プラネタリウムに嫉妬


俺は彼に踏み込むことを躊躇った。けれどそれをあえて踏み出したことで、大きな一歩を踏み出せた。

『ぜーんぶ俺のせいにしましょう?』

そう言ったのは、食満さんを見ていて、俺が辛くなったからだ。
もっと、もっと、吐き出して欲しいと思っていた。でも、この言葉は、もっと、俺が食満さんを理解して、食満さんも俺を信じることが出来たら、言おうと思っていた言葉だった。
今回、たまたま俺の言葉が食満さんの胸を打ったとして、まだ俺は信用するには至らない。

善法寺さんは…俺の好きにしろと言った。だから、俺は俺の好きにしているが、そうか、と思うのだ。
『金』だけをを貰って『規約通りに働く俺』は、多分、ここまで、彼を思うことが出来なかった。
客が満足するように働くのが俺の信念だが、金を貰う立場として、そこまで客に感情移入は出来ない。依頼が、好きにして良いと言う内容でなかったら…ここまで早く近付くことも出来なかった。善法寺さんは、誰よりも食満さんのことを考えていて

『あんまり、傷つくようなことは言わないで欲しいな、繊細な奴だから』

真剣に彼と向き合う人間を、探していたのかも知れない。それに俺が選ばれたのは、結構誇らしかったりするのだ。

でも、この言葉が、彼に真っ直ぐ届くかどうか、俺は不安だった。出会ってまだ2日。俺は所詮、まだ彼の中では、雇われハウスキーパーだ。金を貰って働く俺に彼は、所詮金で俺が雇われているから、優しい言葉を掛けるのだ。と疑うかも知れない。
でも、食満さんは、俺の言葉に真っ直ぐに向き合ってくれた。それが俺には嬉しかった。金が無いと生きていけないと思う俺だが、金だけを思っている訳じゃない。いつか、まだまだ先だけど、食満さんにも分かって欲しい。

俺は普段だって、客に感情移入は出来ないけど『幸せに暮らして欲しい』と願っているのだ。ヘタに近付くことの出来ない俺だけど、その輪に一番近い場所にはいられるから、はじめての仕事のとき、雇い主の部屋を綺麗にした。綺麗になった部屋を見て『うわぁ、綺麗になったなぁ』と嬉しそうに笑う雇い主の笑顔を見た。
俺でも、誰かを笑顔に出来ることが、心底嬉しかった。
その時から、俺は、俺の仕事で、作ることが出来る幸せを、作れたら、と思うようになった。

今の俺は、ハウスキーパーで出来る仕事の他に、自分自身で、食満さんって言う一人の人間を幸せにしたいのだ。

「少しずつで良い、大きな進歩も嬉しいけど、少しずつ」

分かっていけることが増えたら良い。俺と食満さんは、まだまだ知り合ったばかりだ。

「喧嘩もするかも知れないし、嫌われるかも知れないし」

先のことはまだまだ分からないけど、でも、俺はあの人に…。

「好かれてみてぇんだよ」

例えば、名前で呼び合うとか、善法寺さんとまではいかなくても良い友人として、とか、いやいや、でも特別にもなってみたいような…。

「…あれ?」

言葉にしてみて、どういう風に、好かれたいのか上手いイメージが出来ない自分自身に、首を傾げた。



しかし、好かれるにもいろいろ種類があるだろうし、俺はそれについてとくに何かを思うこともなく、手にした絵本のページを捲る。

今日は、仕事場の休憩室で、絵本を読んでいる。
食満さんの晩ご飯を作り終えた時点で俺の仕事は終了するので、俺は仕事場にいったん帰り、それから自分の家に行くようにしている。食満さんとの距離が近付き、早二週間、とくに変わることなく、彼がご飯を食べるときは俺は出ていく。しかし、彼とは多少ながらも会話が出来るようになった。
最近はそれが嬉しくて、帰るのが惜しいと思うぐらいだ。そんな中、昨日、いつもは俺から何かしら話題を振るのだが、俺が帰るとき、食満さんから俺に話しかけてくれた。

