隠していたその名は
突然だが、休みを貰った。
予め言っておくが、決して俺の意思ではない。
今は夏の中間、とくに夏休みというものは俺には無く。と言うか、俺の家庭問題でそんなこと出来る訳もないのだが、たまに社長が俺を休ませるのだ。

『潮江くん、働きすぎ』
『へ?』

顔こそ笑顔の社長だったが、纏うオーラは決して心優しいものではなかった。口調もイヤに優しいので、それが余計に怖い。社長は仕事場の机の椅子に座ったまま、腕を組む。それを見た俺は、あぁ、これはいつものパターンか?と身構えた。

『あぁ、そうだな。いつも休み返上させてばかりだから、ちゃんと休みとんな』

それを聞いた俺は、あぁやっぱり、と思いながらも、社長に対して首を振った。
金を稼ぐことが、借金返済を早く終わらせることを目標にしている俺は、いつのまにか、毎時働いていないと落ち着かない性分になってしまっていた。所詮ワーカーホリック?とでも言うんだろうか。とにかく落ち着かないので、仕事を取り上げられるのは勘弁して欲しい…。まぁでもそれ以上に、俺は、自分の仕事が単純に好きなだけだ。

『社長は俺から生きがいを奪う気ですか?』
『お前ね…』

俺の言葉を聞いた社長が、心底呆れた。と言うような目で俺を見てから、
一つ溜め息をつくと、俺の前に一枚の紙を差し出す。

『これ、半年間のシフト表』
『……は?』

その半年間のシフト表には、俺の名前が埋め尽くされていた。
社長は俺がそれを見たのを確認すると、再びニッコリと嫌な笑い方をして

『な?』
『いや、な?って…』
『潮江…』

それでも抵抗を続ける俺に、ついに社長もキレたらしい。組んでいた腕をバンッと机に叩きつけて、こちらをそりゃもう今からでも殺してやろうか?と言わんばかりに睨み付け。

『四の五の言わずにさっさと休めって言ってんだよ!!あぁぁん?』
『すいませんっしたぁぁぁぁぁ!!!』

そのあまりの形相にビビった俺は、ついにその場で土下座して謝って折れた。普段は穏やかな印象の社長であるが、金貸し屋の旦那と知り合いなのである。知り合いと言うのはつまり、あまり世の中てきには宜しくない知り合いである、と言う意味で、それ以上を俺の口から言うのはあれだが、つまり社長は昔はそういう世界で生きてきた人間。という訳だ。一般市民の俺では到底叶わない。
そんなに社長に脅さ…いや、促されて、一週間の休みが貰えることになった。

「ってもなぁ…」

休みをもらったところで、この仕事大好き人間に何をやれ、というのか、俺の脳内の中は、最近は仕事の事と食満さんで占められて、それ以外は何もやる気でねぇんだよ。
普段も人には笑顔になって貰いたいな、とは思っている俺だが、食満さんだけは、そういった色んな人に向けた幸せを願う感情とは、何だか違う。俺の大多数のお世話をさせて貰ってる人の中でも、彼だけは…違う。彼だは、どうしても、俺が傍にいて俺の傍で笑っていて欲しいと思っている。これを友人になりたいからだ。と、つい先日までは考えて、友人になろうと奮闘したりもしていたのだが…。どうにも、

「何か」

違和感?がある。どうしてなのかはいまだに良くわからないままではあるが、
そんな食満さんが、

『あ、あとな、潮江くん、お前の担当の絵本作家さん、つい数か月前から、雇い主が担当編集の人から、作家さん本人に変わったからー』
『……へ?』
『は?』
『はぁぁぁぁ!?』

俺の知らぬ間に何故か雇い主様にチェンジしていました…。って待て待て待て!!!
まさか、社長のなんてことない一言にまさかこんなに度肝を抜かれるとは思っていなかっただけに、俺は思わず目を見開いて驚いた。俺の知らぬ間に何がどうしてそうなったんだ。っていうか、そういう大事なことはもっと早く言ってくださいよ、社長!!


