すっかり忘れていましたが!
食満さんが、挙動不審だ。

「あっあの!!」
「はい?」
「い、や…いえ、何でもないです」

目線が合わない…のはまぁ前からだったんだが、最近俺に対して改善の兆しが見えた挙動不審が、何故か復活している。
顔をあげ、俺に何か聞きたいようなのだが、俺に声を掛けては何でも無いと言い。結局話が進まない。
こんなことを何度も繰り返している。俺としては、食満さんが聞きたいことがあるなら、何でも答えてやるんだが。
うーん、やっぱり助けが必要だよな…。
 
「食満さん?」
「何かありました?」
「!!」

俺の質問に、大げさに肩を跳ねさせた食満さんは、あー、とかうーとか唸りながら、それでも俺に話を切り出せないようだ。
何だろう、何が聞きたいんだ?

「しっ、潮江さんは…」
「はい?」
「あ、や、あのですね、俺…23歳なんですけど」
「ん?」

え、何だ、年齢?え、食満さんの口から個人情報の話が出てきたぞ、絵本で基本的なプロフィールは知ったけど…何と食満さんは俺と同い年、良くお前は年齢詐欺、と言われている容姿の俺…いや、まぁ老けてる自覚はあるが、食満さんのことは、密かに年下だと思っていたのでかなり驚いた。幼いというよりは…弟?最初俺が食満さんに持ったイメージは、黒猫だったが、あの黒猫は、少しだけ俺に心を開いてくれたので、今は弟のイメージが強い。ただし、俺は食満さんを別に弟に欲しいという訳ではない。あえてこれが欲しいと言うなら…友人として、何でも分かり合える関係が欲しい。…と思っていたり。

「あ、と、絵本渡したから、プロフィールに載ってますよね…」

そうやって、どことなくモジモジしながら指を絡める姿は、初々しいというか…23の男には到底見えない。
可愛い…んだよな。俺は先日の食満さんとの一件から、彼に対して可愛いと言う表現を否定しないことにした。
まぁ最初こそ戸惑ったが、はまぁ良いかなぁと思い始めたのだ。それこそさっきも思ったが、弟と同じだ。年の離れた弟は可愛いだろうし…まぁ俺の場合は同い年なんだけど…。
と言うか、あんまり深いことを考えると触れてはいけない場所に行き着きそうで怖い。と言うのが本音だったりする。
…まぁ良いじゃないか、食満さんは可愛い男だ、と、つまりはそういうことだ。

「あ、はい、えっと23歳ですよね」

そんなことを思いつつ、食満さんに返事をすると、食満さんは、ちょっと驚いた顔をして、はい。と返事をした。

「面白かったです。絵も食満さんが描いてましたよね?話の内容もそうですけど…とくに星が綺麗で」

食満さんの物語には、良く星が出てくる。
食満さんから貰った絵本、俺は何度も熟読した。そりゃもう、職場の同僚、あ、長次な?が「もう良いだろう」と、顔を引きつらせるぐらいには読み込みましたとも。
何度も読み返して、その共通点に気付いたとき、また俺は、彼の大事なものである『星型プラネタリウム』を思い出して、覚悟を決めたとはいえ、ちょっと悔しい気持ちになってしまった。良いんですよー、俺はこれからなんです!!と、内心ここには居ない善法寺さんに、一人で勝手に強がりを言ってみたりしながら、俺は食満さんに笑いかけた。

「食満さんは、星が好きですか?」
「…え、」
「絵本、星が良く出てくるから」

そうやって笑うと、食満さんの顔が、一気にグワッと赤みを帯びていったのが分かった。

「え?」
「き、気付いて貰えました?」

真っ赤になって、はにかむ姿に、何度目か分からないが、可愛いなぁという感想が出て、俺は内心で苦笑した。
食満さんはちょっとだけ泣きそうで、でもやっぱり笑って、腕で口元を覆った。

「俺、いつもファンレターとか、怖くて読めなくて…」
「はい」
「でも、いつも、自分なりに、読む人が喜んでくれたらって、メッセージとかを残してて」
「はい」
「俺が、星とか好きってのは良いんです。ただ、どの話にも、星があるって気付いて貰えれば」
「はい」
「読む人は子供ばかりだけど、その子達が大きくなってからでも良いので」

食満さんは、人が怖い。ただ、傷つく痛みを知っているから、実は純粋で優しい人。
本当は、誰よりも、人の傍にいたいのかも知れない。
だって、俺がたった一つ小さな変化を見つけただけで、こんなにも喜ぶのだから。
だって、彼は絵本作家なのだ。人に、自分の絵本を喜んで貰うことが、

