プラネタリウムと駆け引き
『これ、何ですか?』
『それは、大切なものなんです』

伊作から貰った星型プラネタリウム、伊作からの最初のプレゼント、俺の大事な宝物である。
それを聞いたときの潮江さんが、ちょっと複雑そうな顔をしていたから、どうしてそんな顔をしているのか、俺は俺なりに考えてみた。まず第一、俺が何かした…は、無いだろうな…いや、無い方向で!!あんまり自分のせいにしてばっかりだとまた潮江さんに心配かける…。何より、潮江さんは俺にして欲しくないことがあれば面と向かって優しく言ってくれるだろう…と思う。

俺の中の潮江さんは、とても優しい人なのだ。

第二、潮江さんも何か欲しいのかなぁと、思った。それか、単純にプラネタリウムが欲しいとか、だからさり気なく…。

『潮江さんって…ほっ、星好きですか?』
『星?いや、綺麗だなぁとは思いますけど…』
『そっ、そうですか』

そのポカンとした表情から、別に、そんなに好きな訳ではないと判明した。そこで、納得してしまった俺は、内心慌てる。
こら、食満留三郎、もっと話題を広げろよ、潮江さん、何かポカンとしてるだろー。
…実を言うと、俺、星を観測するのが大好きなのである。『ちょっとでも興味があるなら…ですけど、俺、天体観測が趣味なんです。良かったら、潮江さんも今度、一緒に星見ません?』とか…そこから、趣味の話とかに広げられない自分が嫌である。
でもとにかく、潮江さんがプラネタリウムが欲しい訳ではないと理解した。なら、やっぱり、何かプレゼント?
そう考えたら、俺は潮江さんに何をあげたら喜ぶのか考えていた。

…潮江さんとの『一番最初のプレゼント』は、『俺から』あげたいと、思ったのだ。

考えて、考えて、そりゃもう、めちゃくちゃ考えたけど、結局良い案は浮かばなかったので、

『俺の絵本…』

正直、迷った。男に絵本を渡したとことで、喜んで貰えるかどうか、かなり不安だったけど

『ありがとうございます、嬉しいです』

絵本を渡した彼の顔は、とても喜んでいて、俺はその姿に、心の中でガッツポーズをした。


「嬉しかったんだ…。喜んでもらえたことが」
「そうだねー、でも、二十歳過ぎの男性が、絵本貰って、めちゃくちゃ喜んでくれるって…それって多分…」


潮江さんが、仕事を終えて帰った我が家では、絵本の原稿を取りに来た伊作に、潮江さんのことを話すのが最近の俺の日課になっている。あのとき、大丈夫だと言ってもらってから、距離が少しだけ縮まったことが嬉しくて、俺はすぐに潮江さんのことを伊作に話した。

『留三郎をこんな短期間で手懐けるなんて…さすが…』

伊作は何だか、ブツブツ言っていたが、それ以上に、俺の理解者が増えたことを喜んでくれた。

『潮江さん、良い人でしょ?』
『あぁ』
『僕ねー、潮江さんの会社の社長さんと仲良いんだよね、だから…』

それだけ言って、言葉を詰まらせた伊作に、俺は少々不安になった。

『伊作?』

その俺の不安そうな声に気付いたのか、伊作は、

『ごめん、何でもない』

と笑った。その目があまり深くは聞かないでくれ、と語っていたので、俺は黙ることにする。
いくら、一番の友達といえど、聞いて良いことと、聞いてはいけないことがあることぐらい。俺にだって分かっている。

『潮江さんさ』

何故だか、潮江さんの話をする伊作は、どことなく嬉しそうだ。

『初めて見たときから、思ってたんだよ、この人なら留三郎について、キチンと考えてくれるんじゃないかって、ね、でも潮江さん、結構ドライな感じだったし、仕事に対しては、お客さんに踏み込むことなんてしてくれないだろうからさ、僕なりに、潮江さんが自由に出来る環境を作ってみたの、そしたらやっぱり』
『…潮江さんは分かってくれたよ』
『だね』