と、一週間休みの前に、新たな問題を叩きつけられた俺は、ますます食満さんの方が気になって休みを満喫出来る気がまったくしなくなっていた。
しかも、社長からその話をされる前に、休みを取ることになった事を食満さんに伝えると

『え…そ、そうなんで…すか…さ、寂しくなりますね…』

どこか慌てたような、本気で寂しそうで泣きそうな顔が、どうしようも無く心配である。



「…あの人、ちゃんと飯食べてるのか?食器洗って手とか切らねぇよな?足すべらせ…」

途端、俺の中に、あのマンションの最上階から落ちそうになった食満さんが浮かび、

「……」

俺は頭を抱えたくなった。というか実際抱えた。

「不安だ…」

どうしよう、不安だ。ものすごく、ものすごーく、不安だ。
しかし、俺には仕事以外で彼に近づく術がなく、今からでも食満家に速攻向かいたい気分なのであるが、どうするべきだろうか…。

「さて…」

実は、休日日一日目…俺の足は何故か、いつもの見慣れた場所に向かっていて、俺は思わず目の前の大きなマンションを苦笑して見上げていた。

「…どーして来ちまったんだよ、俺…」

グダグダと考えていたら、食満家マンションの前まで何故か来ていました…。

「あれだよな…」

俺の中で、自分の小学校時代が頭に浮んだ、俺は友人の玄関先で、「○○く〜ん、あーそーぼ」と言うのだ。
ここはマンションであるし、俺は大人であるのだが…これって似たりよったりでは無いだろうか…。

「…?あれ」

何故か俺には「〜くん、遊ぼう!!」の言葉は凄く懐かしく感じられた。実は小学校は、親父の仕事の都合で、三年生のときに、違う学校に行ってしまったのだ…そのときの思い出は、今となってはひどく曖昧だが、自分を追いかける小さな背中…。名前ももう憶えていないが、確かに仲の良かったあの子は、元気だろうか、『○○!!あそぼーぜ!!』
フワフワの髪の毛の、良くイジメられてて俺が庇ってた。少し泣き虫の……あ…れ?何かどっかで見たことあるような…?

「ん?」

何かを思い出しかけて、

「あれ?潮江さん」

呼び止められて、俺はハッと顔を呼びかけられた方に向けた。

「あ、れ?善法寺さ…ん?」
「はい?」

俺を呼び止めたのは、仕事帰りなのか、封筒を持って、食満家のアパートから出てきた善法寺さんだった。

「あれ?あー……」
「えっ、なっ何ですか」
「いやー…何か俺と善法寺さんって、昔どっかであったことありましたっけ?」

そうやって聞く俺に、善法寺さんは笑って首を振る。

「いえ、ありませんよ?」
「あー、ですよねー、たぶん気のせいです、すいません」
「はぁ?」
「よくよく思い返すと、善法寺さんって、俺の小学校のときの友人に似てるなぁって」
「そうなんですか」

そうやって言う俺に、善法寺さんはさらに穏やかに笑った。何だか嬉しそうだ。

「…どんな子、でした?」
「…え?」
「私に似てるっていうその子」
「あ、いやー、実は小学校のときのことなので、名前もうろ覚えなんですが…そうですね…アイツは…泣き虫で」

うん、泣き虫だった。良く泣くし、俺の後ろをいつもついて来てた。でも…。
『ぼくは泣き虫だけど、大切なものは、絶対に守るよ!!それだけは絶対変わらない!!』

「泣き虫だったけど、芯が強くて、カッコいいヤツだったと思います」

そうだ。泣き虫だったけど、本当の優しさを持ったヤツだったと思う。俺も、そんなアイツの正義に、助けられたこともあったな…。

「俺の『ヒーロー』ってヤツです」

そういって俺が笑うと、善法寺さんはそんな俺を困ったように見たが、すぐにブッと笑い出した

「ぶ、ふっはは、どの世界にヒーローの名前忘れてる人がいるんですか、ははは」
「っ!!わっ笑わないでくださいよ!!わりと本気で言ったんですよ!?」


それから暫く笑い続ける善法寺さんに、大慌てで腕を振る俺がいた。
くそっ…何か正直に言いすぎたかも知れない。まさか笑われるとは…恥ずかしい…。
何でこんなに素直に言葉を口にしちまったんだろう…と考えたら、その原因の顔が脳内でハッキリ浮かんで来て、俺はさらに恥ずかしくなってきて、バッと自分の顔を片腕で覆った。

