過去を思い、それでも君が好きだと気付く

『もんじろー、おいでー』
『?』

幼い頃の最初の記憶は、お袋が幼い俺に笑いかけ、手招きをしている光景だ。長い黒髪の、綺麗な人だったと思う。
お袋は小さい俺が近寄ったのを確認すると、途端に笑顔になって、俺を抱きしめてくる。

『わっ!!』
『もー!!ウチの子は良い子だなぁー』

お袋は親馬鹿全開で俺の頭をこれでもかと言うぐらい撫でまわすと、

『見てみてー』

と、言いながら、俺に、ヤケに細かい細工が施された、一見すると何なのか良くわからないものを見せてきた。
ただ、俺に分かったのは、白い綺麗な馬がいるということだけだった。

『もんだいでーす、これは何でしょうかー』
『おうまさん?』
『っ、かーわーいーいー!!』
『かーさん!!いたいー』
『わっ、ごめん、ごめん』

お袋はさらに俺を抱きしめて頬ずりするが、それが俺を痛がると、慌てて俺を抱きしめる腕を緩めた。

『でもザンネーン、ちがうのだよ、もんじろーくん』
『う?』
『これはね、こう使うのよ』

お袋はそう言うと、財布から、百円玉を取り出して、その細かい細工が施された白い馬の背に少しだけ空いた長方形の穴にその百円玉をチャリンッと中に入れた。

途端。

音が…鳴った。

『ふわぁ…!!』

綺麗なオルゴールの旋律とともに、白い馬がクルリと土台の円を周りだす。
とくに変わった様子もないのに、小さな俺には、その光景は、日当たりの良い部屋の一室の光の淡い色でキラキラと輝いて見えた。

『ね、すごいでしょ!!』
『うん!!かーさん、すごい!!』
『えへへー』

素直に凄い凄いと、お袋を褒める俺をお袋は嬉しそうに見つめて、その馬を小さく撫でた。

『これね、貯金箱なの』
『ちょ…き…?』
『文次郎にはまだ、言いずらいかなぁー?』
『??』
『お金を貯めるんだよ?』

酷く愛おしそうにその馬を撫でながら、お袋は顔を真っ赤にさせていたが、その顔は、心底嬉しそうに笑っていた。

『これね、おとーさんがかーさんにプレゼントしてくれたの』
『ぷれぜんと…?』
『うん、プロポーズのときにね、この馬がいつまでも愛を守ってくれるように、絶えず、相手を思いやり、相手を愛し、支えあい信じ会えるように、願いを込めて君に送る。だから、俺とずっと一緒にいてくださいって』

家の両親は相当愛し合っていた。お袋はお金持ちの令嬢で、親父はそこそこ一般家庭の普通の青年だったらしい。けれど二人は出会って、恋をした。しかし、そんな二人の関係は互いの両親に大反対されたが、それでもお互いの両親を説得し、二人はついに婚約に至った。そんなふうに苦労しながらも、ずっと愛しあってきた両親だったからか、惚気も凄まじかったように思う。今回もそんなお袋の惚気の一つだったのだか、親父もなんて臭いセリフでプロポーズしたものだと、俺は今思い返しても、少し恥ずかしい。

『この流れてる曲ね、BELIEVE(ビリーブ)っていうんだよ』
『びりーぶ』
『ふふっ、発音がひらがなっぽいなぁ』
『?』

お袋はまだ舌ったらずな俺の発音にクスクス笑うと、その貯金箱から流れるオルゴールの曲とともに、優しい音程で、歌い出す。


 たとえば君が傷ついて くじけそうになった時は
 かならずぼくがそばにいて ささえてあげるよその肩を
 世界中の希望をのせて この地球はまわってる
 いま未来の扉を開けるとき 悲しみや苦しみが いつの日か喜びに変わるだろう
 I believe in future 信じてる


その音と、背中をトンッ、トンッと一定の感覚で優しく叩かれるその感触に眠くなった俺は、
そこで眠りに落ちそうになる。

『文次郎がこの曲を習うのは、小学生の頃かなぁ…?』
『んー…?』
『ねぇ文次郎、文次郎に永遠に一緒にいたいと思えるほど好きな人が出来たら、この貯金箱、文次郎のお嫁さんにあげてほしいなぁ…それから…』
『ん…』
『あら、寝ちゃうの?…』
『……すー…』
『…おやすみ』