伊作は、俺の頭をポンポンと軽く撫でた。俺の世界で一番の友達の采配に、心底感謝したくなった。



…いつか…あの人にも…撫でてもらえる日が来るんだろうか。
そうだったら嬉しいのに…俺の脳裏には、俺の名前を呼んで、太陽見たいに笑う彼がいた。

そんな酷く幸せな光景が、いつか…。


「留三郎?」

はっと、回想から蘇る。伊作はどこか心配そうに俺を覗き込んでいた。そう、今は、絵本を潮江さんに渡した話をしていたんだった。だが、俺は、ちょっとその前に重要なことを聞いた気がして、バッと伊作を見た。

「伊作!!」
「え」
「潮江さん、二十歳過ぎって本当か!!」
「えぇぇ!!聞くとこそこなの!?何かもの思いに耽ってたから心配してあげたのに何それ!!」
「良いから!!何歳なんだよ!!」

そうだ!!俺は潮江さんと仲良くなりたいのに、彼のこと何も知らないじゃないか!!知ってることなんて、名前と、家事かなり出来るってこと…あ、後、笑顔が思ったよりも可愛いことしか知らない。でも、まだまだ。って言うか、最初に知らなくちゃ行けない基本事項を俺は全然知らないでいる。誕生日、血液型、年齢…。

「伊作は知ってるんだろう?」

ちょっと恨めしげに伊作を睨むと、伊作は何だか偉そうにふふんと笑って、とある封筒を懐から取り出した。
何それ…。その封筒をジッと見つめていると、伊作はニヤァと笑った。

「当たり前でしょー、なんたって僕、潮江さんの『雇い主』だもん」
「…あ、…あぁぁぁぁ!!」

それは、基本的な個人情報が書かれている…。

「契約書!!」
「ご名答〜」

伊作は良く出来ました。と言わんばかりに、封筒をヒラヒラと俺の目の前で揺らした。

「羨ましい?」
「ぐっ」

そう聞いて、楽しそうに『契約書入り』の封筒をヒラヒラさせる伊作が憎らしい。こう言う軽口が言いあえるのは、俺にとって本当に奇跡なんだなって、思ってる。伊作には、心の中では言い表しきれないほど感謝しているのだ。でも、何だろうか、今は、本当に…。

「羨ましいって言うか、妬ましい…」
「ひっど!!」

俺の言葉に、伊作は大げさに反応してみせたが。

「伊作が俺をおちょくるのが悪い。俺は潮江さんについて知りたいだけなの!!」
「だってさー」

どこか拗ねた口調になってしまい。ちょっと後悔して伊作をチラリと見ると、伊作は困った顔をして俺を見る。

「留三郎、それって基本事項だろう?」
「え?」
「人と付き合っていくためのさ、何歳ですか?とか、誕生日はいつですか?とか」
「そりゃぁ…」
「だけどそれ、僕から聞いて留三郎は嬉しいの?」
「嬉しい…?」
「こう言うのって、本人に聞くからこそ、重要度が増すんじゃないの?って言うか、普通は本人に聞いたほうが一番良いんだよ、例外は沢山あるけど…例えばさ、相手の人のメルアドが知りたいけど、本人と仲良くないから聞けない。じゃぁここは、その相手と仲の良い友人に頼んでみて貰おう、とかさ。でも留三郎は潮江さんに近付きたいって思ってるわけだし、少なくとも、その彼と四六時中一緒にいられる環境下にいる訳だ、知らない仲ってことでもないし…聞いたら教えてくれるでしょ」
「つまり…?」

いや、つまりも何も、言いたいことは何となく分かるけどさ、それ、俺には結構難題じゃね?
伊作はニッコリ俺に微笑むと、

「自分で聞きなさい」
「やっぱりな!!」

と、言ってきた。

「やっぱりなって分かってるんなら、自分で聞きなよ」

呆れたように溜め息をつく伊作に、俺は焦る。

「だって!!」
「だって?」
「……んな…急に聞いたら、めっ…迷惑…」
「な訳ないだろ」
「何で!!?」
「何でも何もだよ!!何でそう話に持っていくのがヘタなのかなー」

