絵本作家とハウスキーパー


俺の名前は食満留三郎、職業は絵本作家。高校卒業のときに、趣味で作っていた子供向け絵本が、見事に金賞になり、現在の仕事に就くことになった。

仕事は楽しいし、毎日、絵本を作るのも全然苦じゃない。
…んだが、ただ、恥ずかしながら、俺には炊事能力がゼロで、部屋は凄まじいほどに汚れ、キッチンはカップラーメンの山…と言う。まっ、まぁ男の一人暮らしなんてそんなもんだよなーと楽天的に考えていた頃、ついに、俺付きの担当からお叱りを受けた。

『留三郎、君、あれほど掃除しろって言ったのにまた掃除してないみたいだね…』
『や、だって締め切り迫ってるし…』
『それとこれとは関係ありません!!』

俺付きの担当、善法寺伊作。同い年と言うこともあり…『俺にしては』奇跡的にすぐに仲良くなり、現在友人のような関係にいるが、どこか実家の母さんを思わせるオカンっぷりを持つ、後、不運だ。近年まれに見る不運。仕事モードのときは全然そんな風に見えないし、不思議なことに不運は発揮しないが…。
そんな友人兼担当に叱られた俺は、伊作をそろーっと見つめた。

『だって、俺家事出来ないんだもん』
『可愛く言うなし、気持ち悪いな』
『ひでぇぇ!!』
『まぁ、分かるよ?留が、炊事能力ゼロで、生活力皆無だってことぐらい』

そこで、伊作はニコッと笑ってみせると、俺の前にとあるチラシを見せた。

『そんな留に、サプラ〜イズ』
『…?』
『実はね、腕利きのハウスキーパーの会社があってね、あ、ハウスキーパーって普通女の人のこと言うんだけど、この会社は男の雇用もあるらしくて、だから、男の人を雇ってみました〜』
『……は?』
『だ〜か〜ら!!炊事能力ゼロの留三郎の為に、この僕自らが、ハウスキーパーを雇ってあげました!!』
『…え、え?』

何を言われているのか分からなくて、俺は暫く固まった。ハウスキーパー?つまり、家政婦さんってことだよな、いや、男だって言ってたから夫の方の家政夫?まぁそんなことどうでも良い、困る。非常に困るんだ。
だって、何故なら。

『これを気にさ、直して行った方が良いと思うよ』

俺は、俺は、

『その、人嫌い』

そう、俗に、俺は人嫌いなのだ。

『伊作ーーーー!!!やめてくれ、本当に勘弁してくれ、ただでさえ面倒くさい俺の為に、出版社の人が担当替えをすること無く。しっかりコミュニケーションが奇跡的に取れたお前にしてくれていると言う状況下の中、俺の部屋に見ず知らずの人物を入れて、恐怖に陥れるつもりか!!仕事しねぇぞ俺は!!』

人嫌いと言っても、本当に親しい間柄や慣れた人物なら大丈夫なのだが、全然知らない相手や、数回会う程度の人間は恐怖対象だ。恐い。この伊作とも始めてあったときは一悶着あったのだが、伊作の人柄のせいか、俺にしては直ぐに慣れることが出来たのだが…。

『まぁまぁ、だって君、半引きこもりじゃない?握手会を開きたいって話もあるのに、渋ってるしさぁ、小さい子のお母さんに人気なんだよ?作者紹介の写真。若くて、カッコイイってさー、握手会がどれだけ熱望されてると思ってんの』
『うっ、だっ、だって、何回もやって、『先生の握手会前にも来たんですー。今回の作品は、あんまり…』とか言われたらどーすんだ!!』
『握手会でそんな失礼なこと言う人いないからね!?』
『嫌だーー!!』
『そんなんだから今だファンレター読めないんだよ!!』
『うぅぅぅ』

そうなのだ。俺のこの人嫌いのせいで、俺は今だにファンの方々が書いてくれるファンレターを読めていない。伊作伝いに良い所だけを切って伝わる場合もあるが、批判や中傷が恐ろしく、ファンレターに手を付けられないのだ。ちなみに絵本背表紙の写真は、散々渋った俺を伊作がなんとかシャッターチャンスを狙って、撮った写真だ。俺は今だに認めていない。しかも、俺がカッコイイ?んな訳ねぇし、そもそも俺が人嫌いになんてなったのは、この容姿に問題があってだなぁ…。高校時代終盤に…俺の全てが変わってしまった。もう二度とあんな辛い思いなんかしたくない…。


高校生の俺は、顔中にきびだらけだった。青年の成長過程でそんなの良くあることだ。って思う人もいるかも知れない。だけどそんな良くあることが、俺のトラウマになったのだ。

-お前みたいなにきびの酷い男なんかと付き合えるかっての!!-

本当に、心の底から好きだった女の子から、三学期の初めにあんなこと言われて、それから俺のあだ名は卒業式までずーっと『にきび』だった。どちらかと言うと明るいほうだった俺は、その事件からマジで性格が暗くなり、それ以来、人が大嫌いになった。



だから今だに俺にこんな容姿を世間に晒されているのかと思うと、マジで胃が痛くなる。
あれだけ言われ続けたにきびは見るのも嫌で、炊事や掃除にてんで疎い俺でも、洗顔にかけてだけは手を抜くことはなくなった。おかげで肌だけは綺麗だ。正直、この衛生状態も良くないのは理解しているが、どうもその点では俺は果てし無く不器用らしく、自分では解決出来ない。だからこそ伊作もハウスキーパーを雇おうなんて言ってくれたんだろうし、あえて女にしなかったのだろう。
俺が伊作を友人として受け入れられたのも、こう言う優しさが、キチンと伝わる相手だからなのかも知れない…。

