年賀状 与文食(虎年)


与文食


これは、お正月に起きた不思議な話


「…………??」
「「文次郎?」」


俺の目の前には、見たことの無い服を着た文次郎が立っていた。
普段の文次郎は俺より少し高いぐらいだが、目の前のコイツは、遥かに背が伸びていた。

後、少し年齢が上がっているように見える。

そもそも事の始まりは、数時間前に遡る。

俺、食満留三郎は、忍術学園に遊びに来ていた与四郎と、会計室に缶詰めになっている文次郎を連れ出して、新年だからおせちが食べたいとせがんだ。

文句を言いつつ、何だかんだで俺たちに甘い文次郎は、取り敢えず食材買ってこい!!

と言われて、二人で市に行っていたのだ。

そして…帰ってきたらこうなっていた。

……カッコい…いやいや、怪しいけれど、やっぱり文次郎の気配しかしなくて、俺たちは暫く固まっていた。目の前の文次郎も何やら驚いているらしい。顎に手をやって、う〜んと唸ると、俺達の頭に手を乗せて、ワシャワシャ撫でながら

「縮んだ?」
「「いやいや」」

そんな訳あるか!!と内心ツッコミを入れつつ、頭を撫でられる感触に身を任せる。あ…やっぱ文次郎だコイツ

節くれだった掌の暖かさは、間違いなく文次郎のものだった。
警戒心の強い与四郎も全く危機感を感じず、身を任せている。


「何なんだこれは……」


一方文次郎は、一人思案していた。
おせちを作っていたはずが、情けなくも…煮物を作っていた時に、手が滑って煮物を床にぶちまけてしまい。慌てて拾おうとしたら、足を滑らせて今に至る。

ここは何処だ?

文次郎は確かに、自分が経営している料理屋のキッチンで、料理をしていたのだ。

今目の前にあるのは、どこの時代だと言わんばかりの釜戸や料理器具達…
そして、明らかに若い自分の幼なじみと弟子の忍者服姿だった。

夢にしてはあまりにリアルで文次郎の顔は思わず引きつった…。
どうやら、この不思議な空間にも、文次郎と言う人物が存在しているらしい。

俺のことを知っているらしいし…と、文次郎はそこまで考えて、何だか面倒くさくなってきた。
大人しく頭を撫でられている二人は、警戒心もないし、自分もこの二人が留三郎と与四郎であることはわかっているのだ。

コイツらと一緒なのならば、俺は文句は無い。


唯一無二の存在が傍にいる。文次郎にはそれでもう充分で、この良く分からない空間も、悪くはないかな、と思い始めた。
と、そこで、文次郎は二人の頭を撫でるのを止めた。

「俺は潮江文次郎だ」
「「うん」」
「お前たちは与四郎に留三郎だろ?」
「「うん」」
「俺は多分、未来の文次郎ってところかな」
「「………は?」」


そこで二人が素っ頓狂な声を上げた。


さて、ことの次第を説明すること数分後、いつの間にやら俺たちはお茶を一緒に飲んでいた。

「まぁお前が文次郎だってことは俺も与四郎も納得はしてる」
「うん、だけど、いまいち未来ってぇのが掴みにくいんだぁよ」
「そう言われてもなぁ」

文次郎は困ったように頬をかいて笑った。
これ以上説明しようがない。って顔をしている。

「あ、一つだけ分かることがあるぞ」


すると、文次郎はポンッと手を打って、閃いた!!と言う顔をしている。
何だ何だと聞くと

「過程の話だが、俺がコッチに来た。ってことは、コッチの文次郎は、本来俺がいる空間にいるんじゃねぇかな?」
「「それって……」」

文次郎が危ない。俺と与四郎がどうしようかとオロオロしだす。

「文次郎ヤバくないのか!?」
「飛ばされたのが未来だったら!!」

すると、未来文次郎は、自信ありげに笑ってみせた。

「大丈夫だよ」
「「え…?」」
「お前たちがいるからな」

それって…要するに

「向こうには向こうの空間のオラ達がいるってことか?」
「そう、だから安心しろ、時は違えど自分なんだから」
「俺達なら大丈夫に決まってんだろ?」
「違いない」

俺がそう言うと、目の前の文次郎はカラカラと笑った。

「ま、俺も、お前たちがいて良かったよ」


もし、この場に留三郎と与四郎がいないかったら…そんなことを想像して、文次郎は苦く微笑んだ。
ズキリと、胸が痛くなったのだ。この気持ちは、恐らくこの空間の文次郎の気持ち……。

そうか『忍者』何だよな…。
文次郎はズキズキ痛む胸を隠した。

そして、自分は幸せだと感じた。平成の世に生まれて、与四郎も留三郎も一緒にいてくれて、人を殺さず、敵にもならない。

この空間に存在する潮江文次郎は、いつだってこの痛みと隣り合わせなのだろうか?それを考えて、何だか切なくなった。

なら、せめて、今の俺が出来る『幸せ』作りってなんだろう?
そこまで考えて、2人が持つ風呂敷に、食材が入っているのが見えた。


「文次郎?」

急に黙ってしまった文次郎が心配になって声をかけると、文次郎はまたいきなり、

「そうだ!」

と声をあげた。

「留三郎と与四郎!!その食材くれないか?」
「「はぁ?」」
「おせち作るから」
「……おせち?」
「作るのか?」

確かに食べたいけれど、ここの文次郎に作って貰うつもりだったのだが…。

そう言いかける暇もなく、文次郎は俺たちの手から風呂敷を掴んで、台所に行ってしまった。

「おい!!」
「大丈夫、美味いの作るから」
「そうじゃなくてだな!!」
「それに、この空間の文次郎が帰ってきたときに、驚かしてみたいしな〜」
「だから、それは文次郎に作って貰うつもりで…」
「俺も文次郎だが?」
「…………」
「…………勝手にしろ」


ニコニコ笑う文次郎に、俺は諦めた。
年の差か、口では勝てない。

「あ、ただな」
「ん?」
「釜戸の使い方良くわからない」

ガクッ!!

