ノラ猫主人


俺、潮江文次郎は常々思っていることがある。『金は大事だ』ともかく大事だ。何をするにも人生は金が必要だ。とくに俺は学生時代どれだけ苦労してきたか計り知れない。
高校生の時、父子家庭だった我が家では、唯一の肉親である親父が借金を背負い、その借金を全て俺の名義に変えて逃亡。おかげさまで、俺は一日で高校生にして借金王としての称号を貰い受けた訳である。

俺の人生の不幸中の幸いと言えば、親父が金を借りた金貸し屋の旦那が、

『息子に金を押し付けるなんてとんでもねぇ親だ。だがな、坊主、親の責任は、どんなに嫌でも、息子であるおめぇが取らなきゃならねぇ、分かるな?だが、おめぇはまだ学生だ。バイトをするにしても限度がある。親に対して、色々区切りもつけなきゃいけねぇ事もあるだろう。だから、おめぇさんが高校を卒業するまでは待ってやる。だからしっかり俺の元に金を返せ』

と俺に期限をくれた事だ。おかげで俺は、しっかりと高校で学生生活を送ることが出来た。俺は旦那に凄く感謝してる。高校生活で、親父に対する理不尽さ怒りや、それに対して散々悩んだこともあったが、俺は社会人として仕事を始め、最近ようやく、仕事の大変さが身にしみて分かって来た。
今の生活でも、結構ギリギリで大変だ。一人の生活でもこんなに大変なのに、子供を連れて生活していた親父はかなり大変だったんだろうな、と今なら理解出来る。だから、だからまぁ…親父が俺に誤りに来たときは、一発殴って、色々文句言って、それから散々、親孝行させて貰おうと思う。出来た息子を放置させたって、一生後悔させて、そんでお前が俺の息子で良かった。ぐらいは言って貰う。それが今の所の俺の目標だ。

これでも借金背負わされる前は、親子仲はすげぇ良かったんだ…。それを忘れることは俺には出来ないって分かったから。

でも、今の俺の目先の目標は、とりあえず親父の借金返済。
人の良心を無くしてまで金が大事だなんて、思いたくは無いのだが、まぁ時と場合にもよるかも知れない。
俺だって、旦那が筋が通った尊敬出来るような人じゃなくて、普通に借金返済を迫ってくるような金貸し屋だったら、今頃はどうなっているか分からないし。

だから金は有る方が良い。人生にはやっぱりそれなにの金が必要だ。


ところで、そんな俺の職場だが、『ハウスキーパー大川』と言う職場で働いている。ハウスキーパーとは、まぁ俺なりに一応調べたところによるとイギリスの女中のまとめ役。と言うのが本来の意味らしい。ちなみにこのハウスキーパー大川は、お手伝いさん。と言うか、家政婦さんの仕事場だ。昔は女の人だけの職場だったらしいが、今では、男も結構増えているらしく、俺の同期には、裁縫上手な中在家長次と言う寡黙な奴がいる。
俺だって、だてに親父と二人暮らしをしてきた訳ではないので、自慢じゃないが、ほとんどの家事はこなせる。
陽気なおばちゃん達に囲まれて楽しい職場だ。この会社は、何故か、金貸し屋の旦那が『おめぇさんならココが良い』とか言って紹介してくた職場だった。ここの社長は何故か、旦那とは親友関係にあるらしく、俺の稼いだ金も社長から旦那に渡るようになっている。最初はそんなに俺は返済しないように見えるのかよ、とちょっと不服に思ったが、後で社長がこっそり、『まだまだ若いから変な仕事して無茶しないか心配なんだよ』と教えてくれたことで、俺は旦那にさらに恩を感じて、この職場で一生頑張って行こうと決めた。生活はキツイし、たまにありえないような注文をしてくる客もいるが。それでも、この職場は楽しかった。


さてさて、そんな俺に新しく舞い込んで来たのは、とある絵本作家の世話係。依頼主はわざわざ、会社までやって来て、一通り他のヘルパー達を見回すと、俺と目線をあわせ、何故か俺が指名された。何やら諸事情有りなようで、とりあえず家主を言葉で傷つけるようなことはしないで欲しいと言われた。この仕事は、高額だった…。

『…え、こっこんなに!!?』
『貰った限りは、依頼主が満足するまでやるって言うのが潮江さんの信念らしいですから』
『…と言うことは、この金額に見合うだけの世話をしろってこと…ですか?』
『うん…でも、金だけにはしないで欲しいです、あ、これは僕の個人的頼みなんだけどね、敏感な奴だから』
『?』
『まぁ、悪いことしないなら潮江さんの好きにしちゃって良いですよ、敬語慣れて無いみたいだし、なんならタメ口でも良い』
『はっはぁ…』
『あ、後、何があっても、何を言われても、自分のやることが終わるまで帰らないで下さいね』
『えぇ…』