「っ」

あぁぁぁ、もう!!だって仕方ねぇだろ!!食満さんには素直な態度で接しないといけないだろ!?
だってあの人、人間嫌いなんだぜ!?嘘の言葉ばっかじゃあの人の胸には響かないだろ!!って言うかそもそも、俺は無意識のウチに、『正直さ』のスキルをあげていたらしい。
しかも食満さんは、俺の言葉には大体、頷いて笑ってくれていることが多いから、俺もそれが嬉しくてスルーしてた節はあるけど、そうか…こういうのは一般の人から見たら『クサいセリフ』っつーのか…。

……ヤバいな、本当に恥ずかしいぞコレは!!

「あ、何か照れてます?」
「え!?」

内心羞恥心で悶えていた俺に、善法寺さんが笑ってそう言う。俺の反応を見て、やっぱりとまた笑った。

「何となく?って言うか、潮江さん元からタラシ体質だと私は思ってたけど」
「は?」
「無自覚かぁ…留三郎から聞いた話じゃかなりタラシでしたけど、あー、そっか、潮江さん色恋にこなれてる感じには見えないしね、天然タラシか…変わってないなぁ…」
「え?」
「あっ、いやいや、コッチの話です。まぁ…留三郎の存在が、潮江さんのタラシ体質をより強力にした。っていうなら正解だと思いますよ?」
「あ、あの、何の話…?」

本当に意味が分からず首を傾げる俺をよそに、善法寺さんが何やらぶつぶつと喋り出した。


「ん?いやぁ…天然のタラシにあなたはタラシだって言ってもなぁ…」

そう言って何やら考え込んだ善法寺さんだったが、 急にポンッと手を打って、俺を見た。

「そうだ潮江さん」
「は…?」
「留三郎に会いに行ってくださいよ」
「…は…い!?」

急に話切り替えたぞこの人!?あれ?でも、目的の人物には会えるのか?

「いつまでも立話してる訳にはいきませんから」
「うっ」
「それに…潮江さんが会いに来たんでしょう?」
「っ」

何でこの人は俺の思考を丸読みしたような発言を一々してくるんだ!!驚いている俺を他所に、善法寺さんは、俺に手元にあった封筒を差し出した。

「善法寺からのおつかいだって言えば、出てくれます。相手は潮江さんだしたぶん大丈夫でしょう」
「大丈夫って…」
「内容は原稿の修正願いで、直す箇所はもう指定してあるので」
「いや、あの」

戸惑っている俺に、善法寺さんは俺に封筒を押し付ける。俺は思わずそれを受け取ってしまい。俺が受け取ったことを確認すると、善法寺さんは俺の肩をポンポンッと叩いて、よろしくお願いしますね、と、それはもうとても爽やかな笑顔で満足気に笑うので、俺は深いため息をついた。

「分かりましたよ…」
「…」

まぁどうせ、食満さんのことが心配で来たのだし、会う口実が出来たと思えば良かったじゃないか、と自分の中で結論付けた。こうして封筒を受け取ったものの、善法寺さんはまだ何か言いたそうにコチラを見てきた。まだ何か渡すものでもあるのか?と思っていたら、彼は口を開いた。

「潮江さん」
「はい?」
「前々から聞きたかったことがあったんですけど…」

彼の顔は先程まで爽やかに笑っていたのが嘘のように、真剣な顔をしていた。言うべきか言わざるべきか、迷っているような表情をしている。一瞬、嫌な予感がしたが、俺はそれを止めなかった。