「だから、潮江さんに見つけて貰えたことが、嬉しくて、ファンレターをくれる人たちも気付いてくれてるかな、って思って」

彼にとって、一番の喜びなのだから。

「気付いてますよ…」

そんな、彼の作家としての一面を見て、読まれることが出来ないファンレターが、可哀想だと思った。

「食満さんの思いは、絶対に」

勿論、食満さんのせいじゃない。ただ、こんなにも、読み手のことを愛している作家が、ファンレターが読めないほど、人が怖いのが俺には切なかった。その対象者が例え子供であったとしても彼は怖いのだ…。

「俺が保障します」

俺はまだ、食満さんがどうして、こんなに人が嫌いなのかは知らない。
もし、近い未来、その話を聞いたとき、俺はどう思うのだろうか…でも、彼を絶対傷つけたくはない。と、心底思える今の自分に、俺は密かに安心した。安心して、食満さんに笑いかけた。
そうすると、食満さんが息を呑むのが伝わる。
そうして、花が綻ぶように、嬉しそうに笑った。

最近食満さんは、良く笑う。
はじめて会ったときよりも各段に、そうだ。食満さんは、笑顔が似合う。
俺は食満さんとはじめて会ったとき、最初に立てた一つの目標が今、この瞬間に達成されたような気がして、何だかむず痒くて、嬉しかった。
そんなことに幸せを噛み締めていると、食満さんの顔が、嬉しそうな顔から、急激に真っ赤になってしまった。

「えっ」

俺、何か変なこと言ったか。

「潮江さんの…」

食満さんは、顔が真っ赤だけど、それでも声を出す。

「保障つきなら、安心ですね」

と、

「っ」

あぁ、何でそう言うことをそんな顔でいっちまうかなぁ、この人は…。
あれ?でも…なぁ、それって、俺がそう言うなら大丈夫ってことか?
俺は食満さんの中で、少しでも信頼に値する人間になってるってことなのか?

「……」

え、えぇぇ、何だそれ、うわぁぁ!!今日はなんつー役得日!!
占いとかはあんまねぇけど、きっと俺の星座の獅子座は、本日1位に違いない。

「食満さんが、そう思ってくれるなら、存分に安心してやってください」

俺はきっと、食満さんの口から「潮江さん」が言ったから大丈夫。って、その言葉だけで、本当に幸せなんで。
そう言って俺が笑うと、食満さんは、あ、と声を出した。

「どうしました?」
「え、あ、い、いえ…」

そう言って頭を振るわりに、その顔は何か言いたげで、俺は余計に気になってしまう。
そう言えばさっき何か言いかけてたよな…俺が話を反らしちまったのか?
…あぁぁぁぁ!!折角の機会を自分でぶっ壊すとか何やってんだ!!食満さん、お願いですから、もう一度だけ機会下さい!!

「食満さん!!あ、あの!!知りたいことあるなら、俺、ちゃんと答えますよ?」
「え!?」

そう思いながら、必死に食満さんに言うと、食満さんは、心底驚いた顔をして、オロオロと狼狽えはじめた。

「あ、あの、え、あ」
「け、食満さん?」
「や、え、でも、あのっ、あ」

まずい、言いたいことはあるけど、どう切り出せば良いのか分からなくて、ますます混乱してしまってる。
やべぇ…取り敢えず食満さんを落ち着かせないと…。

「食満さん」
「は、はい!?」

俺は取り敢えず、食満さんの方を向いて、自分の口元を指差した。

「はい」

そうして、息を吸って、

「深呼吸」

吐き出す。

「へ?」
「深呼吸」
「は、は…い」

俺の言葉に素直に従った食満さんは、スーッと息を吸って、吐き出すことを繰り返した。
暫くして、大分落ち着いて来たらしい食満さんをだったが、また直ぐ。

「あの!!」

と俺に話を切り出そうとするので、俺は、自分の口元を指さしたまま形で

「食満さんシーッ」
「っ…」

と言って、食満さんを静かにさせた。暫くの間が出来る。その間に、食満さんは、やっと自分が何を言いたいのかまとめられたようで、俺をジッと見上げた。それを確認した俺は、そのまま食満さんに笑いかける。

「落ち着きました?」
「は、い」

そんな俺に、少々気恥しそうに俯いた食満さんだったが、それでもゆっくりと、俺に向かって話だした。

「俺は23歳なんですが…しっ、潮江さんの年齢は幾つかなぁ…と、ま、前々から思っていまして」
「…」



「俺の?年齢…」

え、そんなことで良いのか?と思った俺だったが、そこで俺は思い出した。俺は食満さんの誕生日や年齢は知っているけれど、俺自信の年齢や基本的プロフィールは、全て善法寺さんしか知らないことを…。

「あ、あぁぁぁ!!!」

そこまで思い出し、俺は叫んだ。


すっかり忘れて
いましたが!



そうだよ、俺だけが食満さんのプロフィール知ってるなんて、おかしいじゃねぇか!!

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