そんな、かなり自由な依頼内容で戸惑う俺に、依頼主の善法寺さんは、よろしく頼みます。と言って、俺に大金の入った封筒を押し付け、高そうな車に乗り込んで帰ってしまった。




「……」
「…」

そして現在に至る。玄関を開けた家主の食満留三郎さんの印象は『ノラ猫』だ。ちょっとフワフワした感じの髪と、黒のTシャツに黒のズボン、黒縁眼鏡、まぁとにかく黒一色だったので、ノラ猫と言う印象の他に『黒』いノラ猫、と記憶された。
本人は恐らく分かっているのだろうが、俺を見て、石化し、たどたどしい口調や、逐一逸らされる目線から考えると、人間と上手くコミュニケーションが取れないようなタイプらしい。しかもこれに関しては気付いていないようだが、目付きが、いっちゃぁアレだが、かなり悪い。俺も人の事言えた義理じゃないが、この人のはもうちょっと表情を出したら、すげぇ可愛く見えると思うんだが、何だか残念だ。…ん…可愛い?…いやいや、そう、人間として可愛く見えるって意味でな!!うん。

食満さんのイメージは俺の中で、警戒心の強いノラ猫と言うイメージが出来上がった。

それから、善法寺さんに言われたことを簡単に告げると、面白いことに、逸らされていた目線がバッチリあった。どことなく焦っているふうな様子が面白くて、俺は玄関のドアをガチャンッと閉めて、少々からかってみることにした。

すると、青くなって、どこかに逃げようとするが逃げ場所が無いしどうしよう。と言う様子の食満さんが、半泣きで帰ってくれと叫んだ。その様子がさらに面白く、しかも、俺がそんなの気にするはもない。なんせ依頼主は善法寺さん。文句があるなら善法寺さんにどうぞ。とか思っていたら、やっぱり責任は善法寺さんに移ったらしい。伊作のバカヤローーー!!!と叫ぶ食満さんを横目で見ながら、善法寺さんに軽く合掌。これで口聞いて貰えなくなったりしたら、マジですいません。

さてさて、まずは手始めに掃除でも…と思っていたら、辺りは俺の想像以上の凄さだった。

「わぉ」

キッチンにはカップ麺の容器が山積み。唯一の救いはキチンと容器が洗ってあることだが、そんなことするならさっさと片付けた方が早いんじゃないかと思う。それから、床に散らばった菓子くずに、服!!後仕事関連のせいか、絵本の塗装に使う絵の具が辺りに飛び散ってるし、この辺、多分ろくに掃除機掛けて無いんだろなぁと思いつつ、洗面台を見るとあら不思議、このスペースだけはまるで誰かが手を加えた見たいに綺麗だった。

「それに…」

何処と無く洗顔料が多い気がするのは気のせいか…?と、洗面台の異常な綺麗さにポカーンとしていると、食満さんが急に声を荒げた。

「あぁぁぁぁ!!!!」

え、何?

「ちょっ、そっそこ、はっ入らないで下さい!!」
「・・・何でですか?」
「そっそこは俺の憩いの場と言うか、唯一自分のことに専念できる場なんです!!」

…そこで、俺が思ったことは一つだ。…『アンタは女か』しかし、この食満さんの異常な焦りようから見るにここは彼にとって凄く大事な場所、と言うのは理解出来る。だからしょうがねぇが、ここには今後あまり近づかないようにしよう。

「すいません。今後は気をつけますね、でも、洗面台を今後掃除するときは、俺がやらして貰うかも知れないんですが、良いですか?」

警戒心の強いノラ猫のイメージな食満さんの項目にまた一つ追加、洗面台に許可無く入るべからず。と彼にとっては憩いの場らしい。食満さんに、なるべく優しい声で聞くと、彼は恐る恐ると言った感じで俺を見たが、ゆっくと頷いてくれた。

「それじゃぁまずは、軽く掃除からはじめますね、掃除機の音が少しうるさいかも知れないですけど、食満さんは基本好きにしてて良いですよ」


そう言うと、食満さんは、また、ゆっくと頷くと、仕事部屋の奥へと引っ込んでしまった。

「あー、なんだかなぁ、やっぱり、懐かないノラ猫の世話してる気分だなぁ」

まぁでも、話が通じて、キチンと理解してくれるだけ動物よりはマシ…か?
やれやれ、今回の主人は中々に骨が折れるタイプらしいぞ。

それでも何故か頬が緩んだ俺は、どうやら、今回の仕事は楽しめそうだと思い始めているらしい。
後、食満さんに対して願望が出来たので、それも付き合っていくうちにいつかは見れたら良いなと思う。

「笑って、欲しいなぁ」

ノラ猫主人

はてさて、俺が彼の笑顔を見れるのはいつの日か、その日を思い浮かべて、俺は掃除機のスイッチを押した。


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