『あっあの!!』
『はい?』

必死で話そうとしてくれている姿が嬉しくて、俺は食満さんをジッと見て、待つ。
それから、何分かたったときに。食満さんは覚悟を決めたように、俺を見ると

『コレ!!』

と言って、小さい絵本を数冊差し出してくれた。作者名と作画は食満留三郎。そこで、食満さんが話と絵の両方を書いてることを知った俺はビックリした。いつか食満さんに話して欲しいなぁと思うことは沢山ある俺だが、食満さんについて、知っているのは、名前と職業ぐらいしかないのだ。あくまでも俺の雇い主は、善法寺さんであり、契約したのも善法寺さんだから仕方ないのだが、実際のところ、俺は食満さんに付いているのだから、少しは食満さんの情報が欲しかった。
仕事に関しても、食満さんの邪魔をしないようにしよう。と、心がけていたし、折角わずかだが俺に踏み込んで話てくれるようになった食満さんとの時間に仕事の話をするのも場違いな気がしていたのもある。最初に、絵の具で部屋が汚れていたので、作画の担当かと勝手に思っていた。
が、冷静に考えれば、はじめから食満さんの絵本を調べておけば、年齢とか、誕生日などは、簡単に見つけられたはずなのだ。
そこまで考えて、俺は激しく後悔した。二週間も時間があったのだから、食満さんの絵本を見ておくんだった…っ。
…いやでも、絵本はあれで結構値段張るし、ただでさえ借金持ちな俺が、値段を見て買えたかどうか…。あ、そうか、買わなくても図書館とかあるじゃん。
そんな後悔をしている俺を、食満さんがどこか不安そうに見つめていたので、俺は慌ててその本を受け取った。

『これ…俺に?』
『潮江さんに、見て欲しくて!!』
『…〜っ』
『えっと…』
『嬉しいです、ありがとうございます』

俺は嬉しくて、思わず食満さんを抱き締めそうになったが何とか我慢した。だってそうだろ?自分の作品を俺にくれるって、さ、自分の世界を俺にも知って欲しいから、渡してくれたんだと思うんだ。しかも、食満さんから歩み寄ってくれるなんて、喜ばずにはいられない。


そして、今手元にあるのが、食満さんの絵本なのだ。
題名は『プラネタリウムの空』
星も月も無く太陽も昇らない国がある。町も明かりは街灯だけで、それ故に、主人公である黒い髪と黒い瞳の少年ルイは、闇に紛れ、誰にも見つけて貰うことが出来ない。寂しいルイは、イタズラを仕掛け、自分の存在を出来るだけ知って貰おうとするが、逆に国の住民を困らせる。そんなルイの前に、暗闇の中でも目立つ明るい茶色の髪を持つ、ゼンと言う少年が現れ、ルイを見つけたゼンは、ルイと友人になる。国の研究者であるゼンは、ルイの為に、架空の星を見ることが出来る『プラネタリウム』を作ろうとするが…?

「ん?…」

この話…何かが引っかかる。何だコレ…?そこで俺は、またページを開く。



『これ、何ですか』

そうだ、これは、食満さんの家で見たものだ。

『あ、それは…』
『面白い形ですねー』
『はは、そうですね、でも、大事なものなんです』
『大事なもの?』

食満さんはとても嬉しそうな顔をして、それを撫でた。



星型の形をしていた。アレは確か…。

「あ」

俺は、すぐにパカッとケータイを開いて『プラネタリウム』と検索してみた。
結果は…。

「あっ…た」

『星型のプラネタリウム』

食満さんがこの話を書いたのは、俺と出会う一年前らしい。だとしたら、この話が、実話を元にしていたら、食満さんと親しく、食満さんに贈って、なおかつ彼に大事にして貰えるほどの間柄の人を、俺は一人しかしらない。さらに『ゼン』と言う名前のヒント。

「あぁ、そうか…善法寺さんと、食満さんの話だ」

この話は、食満さんが、善法寺さんに贈る信頼と感謝の話だと、俺はそう感じた。

「この話を…『世界で一番の親友に贈る』」

最後のページにそう書いてあって、ますますそれは確信に変わる。

「世界で一番…」

それを見て、俺はどこか胸が痛くなるのを感じた。入り込めない二人の信頼感が、羨ましくて、悔しくて、目頭が痛い。
あぁ…。

「くそ…っ」

折角、食満さんがくれたこの本が、嫌いになりそうな俺は、全くどうしてしまったのか。

「泣きそうだ…」

それだけ、呟いて、俺はバタッと休憩室の机に突っ伏して、いつも着ている作業着のツナギ服の胸の辺りをギュッと握った。




それから暫くたって、揺り動かされた俺は、む〜と唸って、休憩室の机から顔を上げた。毎度思うのだが、俺は休憩室の机にお世話になりすぎな気がする。次は違う場所で休憩しよう。そんなことを思って、誰が起こしてくれたのか、と、起こしてくれた相手を見ると、見知った寡黙な男だった。

「長次?」
「あぁ…」

起こしてくれたのは同期の中在家長次だったらしい。時計を見ると、時刻は深夜1時を過ぎていた。

「…あーわりぃ」
「いや」

長次は、俺と同期であるためか、かなり仲は良いのだが、仕事時間が違うため、帰りが一緒になることは無い。そんな長次がいることで俺は少しびっくりした。

「そう言えば、何で長次がいるんだ?」
「今日は通しだったからな」
「あー…」

アルバイトも沢山いるハウスキーパー大川だが、俺と長次は正社員だ。正社員は『夜勤組』と『早朝組』それか『通し組』に手が空いていればどこでも振り分けられる。ちなみに俺は現在、食満さんところで、一日通しで仕事をしている為、所詮『通し組』になる。
アルバイトは『昼組』と言う昼清掃の振り分けが主である。

