年賀状 文食満(虎年) 文食満 食満留三郎と言う男を、動物に例えると、猫…に似ているな。と思うことがある。 愛想が良くて気まぐれで、嫌いなヤツはとことん嫌いで、ツンケンしている。 そういうアイツが、俺は好きなのだが…。 いやしかし、猫…では、いささか可愛すぎる気がする。 あれは違う。俺と戦うとき、任務をするとき、獰猛な…獣 そう、例えるならば 「虎」 「……は?」 新年早々、殆どの学生が帰ってしまう冬休み。 俺達は何故か二人寂しく学園に残っていた。 理由は 『この冬で学園の破損された所を直さなくてどうする!!』 『この冬で決算整理を少しでもしておかねぇと大変なんだよ!!』 と、それぞれの理由があってのことだ。 大方片付いたのはギリギリ新年前で、俺と留三郎はたまたま食堂で出くわして、二人で何故か新年を迎えることになった。 勿論食堂のおばちゃんはいないので、飯は冬休み中各自で作っていた。 のだが、なかなか留三郎とは出くわさず、一人で飯食ってそのまま仕事、と言う日が続いていたのだが…。 「……あっ蕎麦」 決算も大方終わりに近づき、食堂に向かい。ふと思い出したのは、年越し蕎麦の存在だった。 やべぇ、あんまりにも忙しすぎて危うく忘れかける所だった。 正月はしっかり年越し蕎麦食べて、初詣。な俺は、蕎麦を作り始めた。 「打つ作業から初めて間に合うか……?」 とか良いながら手は動く。料理は得意な方だ。鉄粉まぶすのはあくまでも鍛錬仕様で、純粋に美味いもん作ろうと思うときは俺だってそんなバカはしない。 蕎麦の実を探ると、粉の状態で出てきた。 流石おばちゃん。誰か作るだろうと考えて蕎麦の実を粉にする作業をやってくれていたようだ。 ちなみに俺の蕎麦は二八蕎麦である。蕎麦も割合で色々変化があるが、俺はこれが一番好きなのだ。どうせ、一人でしか食わないのだから……と、そこでふと留三郎の顔が浮かんだ。 「アイツ……食べんのか?」 ま、どっちにしろ腹減ったら飯作りに来るのだから、来るだろう。 それだけ考えて、蕎麦を二つ作ることに集中した。 一方食満留三郎も、大方の学園の破損した箇所を補強し終わった。 冬の寒さに思わず身震い。 「……さむぅぅ!!」 急いで食堂に戻り、まずは暖かい茶を…と思いながら食堂に向かうと、そこには、蕎麦を茹でている文次郎がいた。 「えっ…?文次郎?」 「あっ、やっと来たか」 「は?」 「お前、天ぷらと油揚げ、どっちが良い?」 「えっ…お揚げさん」 「分かった」 案の定留三郎が来たが、アイツはいまいち状況が掴めていないらしい。…まぁ当たり前か 「年越し蕎麦だ、お前も食うだろ?」 「……あっ、あぁそう言うことか!!って言うかそれから先に言えよお前!!」 留三郎の会話を聞き流し、 「で」 「はぁ?」 「食べねぇのか?」 「食べるよ!!」 そして、現在に至る。 二人で向き合って蕎麦を啜って、俺が留三郎は虎に似ているなぁと何となく思い。つい虎…と心の声が出始めた。 「虎…?あぁ、今年虎年だもんな」 「そうだな……」 そう言うことを思ったんじゃないのだが……。 「なんかさぁ、十二支の話って猫は入れねぇのに虎は入れるだろ?」 「そうだなぁ」 「虎だって小さい頃は猫とおんなじようなもんなのに、何でだろうな」 発想がどうしてそこに行くんだ。だからアホなんだよ…。 「それ早いもん勝ちで決まったことだから、いくら虎と猫が似てようが関係ねぇと思うぞ…」 「あ、そっか、早いもん勝ちか…夢ねぇな」 「夢ねぇって…」 思わず呆れると、留三郎はふむ、と何か考えるような仕草をした。 「まぁ猫の不注意だよな」 「まぁな」 ただそれを言っちまったら話的につまんねぇけどな。 「あ、犬と猿はいてくれて良かったって思うぞ」 「…何でだよ?」 ズルルッと蕎麦を啜って、留三郎は真顔で言ってのけた。 