その優しい声で、ついに俺は眠りに落ちた。


これはまだ俺が小さいときの、幸せで優しい家族の話。




その幸せが崩れたのは、それから少し過ぎた頃だったか、幼いけれど、あの時よりも少しだけ成長した俺は、スーツ姿の親父に抱っこされていた。

多分、その日は…お袋の通夜だったように思う。

お袋は見た目は元気だったが、実は幼い頃から体がとても弱く、俺を産むことすら、命の危険が伴っていた。けれどお袋はそれでも俺を産んで、生きた。誰もが生きられていたことが奇跡だったのだ。と言う通夜の中で、親父俺を守るように抱きしめて離さなかった。

『文次郎、大丈夫だからな』
『?』

この時期、親父には辛いことばかりが身に降りかかった。お袋が亡くなるその数年ほど前に、自分の両親が病死していた。そしてその次の年に、お袋の方の両親が交通事故で亡くなっていたのだ。それに付け加え、親父のたった唯一、自分の人生を捧げ、信じあい愛してきた人との別れが、親父には待っていた。親父の肉親は、俺ただ一人になってしまったのだ。
もともと一人っ子同士だった両親には、兄弟や家族もいない。けれど葬式には、祖父や祖母たちの親戚が集まり、とくにお袋のほうの親戚たちは、やはりお袋の葬式、というのと、俺を産んだことでお袋が死ぬのが早まったという認識が強かったのか『あの子を産んだから死んじゃったのよ』というような話をヒソヒソと話し合っていた。

親父はそういったヒソヒソと話し合っている会話を耳にすると、俺をさらに抱きしめて、俺には見えなかったけれど、たぶん、噂話をしている親戚たちを睨み付けていた。お袋が死んだ日、親父は泣かなかった。お袋と約束をしたらしいのだ。お袋の葬式では、決して泣かないと

『最後に母さんに、告白してくるわ』

そう言って、照れくさそうに俺の頭を撫でて、抱っこから解放して俺を隣に立たせた親父は、棺に入れられて、目を閉じるお袋に、最後の手向けの花を贈ることになっていた。親父は、お袋の髪に花を差し出して、

『綺麗だ』

と言って、お袋の目を瞑ったまま開かない瞼をそっと撫でてて、頬に掌をあてた。そのあまりにも愛おしいものを見るような目と言葉に、通夜に参加していた親戚たちが思わず、顔を赤らめて目を逸らす。
親父は本当に…お袋相手の愛情表現がストレートすぎるのだ。
俺はそのときどこにいたかと言えば、その日はじめて、親父の隣ではあるものの自由の身になっていた。だから最後の言葉は、かなり鮮明に覚えている。

『お前はいつも綺麗で美しい、俺の恋人であり妻だ。出会ってから今日まで、俺は神に、感謝と恨みばかり浮かんでくる。だって、お前に出会わせてくれたのも神様なら、お前をこの世から連れ去ったのも神様なんだろ?
まぁ、お前があまりにも可愛いいから、神も天国に我慢できずに連れていきたくなったんじゃないかなぁとは思う。思うけど、酷いよなぁ?お前は俺らの愛おしい息子の成長を、誰よりも楽しみにしていたのに、いつもそんな話をしたな?

文次郎が小学生になったら、新しい友達を連れてきて、喧嘩もして、落ち込んだり、笑ったりして、習い事は何をやりたいのかな?野球?サッカー?男の子だから、カッコいいのが良いかもね、とか、中学生になったらやっぱり、思春期だから、反抗期になっちゃったらどうしよう?とか、

でも俺らの息子は良い子だから、大丈夫とか、彼女が出来ちゃったら少しだけ焼けちゃうなぁとか、でもそのときはお前は俺の奥さんなんだから、嫉妬なんかしなくて良いだろ、とか言って、むしろ俺が文次郎に嫉妬したり、高校生になったら、声代わりがはじまるかも?身長が伸びて、俺らなんか一気に抜かされちゃうとか、大学で進路に迷ったら、一人暮らしになったら、就職して、結婚して、孫が出来て、見たかった…な、