夜勤は夜働きのお客さんの為に夜中の0時辺りから朝の6時まで
早朝は朝働きで昼戻りのお客さんの為に朝6時から昼の12時まで
アルバイトが専門の昼は、12時から夜中の6時まで、
通しは、朝8時から夜21時ぐらいまで、通しの帰り時間はそれぞれなので仕事終われば直帰OK

長次はどことなく心配そうに俺を見て、俺の頭をポンッと叩いた。

「どうした?」
「え」
「…泣いた後みたいな顔…」
「あ、ハハハ」

やべぇ、どうやら、俺は無意識だが、少し泣いたようだ。長次の鋭さが今は若干憎い。普段から無口で、ボーッとしたような印象を受ける友人だが、人をとても良く見ている。笑って誤魔化そうとしたのに、真剣な彼の目は、俺から逸れてはくれなかったので、
俺は諦めて事の次第をポツリ、ポツリと話し始めた。

「食満さんが、善法寺さんと仲が良いなんて、そりゃぁ俺とは違うんだから、当たり前なのに…」
「…どうしようもなく、悔しかったと?」
「何でだと思う?俺は善法寺さんが嫌いな訳じゃないんだぜ、むしろ、食満さんと出会わせてくれて感謝してるぐらいなのに、
なのに、食満さんと仲良いのが嫌だ…なんて」
「文次郎…」

長次が何かを良いかけて、しかし、その言葉を出てこない。代わりに、また頭をポンポンッと撫でられた。

「良いんじゃないのか…」
「は?」
「仲良くしたいと思っていた子が…他の子と仲が良いから嫉妬、なんて良くある話だ」

「え…」

え、嫉妬?これって嫉妬なの?この感情が嫉妬だとはまったく気付いていなかった俺は、長次の言葉に目を見開いて、焦った。
そんな俺を、長次はどことなく、呆れた。と言う顔で見つめてくる。

「…気付いてなかったのか」
「…うっ…」

そうか、このモヤモヤや感情は、嫉妬なのか…。はじめて理解した感情に、俺はどうしようもなく戸惑った。

「…どちらかと言うと、文次郎は、ドライと言うか、相手に対してあまり深く、執着心を持たないからな…」
「そう…か?」
「はじめて、心の底から仲良くなりたいと切望する存在に出会えたことは喜ぶことだ…と俺は思う」

心の底から、仲良く…。俺は善法寺さんよりも彼と仲良くなりたい。そうだ。それこそ、嫉妬するぐらい…。

「長次、俺…」
「あぁ」
「頑張りたいわ、やっぱ」

辛くてモヤモヤして、泣きたくなるけれど、俺はまだまだ頑張りたい。知りたいのだ。まだ、まだ、彼のことを。
そう思うと、どことなくスッキリした俺は、ガタッと、休憩室の椅子から立ち上がった。

「ありがとな、俺の悩み、聞いてくれて」

いつもはあまり喋らない長次に、礼を言う。明日も、俺は頑張れる。食満さんと、仲良くなるために。

「あ、でもな、長次、一つ勘違いしてることがあるぞ」

そうそう、これは譲れないから一つ。俺は長次をビシッと指差した。

「俺はさ、長次と仲良くなるときも、かなり俺なりに頑張ったんだぜ」

食満さんみたいな、熱望はなかったけれど、彼と仲良くなるために、会社に入りたての俺はかなり頑張ったのだ。これも、ある意味では執着心じゃないか?『仲良くなりたい』って言うさ。

「だから、相手に対して、ドライな訳じゃないし、俺だって、自分の好きなヤツと一緒にいたいって思うわけ」

そこのところを勘違いしてもらっては困る。それだけ言ってニッと笑うと、俺の会社の大事な大事な友人は、普段は見せない穏やかな顔で、少しだけ微笑んだ。その珍しい姿に、俺も思わず笑うと、長次は、ただ、一言。

「明日も頑張れ」

と言ってくれた。そうだな、頑張るよ。謙遜なんてしねぇ、善法寺さんが逆に嫉妬するぐらい仲良くなってやろうじゃないか。


プラネタリウムに嫉妬


このときの俺は、食満さんに抱く感情は、まだまだ『友情』だと思っていた。だがしかし、後々、この感情は『嫉妬』や友情以上のものだと気付くのは、まだまだ遠い先の話である。


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