「作るって言ったのお前だろ!!」
「未来に釜戸なんか使うとこ殆どねぇんだよ!!」
「もぉ〜オラがやってやるから!!二人とも落ち着け!!」


こうして、俺たちは、おせちを作り始めた。
俺も手伝うと言ったけど、与四郎と文次郎に却下された。

「……留は味付け苦手だかんな」
「……あ、やっぱこっちでもそうなのか」
「未来の留もそうなんか?」
「変わりが無くて何よりと言うべきか、それとも、少しは変わって欲しかったと言うべきか」
「う〜ん…?」
「そこ!!聞こえてるからな!!悪かったな味覚ダメダメで!!」

台所に向かって叫ぶと、二人はヤレヤレと声を出した。
文次郎は料理が苦手な俺から見ても手際が良かった。多分こっちの文次郎よりも料理慣れしている。

野菜を切る手の速度が速い。人参の花形など、間違える人も沢山いるだろうに、手元の狂いも無く、サクサクと事が進んでいく

「与四郎、次、出来るだけ中火」
「はいよ」

与四郎も火の扱いに慣れているのか、調節が上手いと感じた。
流石、風を操る風魔、台所から流れてくる風を読んでやっているようだ。

俺はと言うと、何もやることがなくて、ぼーっとそれを眺めていた。
あっ、なんかこの光景幸せだな。
そう思うと、何だかうたた寝していた。




腹をすかせているのは…俺だ。体がフラフラしている。
良い匂い…目の前にいるのは…文次郎?
グゥゥと腹の音がなって、思わず赤くなると、文次郎は笑った。

『…ウチは料理屋だが、食ってくか?』

その笑顔に甘えてみたくなったのは、文次郎が優しい笑顔だったからだ。



「……とめ…」
「んぅ……?」

体を揺さぶられる感覚に目を覚ますと、目の前に何やら豪華なものが出来ていた。

「………は?」

何かキラキラしてる気がする。

「出来たぞ?」

目の前には、見たこともない服を着た文次郎と、与四郎がいた。

「起きろ〜!!」

与四郎にガクガクと肩を揺すられて起こされる、先ほどまでのことを思い出してバッと起き上がった。

「…美味そう」

キラキラは間違えではなかったらしい。
思わず呟いて、文次郎の方を見ると、体が透け始めてしまっていする。

「おっ?」
「「は?」」
「時間切れ…かな?」

ヘラッと文次郎が笑う。

「すっすす透け!!」


人が透けると言うあり得ない光景驚くが、当の本人は呑気なものだ。

「おせち食って良いからなぁ、そんでずっと一緒にいろよ」
「「え?」」
「離れる訳ねぇだろ?」
「どう言う意味…」
「俺は、どんな運命だって、覆してやるさ…なんたって、俺は」

腕を広げて二人まとめて抱きしめられた。
チュッと頬に何かが触れり感触に、驚く


「お前たちが、大好きなんだから」
「「〜っ」」


フワリと軽い感覚がして、俺たちを抱きしめていた文次郎は消えてしまった。

変わりに


「当たり前だろうが、ずっと一緒にいてやるさ」

俺達の文次郎が帰ってきて、俺は、泣きそうになって文次郎にしがみついた。与四郎も文次郎に抱き付いた。

「「文次郎、お帰り」」
「……おわっ!!」


それで、ずっと傍にいてくれよ、どんな運命だって覆してくれるんだろう?


「ところで、お前らその顔どうした?」
「「へ……?」」
「真っ赤だぞ?」
「やっ…あっあの嫌」
「なっ…なんでもない!!」

……頬に口付けは、流石に恥ずかし過ぎる……。



一方未来の文次郎は、満足そうに元の空間に戻ってきた。

「文次郎何でそんなに嬉しそうなんだよ」
「いやぁ、年下はからかいやすくて楽しかったなと」
「お前、俺達に何した!!」
「文次郎お前なぁ…」

真っ赤になって怒鳴る留三郎と与四郎に、文次郎は穏やかに笑う。

あぁ、やっぱり

お前たちがいて良かった。この世界は…幸せだ。

ずっと一緒にいような

そう笑うと、留三郎と与四郎が文次郎を抱き締めた。

「「一緒にいるよ」」

どんな世界でも、どんな境遇だって、魂は引かれ合って、共に入ることをを願っているのだ。



さてさて、これは余談話

「「(やられた……)」」

目の前に完璧に出来上がったおせちを見て、過去と未来の文次郎は眉間に皺を寄せた。
味見して、一つ

「「(味付け一緒じゃねぇか)」」

同じ人物が作るのなら、当たり前なのだが

「「(俺の方が美味い)」」

変に張り合う二人だった。




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