海も、山登りも行きたかったな…お前は体が弱いから…行くのも辛いとこだったけど、いつも行きたいって、言ってたもんな……文次郎を、産むのが無理だって分かってたのに、産んでくれたのが嬉しかった…生きていてくれて…嬉しかった。

ちょっと下世話な話になるけど、俺はもっとお前を抱きたかった…けど、無理だと思ってた体の弱いお前を抱けたのが嬉しかった。満足に抱かせてあげられないと、お前はかなり申し訳なさそうにしていたけれど、それはそれ、これはこれだ。お前は俺を愛してくれていて、何回かは抱けたのだから、俺は嬉しい。
その代わりに、お前は何回でもキスをしてくれて、何回も抱きしめてくれたから、だから、ありがとう。

お前の…声が聞こえない世界にいるのは…辛い。おかえりも、ただいまも、キスも、ハグもない世界はあんまりにも…つれぇ…つれぇけど、俺は暫くここにいる。俺らの息子は今日も順調に成長中だ。俺はお前のいないぶん、文次郎を愛さなきゃいけないから。来年も再来年もいつだって会いに来る。毎日愛してると言うから。
天国で、神様とかがいたとしてソイツが美形でも、絶対にソイツには振り返るなよ?いや、お前を疑う訳じゃねぇけどさ、俺も一人の男としては不安というか…あーうん、だから、いつか絶対に迎えに行くから、そうしたら、もう一度、お前から俺にキスしてくれよ…だから…』


長い…とても長い別れの言葉が終わって、親父はお袋の顔に自分の顔を寄せた。それは一瞬だったけれど、別れと感謝、そうしてまた、再会を願うための

『さよなら、またいつか、俺はお前を一生愛し、支え、信じることをもう一度ここに誓うよ』

キスだった。

そうしてお袋の頬から自分の顔をあげた親父は、泣きそうな顔をしていたくせに、お袋との約束をやぶることはなく、決して涙は流さなかった。



けど、俺分かっていた。お袋がいない人生が親父にとってどれだけ辛いことなのか、俺を守るために必死になってくれていた親父にも限界が来ていたことは知らなかった。親父はとことんお人好しで、バカで、だからそうなった理由だってキチンとあるはずで、けれど、彼はあの冬以来、俺の前に姿を現さない。

中学三年生のとき、親父が疲れた顔をして、家に帰ってくることが多くなった。
仕事場で何をしているのか、親父はほとんど俺に話してくれない。だから俺は親父の変化を知りつつも、何もしてやることが出来なかった。
そのとき中学生だった俺は親父に出来たことは、出来るだけ美味い食事を作って、キチンと家事をやって、親父の負担を出来るだけ軽減させてやることぐらいだった。
勉強も必死でやって、学費免除に枠に入って、高校生になったらバイトをして、自分の生活費ぐらいは自分で…そんなことを思っていたりもした。
あの日、お袋と一緒にいたあの家は引っ越してしまったが、古びたアパートの二階の奥部屋で、俺と親父は暮らしていた。

その日は…雪が降っていた。俺はその日高校の受験日で、帰りがいつもより遅くなってしまった。

『やべぇ、飯…』

高校に入るのは正直迷っていたのだが、親父が「高校だけには行ってくれ、文次郎」と悲しそうな顔をして、必死に言うものだから、俺は受験を受けることにした。そうして帰りが遅くなった俺は、夕飯の支度が遅れてしまい、若干焦っていた。時刻は深夜23時、親父も帰って来ているだろう。と、そう思って。
受験は良く出来たと思う。何度もテスト用紙を見直しして、面接も良く出来た。あとは結果を待つだけだったが、親父にも良い報告が出来るだろう。と、俺は焦りと同時に、少しだけ陽気に、アパートの階段を駆け上がった。
そのまま、部屋まで走って行って、鍵を開けて、

