僕のトラウマ一日目


ハウスキーパーを雇って一日目、潮江さんは、とりあえず初日は、仕事の邪魔はせず。最終的には、凄い美味しそうな晩ご飯まで作り、風呂掃除までして帰た。そして今日、仕事部屋からそろ〜と見たリビングは、どこもかしこもピカピカになっていた。こんなに我が家が綺麗だったのはいつぶりか…。とシミジミ感じつつ、もうクセになっている朝の洗顔をしに、洗面台に行く。洗顔と言っても俺のは女子並みに毎日丁寧に洗う。そうしないともう落ち着けなくなってしまっているのだ…。

約、一時間ほど念入りに顔を洗って、一通り満足しながら、リビングに行くと、朝ご飯が置いてあり、洗濯機の音がした。久々の生活音に少し感動を覚えていると、置き手紙が置いてあり、
『清掃の仕事が入ったので、洗濯機はそのままにして置いて下さい。帰ってきたら干します。後、朝飯が冷えていたら電子レンジで暖めて下さい。まさかとは思うんですが、電子レンジが使えないなんてこと…は無いですよね?すいません。PS:冷蔵庫にプリンがあるので良かったらどうぞ』

「失礼な人だなぁ…」

俺だって電子レンジぐらい使えるわ、と本人がいないことを良いことに、ブツブツと文句を良いながら、俺は朝ご飯を見る。
見事に美味しそうな和食だった。昨日の晩ご飯は、シチューで絶品だったが、今日の朝ご飯も、美味しそうに焼かれた鮭に、具沢山な味噌汁、それから艶々のお米に、備えられた漬物で、喉がゴクッと鳴った。

「…美味そう…」

これなら出来立ての時に食べれば良かった。と、少し後悔。でも、そこには潮江さんがいるだろうから、俺は恐怖で料理を味わってるどころでは無いだろう。

「もしかして…」

そう言えば、彼は昨日の晩ご飯の時も『俺、風呂掃除してくるんで、どうぞ』と言って、席を外してくれた。

「まさか、俺が安心出来ないって分かってて、居なくなってくれたのかな…」

…まさか、な…。
ラップを掛けられた、朝ご飯を、電子レンジで温めるべく、俺はキッチンの前に向かった。





ハウスキーパーに雇われて一日目、俺は、職場の休憩室ででコーヒーを啜っていた。

実は仕事なんて全く入っていなかった。が、食満さんがゆっくり食事が出来ねぇだろうなぁと思って、暫く部屋から出て行くことにした。善法寺さんには何を言われても帰るな、とは言われたが、食事時まで緊張させたら食満さんが疲れるかも知れねぇ。食満さんを傷つけないことが第一優先であるし、俺の好きにやって良いとの依頼だった筈なので、お咎めは何にして貰いたい。

食満さんは、俺が話しかけるたびにビクビクして、まともに向き合って話せない。

これはあれだ、人間嫌いなんだろう。俺の見立ては間違ってないと思う。なんせ、掃除をして、俺がいることが窮屈なら、外にでも出れば良いのに外にも出ない。

『外にはいかないんですか?』
『あ、えっと…しっ仕事が忙しいので』

しかし俺が見た限り、仕事はそんなに溜まっているようにも見えなかったし、俺のことを恐がっているはずなのに、外には出れないようだった。冷蔵庫にはあらかたの食材が揃えられていたが、明らかに食満さんが料理出来ていないことから考えるに、善法寺さん辺りがいつも何かしら買って来て冷蔵庫に詰めて行くようだ。

これらから考えるに、食満さんは、引きこもりであり、かつ、人、もしくは人目に付くのが嫌で、外には出られないと俺は結論した。

ただ、食満さんは担当で、家族でも無い善法寺さんと友人関係を築けたようだし、善法寺さん談によると、同伴がいないとダメらしいが、たまに物凄く勇気を振り絞って、善法寺さんとスーパーに行くこともあるらしい。目を逸らされ、喋り方もたどたどしいが話せない訳ではない。だから、人嫌いの症状は、こうなるに至ったトラウマが無くなれば、直ると思う。

つまり俺ともいつかは普通に喋れるようにはなれるだろう。と思うんだが…。

「あー…まだまだ時間は掛かりますかねぇ…」

思わず仕事場の休憩室の机に突っ伏して、唸る。
動物に懐かれるのだって大変なんだ。人間はその倍かもしれねぇ、まぁ俺がやれることは、雇われている以上はしっかり仕事、そして私情が入るなら、あの人の笑顔を見る。