「アイツらがいなかったら、俺らが犬猿の仲、なんて呼ばれることも無かったろうしな、ピッタリの表現だと俺も思うし」 「………」 俺は思わず、蕎麦を啜る手を止めた。 「おまっ……」 カァァァと顔に熱がこもる。恥ずかしい、お前何言ってくれてるんだ。 赤くなった俺を、留三郎はキョトンッと見ていたが、暫く、自分の言った言葉を思い出して、こちらも顔を赤くした。 「いや、違う、違うぞ!!ってか俺別に恥ずかしいことなんて言ってねぇし!!」 「ピッタリの表現っって言ったじゃねぇか!!」 「いや…そっそうだけど」 いつもケンカばかりの俺達だが、さっきみたいに二人で普通に会話することも出来るし、何より、俺達は、つい最近付き合い始めた。言わば恋人であったりする…。 急に俯いた留三郎に、どんどん恥ずかしくなる俺、お互い無言で蕎麦をまた啜りはじめた。 だが、俺は暫く考えて、開き直ることに決めた。 後引っかかるかなぁと思って 「犬とか猿とか、別にそんな表現なくても俺達は根っこは相性悪かねぇし…お前も、料理上手な旦那貰ってんだ。感謝しろ」 「うん……ん?ちょ、待て待て、」 「?」 「旦那って何だよ!!」 何だよ納得しかけた癖に 「お前が嫁で、俺が旦那だろ?」 「何で!!?」 「いちいちうっせぇな」 それだけ言って、留三郎の肩をグイッと机越しに引き寄せて、唇を奪った。 「んっ…ん〜!!」 暫く、口づけて、離したときには、留三郎は茹で蛸よりも真っ赤になって机の椅子にストンッと落ちた。 「なっ…なっ…!!」 「お前は……」 「?」 「俺と来年も再来年も一緒にいる気はあるか?」 「え…?」 そう、聞いておきたかったことがあったのだ。 来年になれば、離れてしまう。コイツが俺と一緒にいたいと思ってくれるなら、答えて欲しい。 「俺は…」 「おう」 「忍になりたい。それこそ、お前に誇れるような忍になって、最後はお前に殺されて…みたいな事を考えてた」 「………」 「お前と恋仲になるまでは…」 ポツリポツリと語られる言葉は、予想外穏やかで、耳に心地いい。 「俺、フリーの忍になる。」 「は?」 え?ちょ、そっちかよ!期待していた答えと違って、目を丸くする。 コイツはやっぱり俺と一緒にはいたくないのだろうか?と、軽く心の中で傷ついたが、留三郎の話を最後まで聞く。 「お前と敵対には成りたくない。けど、お前に甘えて生きていたくは無いんだ…フリーなら、仕事自由に選べるし」 その答えに少し安心する。 「そうか」 「お前は先生になるんだろ?」 「あぁ、まずは実力をつけて…だが」 「学園長になりてぇんだろ?」 「そうだ」 「……そんで、お前が学園長になったら俺を雇って、お前の用心棒にでも、側に置いてくれよ……」 ふと、留三郎が席を立ち上がって、俺の隣に座った。目線は反らさない。どこまでも真っ直ぐな、俺の好きな瞳があった。 「それで…良いのか?」 「会える機会は少なくなるかも知れねぇけど」 手を伸ばされる。 「なれるかどうか分からねぇぞ?」 「アホか、絶対になれ」 ギュゥと抱き締められた。 「爺になってるかもな?」 「俺は、爺になってもお前を好きでいてやるよ……お前も…そうだろ」 「あぁ…そうだな、違いない」 回された頭一つ低い体に、こちらも手を回す。 「しょうがねぇから、一生お前の嫁でいてやるよ……」 肩にトンッと置かれた頭だが、それは耳まで真っ赤で、しかも向かいあって抱き締め合っている為、全く隠せていなかった。 「蕎麦、美味かったか?」 「おぅ」 「なら、他にも美味いもん沢山食わせてやらなきゃな」 「当たり前だ。お前が旦那なんだからちゃんと養え」 クスクスと、笑い合う距離が心地いい。 「了解、嫁さん」 それだけ言って、俺は目の前の可愛い恋人の唇を塞いだ。 取り敢えず。来年も再来年も、そのまた次も、俺は、この虎のような恋人と、ずっと一緒に生きていくようだ。 外からは除夜の鐘が鳴り響いていた。 (終) [back]/[next] |