「潮江さんは…」
「…っ」

あまりに真剣な表情をしていたので思わず息を飲んだが、彼が話したのは

「食満のことが『好き』ですか?」
「…はぁ?」

食満さんのことが好き?そんなの当たりだろう。人嫌いで猫みたいで、でも本当は人間のことが好きで、好きでいたくて、手先は不器用だし、料理も洗濯も出来ないけど、洗面台だけは掃除しっかりしてて、作る絵本の物語は胸に響いて、絵も凄く綺麗で、笑った顔が可愛くて…まだ知らないことも多いけど、そんな食満さんと友人になりたいと思ったのは俺自身で…と、言うか、そもそも嫌いなヤツを友人にしたいなんて思う訳がなくて、それについて俺は善法寺さんに嫉妬したぐらいなのに

「好き…ですよ」

その感情に嘘偽りはなく、俺は彼を、本当に好きだと言えるのに

「や、あの、そういうんじゃなくて」
「?」
「あの、気持ち悪かったらすいません」

そうじゃない?何だ。友情以外に何がある?…いや…その感情に、何か引っかかりがあったことはなかっただろうか?彼に対して、俺は友情以外に…食満さんが…

「恋愛感情、です」

その言葉を言われた瞬間

「……ーーっ」

俺の心の内に溜まっていた感情が、一気にあふれ出して、止まらないような、心がどんどん冷えて痛めつけられるような、そんな…感覚がした。やめろ、俺はまだ、そこには行きたくないのに、やめろ、気づくな、気づくな!!!そんな俺の葛藤を他所に、俺の抑え込んでいたはずの感情を俺はもう抑えられない。


ー好きだ。一人で抱え込んで泣いている彼を、抱きしめて甘やかしたいー

「……あっ」

ー好きだ。いつだって、その優しい笑顔でいて欲しいー

「…あぁ…」

思わず額から汗が流れだす。太陽で照りつけられる体が熱いはずなのに冷たい。体が…震える。

ー好きだ。その黒い柔らかい髪も、絵本を作り出すときの細い掌もー

「……っ」

夏の日差しのせいなのか、喉が酷く乾く。同時に胸が痛い。凄く、どうしようもなく、抉られるほどに痛い。痛い。

ー好きだ。まだ何も分からない俺だけれど、いつかあなたの心の痛みを、拭えるような人物でありたいからー

好きだ。俺以外を見ないで欲しい。善法寺さんだけが特別だなんて腹が立つ。俺だって傍にいたい、彼の全てを知りたい。甘えて欲しい。俺だって…俺だって…

食満さんが…

「…好き…なのに…」

その…言葉を、口にした瞬間。目の前の視界がどうしようもなくぼやけて見えた。


「潮江…さん?」

目の前の善法寺さんが驚いたような声を出したが、目の前がぼやけてどんな顔をしているのか良く分からない。

ダメだ…もう…ダメだ。
気付かないように、必死に自分をごまかして来たけれど、もう隠し通せねぇ…。
彼が人嫌いなのが最初から分かっていて、こんな感情を知られたら、せっかく徐々に積み上げてきた彼との絆が壊れる
に決まってて、気持ち悪がられるのも知っていて…叶わないのも分かっていて、それでも俺はその感情に気付いたら、上手く彼とまた笑えるか分からないから、だから…だから…っ

どうやっても気付かないようにしてきたのに

「っ…ふ…」

パタリと地面に雫が落ちる。奥歯を噛みしめて必死に耐えるけれど、喉がどうしようもなく痛くて、なかなか止まらない。美味く息が出来なくて、苦しい。思わず上を向いて、顔を片手でふさぐ、目の前に善法寺さんがいるのに、俺の目から溢れるものはやはり止まってはくれない。

「っ…あぁっ……ふっ…く」

どうしようもなく

「…あ…あぁっあ…」

俺は…彼に『恋』をしている。

この感情を、確かに俺は認めよう


隠していたその名は

俺は食満さんが……好きだ


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