「目標と計画は立てることに意味があると思う訳で」

しっかりとした夢があるなら、しっかりと計画を練って、そんでもって実行しなけりゃ意味が無い。

「このバランスが難しいから困るんだよなぁ…」

借金返済もまだまだ先、そして食満さんとちゃんと向き合うのもまだまだ先、その先に何があるかは分からないが、

「俺に出来るだけのこと…を、やらねぇと…な」


と、時計を見ると、昼時に近づいて来た。食満さんもそろそろ朝飯食べ終わってるだろうし、そろそろ帰るか。

「よしっ!!」

そうやって、改めて気合を入れなおす為、両頬をパンッと叩くと、俺は食満家へ向かうことにした。




「…はぁ」

…どうしてこうなってしまうのか…昼ごろまで仕事をこなし、さぁもう昼か、と思っていたら、洗濯機の終了の音が辺りに鳴り響いた。

「潮江さん…はまだ、帰って来てねぇよな…」

そもそも、俺がしっかり家事が出来れば、潮江さんが来ることもなくなるのだ。そこで、俺は、今まで散々敬遠しがちだったものに取り組んでみようと言う気が起こった。いや、だって考えてくれよ、俺は人嫌いなんだよ、伊作無しの状態で、恐怖対象とほぼ一緒とか耐えられないだろ。例えば、恐ろしいモノを見たら、がむしゃらで逃げたりするだろ?
俺の心はまさしく、そのがむしゃらで逃げる方の心なのだ。そして、どうやったらあの恐ろしい環境から抜け出せるのか、と思案した結果。『自分で家事が出来るようになる』に至った訳である。家事となんて一生仲良くなれねぇと思っていたが、まさかこんなとこで向き合うことになるとはな。はは…。
まずはその一歩として…俺は、洗濯機の蓋をそろ〜と開けた。

「洗濯物干すぐらいなら…」

ジッと洗濯機の中身を見て、ちょっと考えた。

「出来る…よな?」

そうして洗濯物を籠に入れたまでは良かった…のだが、やはりと言うか、干す作業がダメだった。


「え、何でこの洗濯物引っくり返ってんだろ…?」

A.日に焼けて色落ちしないようにする為。

「何で、ズボンもひっくり返ってんの!?」

A.裏返すと早く乾く為。

しかし、そんな解答、家事がてんでダメな俺が知る訳もなく、しわくちゃの洗濯物のまま、洗濯物を叩くこともせず、ぐちゃぐちゃと物干しやハンガーに洗濯物を掛けて、そして、今だ。
俺は、ベランダで、苦笑いしていた。なんと言うか、凄い有様である。

「ぜったいこの干し方違うだろ…」

誰がどうみても…。この惨状を見ながら、俺は溜め息しか出てこなかった。そして心に強く誓った。

「家事、もっと頑張ろう」

壊滅的だろうと何だろうと、うん。

そんな酷い有様な洗濯物を、どこか遠い目で見ていると、フワリと風が吹いて、一枚のタオルがぐちゃぐちゃに干された。物干しから、スルッと抜けて風に舞った。


「あっ!!」

ヤバッ、そう思って、腕を伸ばす。すると、何故か前のめりになってしまい、ベランダから落ちそうになった。

「は?」

ちょっ、落ちる!!!
そう思って、思わず目をギュっと瞑ると、


また風が吹いて、それを俺の体を誰かが受け止めた。

「…っ」

片腕を俺の腰にギュっと回し、もう片方の手でタオルをしっかり握ったその人は、酷く焦った顔をしていた。

「し…おえ、さん?」

思わず、普段の恐怖を忘れ、その人を見ながら呆けてしまったが、その人はそんな俺をキッと睨むと。

「な…に…やってんだ!!!馬鹿!!」

怒鳴りつけた。

「ひっ」

その怒鳴り声に、肩がビクつき、今更ながら、自分は落ちそうになったのだと理解して、冷や汗が流れて来た。心臓もバクバクと音を鳴らしている。なんせ我が家は、15階建てのマンションの最上階に位置している。落ちたら絶対死ぬだろう。

「慣れねぇことするから落ちそうになるんだろうが!!」
「っ…」

潮江さんに怒られた俺は……ガクガクと自分自身の体が震えるのが分かる。嫌な光景がフラッシュバックし、俺をあざ笑う奴らの声が聞こえて来た。

『あ、見ろよ、あいつ、にきびだぜー』
『うわぁ、こっち寄るなよなぁ…』

恐い、恐い、ごめん。俺が悪かったから、俺がこんな容姿だから、ごめん、ごめん、ごめんなさい。でも、どうしてこうなったのか、俺は分からなくて、だからいつまでも誤り続けるしかない。

「あ…嫌」
「は?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「食満…さん?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」

恐い、恐い。嫌われるのが恐い、触れられるのも恐い、全て恐い、人間が嫌いだ。大嫌いだ。

「食満さん!!」
「いやだ、恐いぃ…」
「くそっ」

俺の腰に片腕を回す潮江さんが恐くて、俺は彼から逃れようと必死にあがいた。とにかく恐くて、ついに泣きじゃくってしまう俺だったが、しかし、そんな俺とは裏腹に、潮江さんの腕はどんどん強くなっていく。取り乱す俺を、強く後ろから抱きしめながら、彼はゆっくりと俺の頭を撫でた。

「食満…大丈夫だから」

酷く優しい声が、耳に響いた。

「…?」

その優しい声に、暴れていた体がピタリと止まる。その隙に、潮江さんは両腕を使って俺を抱きしめた。

「怒鳴って悪かった。でも、心配したから怒ったんだ。分かるだろ?」

そうだ。分かってる。あんなに必死に、助けてくれた。

「…う…ん」
「嫌なこと思い出させちまったな、俺が悪かった。だから泣くな。」
「…うん」
「食満」

その声は、俺を酷く安心させ、俺は、今度は泣きじゃくるのとは別に、声を抑えてポロポロと泣いてしまった。辺りにはぐしゃぐしゃの洗濯物が広がっていて、それはまるで、今の俺の心を表しているように見えた。

「大丈夫だからな」

この声は、とても優しい。


僕のトラウマ一日目

この声の優しさを信用したい自分と、でもどこかで疑う自分がいて、そんな自分が嫌だった。



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