『ただいまー!!!』

と声を出した瞬間、我が家は

『は…?』

モヌケの殻、だった。冷蔵庫や電子レンジ、そういったものが全てなくて、あるのは、部屋の真ん中にある。
数個のダンボールだけ、全部「文次郎」と書かれていて、その通り、中身は全て俺の私物だった。
今までのあの日々はなんだったのだ、と思うほどに、そこには何もなかった。

『…え…?』

瞬間、自分の中で、何かがサーッと崩れ落ちていくような感覚がした。先程までの陽気な気分などもうどこにもない。
あるのも不安と、恐怖と、どうしようもない焦りだけだ。何が起こっている。
朝起きたときはこの部屋はいつも通りだった。珍しく親父が遅番だと言うから、朝に親父がいて、朝食を二人で食べて「いつも悪いな」なんて申し訳なさそうに言う親父に「気にすんなよ、それより仕事頑張って来いよ」って言って「…そうだな、受験頑張れよ」「あぁ!!」なんて会話をしたばかりなのに。
どうしてこの場所には何もない、俺のダンボールだけがまとめて置いてある。何故親父の痕跡が何もない?

『親父…』

俺は暫く唖然としていたが、一つ一つを考えて行って、この状況を理解した。
まさか、とは思いつつ、いつも不安に思っていた。きっと俺は分かっていた。
その不安が形を持って、今この瞬間に、実現してしまったのだ。

『そっか…』

俺は…

『…』

捨てられたのか。


『ひでぇよ…馬鹿野郎』

呟いた言葉に、息が苦しくなる。どうして何も言ってくれなかったんだ。
そんなに俺は頼りないのか、こうやって黙って俺を一人にするのなら、俺は高校なんて行かなかった!!もしかして、俺が邪魔だった?俺は必要ない子供だったのか、俺は親父とお袋の、大事な子供じゃなかったの?
何も出来ない自分が不甲斐ない。悔しい。辛い。

そうして、俺は…置いていかれたのだと、
改めて理解した。

泣くに泣けなくて、息苦しい寒いその部屋で、俺は、取り立て屋の旦那が来るまで、
ずっとその場所に座り込んでいた。
真冬だというのに暖房がついていないそこは寒くて、けれど俺の帰る場所はここしかないのだ。
自分の未来がこれからどうなっていくのか、不安で不安で、
けれど今は何も考えたくなくて、心にぽっかりと穴が開いたそこで、

もしかしたら、そんな期待を捨てきれない自分が嫌になった。けれどそのとき


『?…』

部屋の、隅の目立たない方に、見覚えのある何かが見えた気がした。それを確認するために部屋の隅に近寄ってみる。
何だろう、けれど、凄く大事な、大事なものだと思うのだ。

『これは…』

部屋の隅にあったのは
真っ白い馬が並ぶ、幼いあの日に聞いた親父からお袋への、一生を誓った愛の証
何で持っていかなかったんだ…大事なもの、のはずなのに

『貯金箱……』

お金を入れると回り出して音が鳴る細工がしてあるその白い馬の貯金箱のメロディには意味が込められている。
お袋にも教わった。言葉の意味も中学生の今なら知っている。

『ビリーブ…』

『信じる』という意味が込められた貯金箱

『何…だよ、これ…っ』

それを手にした瞬間、俺の目からポタリと何か雫が落ちた。泣きたくてなけなかったその部屋で、俺はその時、やっと泣くことが出来たのだ。
信じてくれ、と、親父にそう言われた気がして、許せないのに、俺を捨てたクセに、今の俺は貯金箱に縋らずにはいられなかった。それが、たった一つの、俺の希望だった。

