥さんは、もともとは敵同士だったはずなんだ」
「…」
「その中で、愛が芽生えることもあることが、1年の俺には酷く不思議に思えたんだよ」
「そうか…」
「乱太郎や利吉さんを見てても分かるけど、二人はとても愛されているよな?」
「あぁ…」
「だから、俺は、三禁に縛られることは無いって思った。1年のときは、忍は、命を壊すだけの存在なんだって思ってた」

その瞳に、迷いは無い。

「大事なものを守れる覚悟も、壊す覚悟も自分だけのものだと思った。」
「留三郎…」
「でもな、大事なものを、守ることも、出来ることを、俺は分かった。忍としての覚悟は、命を失うだけじゃないんだ。同時に、何かを、守る覚悟も、必要だった…」

その迷いの無い瞳から流れる涙が、酷く…

綺麗だと、思った。


「俺は、お前に、避けられたくないよ、仙蔵」

私の上に乗るその体が、腕を伸ばして私を抱き締める。

「お前に、嫌われるのが嫌だよ、仙蔵」
「…」

あぁ…どうして

「なぁ仙蔵、俺と一緒に、覚悟を決めてくれて、ありがとな、」

お前は、私を振り回す。

「優しいお前を、巻き込んでごめん」

あの時と、同じことを言うが、私は別に優しくない。

「でも、俺、一人で頑張るから…」

ギュっと抱き締める腕の力が強まる。
一人で…頑張る…?そんなこと、


「お前は出来るのか…馬鹿」


その、私を抱き締める体を、私も強く抱き締め返した。

「せん…ぞ…」

途端に息を呑む留三郎を、私はさらに強く抱き締める。

「いつもいつも、私を変に振り回すな」
「…振り回してる…つもりは無いんだが…」
「嘘だな、お前と関わると、あのしめりけコンビ並みの展開になる」
「…でも、ガミガミ怒らないじゃんか…」

そうだな、そこがお前とあいつらの違いだよ、どんなに巻き込まれても、迷惑だと思っても

「お前に対しては、いつも呆れて仕方ないなぁと思えるんだよ」
「…?」
「全く、私を、余計な覚悟に巻き込んでおいて、自分だけ勝手に良い結論を見つけ出すなんて、ありえないだろ」
「それは…」
「お前を思って、お前を避け続けた私の努力は何だったんだか…」
「えっ」

抱き締めるその体温は、暖かい、思わずついた溜め息は、呆れと言うようは、安堵に近かった。ポタリと、髪の毛から水滴がたれて、地面に吸い込まれる。抱き締めたことで顔は見えないが、恐らく留三郎は、驚いた顔をしていると思う。

「何、それ、初めて聞いた」
「初めて言ったからな」

もう良いんだろうか、ポタポタと滑り落ちる水滴のように、今まで溜め込んで来た思いは止まらない。

「それから、本当は寂しがりなクセに、留三郎が一人で頑張るなんて不可能だろうな」
「何だよ、それ…」
「だから、これからも、私が一緒にいてやろう」
「…っ」
「もう避けないから、すまなかった。だから、留三郎…」

留三郎は私を優しいと評価するが、やはりそんなことは無いと私は思う。何故なら、私は今、コイツに泣いて欲しくないクセに、泣かせるような言葉を掛けているのだから。

「泣くな…」
「うっ…」

途端、留三郎は、

「ふぇ…うっ…うっ…うわーん」

声を上げて大泣きした。私はさらに抱き締める腕を強くして、埋められた肩が、涙で濡れていくのを感じながら、あぁ、やっぱり、今日は水難の日だったか…と溜め息をつく、ただ、腕の中に留三郎がいるなら、今日は、良い日だったとも、言えるのではないかと、確かに思った。

自分の瞳から、また、水滴がポツリと流れ、静かに、落ちた。



涙の水滴



留三郎が私を押し倒してから数分後、さすがに少々体が重たくなってきた。
腕の中の存在が今だにグズグズと泣き続けているので、どうにも、退いてくれとは言いずらい。

「なぁ、留三郎」

しかし、まだ泣いている留三郎に、どうしようもない愛おしさがこみ上げてきて、その思いが爆発しそうだった。溜め込んでいた思いをを、改めて自覚する。そして、それだけ、自分は、留三郎を避けていたことを実感し、切なくなった。
言う気は無かった…言葉だが…今なら、許されるだろうか…。


「    」


その後に呟いた言葉に、留三郎が、さらに泣き出したのを感じて、私は苦笑した。
しかし、その後、バッと、私の肩にしがみついていた留三郎が、顔を上げる。

「俺…も…」

その顔が真っ赤だったことで、私は、思わず笑ってしまう。

「そうか」



留三郎の頬から流れた水滴は、

今度は彼に口付けた私の口に含まれた。


涙の味は、塩辛い味がした。


END

由岐さんへの誕生日プレゼントです。由岐さん以外の持ち帰りは禁止です。
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