呆れを通り越して、何やってんだと言わんばかりの伊作だが、だって、

「伊作以外に他人の情報に興味を持つなんてことなかったし…」
「…嬉しいこと言ってくれるなぁ、留三郎は」

ヘラッと嬉しそうに笑った伊作は、そんな俺の頭をワシャワシャと撫でながら、まぁ、と呟いた。

「潮江さんなら、何かしら悟ってくれそうだけどね」
「!!」

そうだ。潮江さんは、いつもタイミング良く、会話も俺にあわせてくれるのだ。でも、

「いつも気使わせてると、思うと嫌だよね?」
「…なんでお前がそれ言うんだよ…」
「いや〜なんとなく」

シレッと答える伊作は、しょうがないなぁーと自分の頬を掻くと、ニッと笑って俺を見た。

「じゃぁさ、留三郎、潮江さんに、年齢だけ聞いてきなよ」
「?」
「そしたらさ、コレ」

そう言って、伊作は、潮江さんとの、仕事の『契約書入り封筒』を俺の前に、バッと突き出した。その顔は、何か良くないことを思いついたような、嫌な笑顔だった。

「賭けをしようか、留三郎」
「は?」
「もし、留三郎が潮江さんに年齢を聞いて来れて、後に僕と答え合わせをして正解だったら」
「…正解…だったら?」
「この契約書『留三郎を雇い主に変更してあげる』」
「え…えぇぇぇぇ!!!!?」

え、何、それ、どう言うこと!?

「つーまーり、雇い主が留三郎になると、留三郎はこの封筒の中にある。潮江さんの誕生日などの情報をゲット出来る訳だ」
「!!」
「それに、留三郎ってば、僕が潮江さんの雇い主で、不服だって顔いつもしてたからねぇ」
「それは…っ」

そう、俺が伊作が大好きだけど、俺が伊作以外で始めて歩み寄ろうとしる人に伊作が絡むのは何か嫌だなぁと思っているのだ。何でだか分からない。潮江さんを先に見つけたのが、伊作だって言うのも何だか腑に落ちなかったりする。俺のまだ見たことのない潮江さんの顔を、伊作が知っているのかなと思うと、凄い嫌だと思うのだ。

勿論伊作のことが嫌いになった訳ではないけれど…。

「で、やるの?やらないの?」

伊作のどこか挑発的な目線に言葉が詰まる。

「…」

俺の答えは…。

「やる」

だ。
伊作は意地悪いけれど、いつだって俺に一歩前進するチャンスを作ってくれている。
俺は潮江さんのことを、最初、伊作が連れてきた人なら…みたいな感情が少しだけあって、自分自身で、潮江さんが大丈夫だとは決めかねているところがあった。最初こそ凄い怖くて、そんなこと考えてる余裕なんてなかったけれど、きっと、そう思っていたんだと思う。でも今は、俺が、俺自身で潮江さんという人間を見て、彼を知りたいと思っているのだ。
伊作の目利きじゃなくて、俺が大丈夫だと思うから、潮江さんに傍にいて欲しい。
そう彼に思って貰いたい。だから、やっぱり、俺が雇い主になるしかないと俺は思う。

潮江さんは、俺から給料を貰うのを嫌がるかも知れないけど。でもね、潮江さん。

「やるよ、伊作」

俺は一歩踏み出すために、勇気を出すから。だから、あなたも今まで通りでいてくれませんか。

「りょーかい」

俺がそう答えると、伊作はニッと笑った。


プラネタリウム
と駆け引き


こうして、俺と伊作の駆引きは始まった。
このときの俺は、何故自分がこんなに潮江さんの雇い主になりたかったのか、全く分かっていなかった。
つまり、そこまでして彼のことが知りたい。というこの感情に気付くのは、まだまだ先の話である。
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