『…おや…じっ…』

その時俺は、誓ったのだ。

待っていよう。
この先沢山辛いことは増える、親父が夜逃げをしたほどなのだから、きっと目も当てられないような酷い現実が待っている。

『っ…』

恐怖と部屋の寒さで足元が震える。恨むこともあるだろう、殺したくなるときもあるかも知れない。

けれどそれでも、
俺を捨てたあの人だけれど、大好きで、大切で、大事な大事な人で、過ごした日々を覆すことなど今更出来ない。

俺に、最後に残していたメッセージがそうならば、信じてくれと残すなら。

『待っててやるよ、馬鹿親父』

冷たい部屋で誓ったそれは、白い息となって、部屋に消えた。俺は、ただ静かに涙を流した。


その後俺は、部屋にやって来た取り立て屋の旦那に出会い、借金が全て俺名義になっていることを知る。
何でもすると言った俺に、筋の通った考えた方のその人は、俺に、三年間の高校生活を与えてくれた。
受験した高校には通わせてもらうことになり、しかも、その後の職場も与えて貰った。
世間一般的に見ても、俺はとても幸運なのだろう。

だから、あの日、『彼』に出会ったとき、原因は俺とは全く別物だろうけれど、
きっとコレは、俺が本来なったであろう姿なんだと感じた。
臆病で人嫌いの黒猫、食満留三郎さん。
人に対する恐怖、俺は旦那や同級生に沢山の優しさをもらったからこそ、今を幸福に生きている。人はそれを壮絶な人生だと言うのかも知れない。けれど、どこにいたって、人の人生は壮絶で、傷つき、泣いて、喜び、笑うことが出来る。
彼を一目見たときから、この人は、優しさをもらえなかった俺だ、と思った。
きっと、旦那以外の取り立て屋に出会っていたら、俺も人を信じることなど出来なくなっていただろう。

だから俺は、この人に、目一杯優しさをあげたいと思った。
大丈夫だ、と、この世界は、あなたが思ってるほど、悪いものではないのだから
知って欲しいと思った。
傷つく『俺の残像』に、彼『自身』に。

その思いは、気づけば、『愛』になっていた。
嬉しかった、人嫌いの彼が、心を許す相手に近づけているのが、最初はそれだけだった。
けど俺は恋に酷く臆病だった。

失うことの辛さ、失った後の怖さ、両親を見ていて知っているから、気づかないふりをしていた。ずっと、ずーっと、気付かないフリをして、いようと思っていた…。
なのに気付いてしまった。

「男」を、好きになってしまった。
「お客さん」を好きになってしまった。

そう言った諸々の葛藤と違和感はもう何回もしている。
弟みたいとか、猫みたいとか、馬鹿な例えだ。けど、無意識のうちに、恋を避けていたのは分かっている。
それでもやっぱりこれが恋と気付いたのなら、俺はそれを全て受け止めて、自覚してしまった。と言うことだろう。

食満さんが笑う、食満さんが無く、あの人のいろんな顔が見てみたい。

けど彼は男で俺も男で、きっと絶対に報われないこの思いは、伝えたところでせっかく縮まった俺と彼の距離を遠ざける。辛い恋だ。知っていた。

でも…なぁ…好きになってしまったら、どうすれば良いんだろう。
あの人が女の人だったら、俺は思いを口に出来ただろうか?…いや、それではさらに近づけなくなる。
きっと伊作さんあたりが恋人になっているだろう。
そう考えると、頭が痛んで、吐き気がするほど苦しい。


食満さん、好きです。
どうしようもないほどに、苦しいほどに、アナタが、こんなにも、こんなにも




「…潮江さんっ」

チカチカと光る目の前の景色で、その声だけが確かに聞こえた。
体がヤケに暑くて、喉も何故か痛い。
そうして、…目の前でボロボロと涙を流す食満さんの顔が映る。
これは一体何の幻だ?と思いつつ、こんな幻の中でも、この人は泣くのだろうか。

笑ってくれよ、笑って欲しいんだ俺は…。痛む喉を必死に動かして、名前を呼ぶ。

「食満さ…」

そっと、目の前の顔に手を伸ばす。
ビクッと体が強ばったが、それでも離れない姿に安心して、俺はその涙を自分の掌で拭った。

「泣かないで…」

すると彼は、俺の伸ばした手に頬を擦り寄せて、涙を零しながら、それでも微笑んだ。
そんな仕草に俺の胸が締め付けられる。

過去を思い、
それでも君が
好きだと気付く


あぁっ、くそっ、可愛いなぁ、何でこの人はこんなに可愛いのか。
いじらしくて、それでいて、俺の心を掴んで離さない。

この人が

愛おしい
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