が、それでも無理だ。俺は人が恐い。俺の生活は人から見たらそりゃちょっとズレてるかも知れない。でも、キチンと仕事を貰うことが出来て、自分の作ったものがキチンと売れて、ちゃんと人気になってくれて…それだけで満足なんだ。そんな生活で他人なんて入れたら、俺はやっぱり本当に何も出来なくなりそうだ。


『でもさ、留、僕は心配なんだよ…君のトラウマは十分分かってるし…でも、これから沢山、色んな物語を子供たちに見てもらうにあたって、君だって一歩前進していかなきゃいけないと思うんだ。』
『……』
『ね、留、誰だって人の子だよ?君だって、君に酷いこと言ったその女の子だって、始めは小さい子供だ。その成長の過程で、いろんなことことがあると思うけど、君の物語に憧れを抱いて、将来の夢を決める子も出てくるかも知れない。絵本の主人公のような人物になろうと思うかも知れない。君の仕事は、子供たちに夢を与えて、未来を助ける仕事でもあるんだ』
『……』
『その為には、君が胸を張って、君の作る本を、大好きだって言ってくれる人達と向き合っていかなくちゃいけない。批評も沢山出るだろうけど、まずはさ、君が強くならなきゃいけないんだ』
『伊作…』

俺は幸せだ。こんな引きこもりで、どうしようもなく人が恐いのに、優しくて、自分を思ってくれる友人がいる。きっと、絶対、高校時代なんかよりもずっと幸せなんだ。
そう思ったら、何だか泣けてきて、俺は伊作の目の前で静かに泣いた。


『分かった。うん、俺、変わる努力をしてみるよ、キチンと、読者と向き合えるように。』
『うん、それでこそ僕の見込んだ先生だ』
『伊作…』
『うん?』
『ありがとな』
『…うん』


伊作はただ、泣いている俺の頭を、ゆっくりと撫でてくれた。






さて、そう覚悟を決めたは良いが、前々から染み付いたものは中々抜けることが出来ないものだ。


「…っ!!」
「こんにちは、っと、善法寺さんに依頼されてここのハウスキーパーに雇われた。潮江文次郎です」

目の前には目の下の隈が目立つ、およそ、ハウスキーパーには似つかわしく無い様子の男が一人。服装は緑のツナギを着ていて、中は黒のTシャツ、腕は袖でまくりをし、手には軍手、頭にはタオルらしきものを巻き、ボストンバックを背負っていた。目付きが悪いのか、どことなく睨まれているふうに感じて、俺はガチッと石のように固まってしまう。
や、分かってる。人は容姿だけで決め付けちゃいけない!!それに、この人は仕事。仕事で来ているのだ。依頼したのは伊作だけど、結果的な雇い主は俺であるわけだし失礼な態度はしれはいけない。いけない!!

「アナタはここの家主の食満さんで良いんですか?」
「あ…う、はっはい」
「仕事の事は聞いてます。邪魔はしないので、存分に仕事しても大丈夫ですよ」
「っ…」

アンタがいると仕事が出来ない!!!…とはやっぱり言えない。

「あ、ちなみに」

すると、俺の様子を、男…潮江さんは不思議そうに見ながら、ニコッと笑った。

「帰ってくれと言っても帰りませんので」
「…は…?」

何…?

「善法寺さんから何があっても、何を言われても、自分のやることが終わるまで帰るなって言われました」
「は?」
「って訳で帰りません」

え、待て待て、どう言うことだ伊作。俺の知らないうちに、何契約してんの!?

「これは俺の信念ですが」

潮江さんは、そう言うと、背負っていたボストンバックをドサッと肩から降ろすと、中から、分厚い封筒を取り出し、俺にその中身を見せてくれた。その中身は…。

「…えっ…」

軽く数百万は超えるだろう大金が中には入っていた。えっ、何、どう言うことだ。

「それは、善法寺さんが俺に下さった前払い金です」
「前払い金!!?」
「つまり…」

そう言うと、潮江さんは、まるで俺を閉じ込めるようにバタンッと玄関の扉を閉めた。あぁ、嫌な笑顔だし、何でそんな獲物を追い詰めた肉食動物のような顔をするんだ。

「貰った以上は、しっかりやらせて貰うんで」
「……」

閉じられた扉と、嫌に良い笑顔を浮かべる潮江さんを交互に見ながら、俺は半泣きになって叫びたくなった。いや、今叫ばずしていつ叫べと言うのだ。だから、思いっきり息を吸い込んで、遠くまで届くように、そして、

「帰ってくれ!!!!!」

叫んだ。

「はいはい、さっきも言いましたが帰れませんからー」

しかしそんな俺など何処吹く風の潮江さんは、俺の叫びを完璧スルーして、部屋の中に入っていく。
俺はワナワナと拳を握り、先程までは感謝していた友人を心の底から恨んだ。

「伊作の…伊作のバカヤローーーーーーーー!!!!!」

おれの悲痛な叫びは、結局誰にも聞き届けられること無く、この日は初対面で慣れないハウスキーパーに緊張しっぱなしで疲れた。

絵本作家と
ハウスキーパー

しかし、このハウスキーパーが、後々俺の人生を大きく変えることになるとは、そのときの俺は思いもしなかったのである。


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