はじまり

人は…何を求めて生きているのだろうか、何故自らを捨ててまで、『心を売る』?

「根っからの鬼と、お前らは別物だろう?」
『グルゥゥゥ』

真夜中に響き渡るその声は、低く、良く通る男の声だ。黒の鬼の仮面を被り、右手に持つ槍の穂先に浮かぶのは『青の炎』その纏う霊力は膨大。男の目の前には、『異形の鬼』名を『悪鬼』と言う存在がおり、男の襲いかかろうとしていた。
しかし…。

「もっとも、俺が人のことをとやかく言える訳じゃないがな、なぁ?悪鬼?」

男は自らに襲い掛かってくる、その異形を目の前にし、特に動じることもせず、慣れた様子で槍を振り下ろした。
ヒュッンッと槍が空気を切る音がして、その槍は見事に悪鬼に突き刺さる。

「……」
「おやすみ」

男がひどく優しい声でそれだけ言うと、それ以上辺りは何の音もせず、悪鬼の叫び声も聞こえず、ただ、男の目の前で砂のように消えてしまった。

その時、パチパチパチ!!

遠くの方から拍手の音が聞こえて、男はバッと音のする方を見た。
 
『素晴らしい!!お前はいつも私の予想を遥かに上回るが、もう人間の成れの果てのノルマまで達成したか!!』

赤の鬼の仮面を装着し、同色の派手な着物、仮面を頭にとめるための長く黒い紐の結び目がフワリと空中を舞った。
 
「善鬼…」

黒の鬼の仮面の男は、槍を装着していた棒から抜き取り、それを懐にしまった。それと同時に、膨大に体から流れ出ていた自分の力が収まっていくのを感じて、男はふっと力を抜いき、善鬼と呼ばれた男の方を向いてため息をつく。
 
「お前なぁ…」

仮面をとった男の素顔は、整ってはいたが、瞼の下の濃い隈で、全てを相殺してしまっているような、そんな容姿をしていた。
 
「見てねぇでお前もやれよ!!」

男はクワッと善鬼に怒鳴ったが、それを善鬼は軽く受け流す。
 
「嫌だね、お前には俺の弟子として、まだまだ教えなければならないことが沢山ある。それにこれは、焔、お前と、私の『契約』だろう?」
 
焔と呼ばれた男は、一瞬ウッと言葉に詰まったが、それでもしっかり自分の意見を通す。
 
「……だが、これは俺の担当ではない」
「…全く……可愛くないな」
「俺が可愛かったら天変地異の前触れだ。槍の雨でも降らせるか?」
「はっはっ、上等」
「こらこら二人とも止めんか」

片方は杓杖を、片方は槍を片手に、さぁ今から殺し合おうか、という殺伐とした雰囲気になりかけた二人を、やんわりと止める声がした。
二人は声の方をバッと振り向くと、嬉しそうに顔を輝かせた。
 
「「時神様!!」」
「ふぉふぉ、久しいの、焔に善鬼、元気にやっとるかね?」

二人の目の前に現れたのは、杖を突いた。白髭に長い白髪を後ろに結んだ。優しい雰囲気の老人であった。優しい声で問い掛けられ、二人はコクコクと首を縦に振る。
その様子で、二人がどれだけこの老人に懐いているのかが良く分かる。
老人は、長い白髭を撫でると、二人をゆっくり見回した。

「ふむ、善鬼よ、弟子が可愛いのは分かるがのぉ、あまりイジめるのはいかんぞ」
「…私はイジめていません」

そう言って、老人にやんわりと諭された善鬼は、気まずそうに顔を逸らすが、それを文次郎はジト目で見ていた。

「…」
「何だ!!」

そんな文次郎の目線に気づいて、今度は善鬼が怒鳴った。

「ふぉっふぉっ」

そんな二人の会話に老人は笑っていたが、急に真面目な顔つきになった。

「二人とも、また悪鬼が出たようじゃ、至急、時の地平線に向かうように」
「「はい」」

二人が老人に返事をすると、老人が手に持っていた杖を、トンッと地面に叩きつけると、二人がいたその場所から、空間が歪み、そこから広がったのは、白い広い世界だった。

「時の…地平線」

終わりの無い地平線のその先にあるのは、この世の終わりと言われている。
過去と未来を繋ぐ『時の地平線』
その管理者である時神(ときがみ)が、焔と善鬼の前にいる老人こそが、この時神の正体である。

世界には、人の負の感情から生み出される鬼、悪鬼が散らばっている。その根本は『闇(くら)』と呼ばれる負の感情全ての集合体で、その闇が集まることで悪鬼となる。

闇自身に知恵はないが、悪鬼は闇をその体にため込んだ元は『人間』であるため、知恵があり、体は人間と見間違うほどで、判別しにくい。

現在、高位の神である時神に匹敵する力を身に着けてしまっていた。

彼らの目的は『時の地平線の強奪』である。

時の地平線を手に入れ、世界を物にしよう。と言う考えだ。そこで時神は、自分の従者たちに、悪鬼が闇になる前に悪鬼の消滅を任命した。
その悪鬼消滅に任命された者こそが、焔と善鬼なのである。

本来であれば、時の地平線には、過去へも未来へも行き来は禁止されているが、特例として焔、善鬼は過去へ行けるようにされている。
過去への行き来は時の地平線により可能ではあるが、しかし、未来への行き来は管理者の時神でさえ禁止され、行く術を持たない。

「焔」
「はっ」
「行くぞ」

焔は善鬼に促され、その足を、地平線へと向けた。

足を踏み入れた途端、猛スピードで周りの風景が駆け巡る。
現在から過去へ、今いる場所が確かに後退していくのを感じながら、焔はやはりこの光景はいつまでたっても慣れない。と内心苦笑した。

そんな焔を見た善鬼は、あぁそうだ。と、今思い出したかのように呑気な声を出した。

「今回の場所」
「え…」
「室町時代後期」
「は…」
「で、場所は忍術学園だから」

善鬼がにこやかに、焔に向けてその言葉を放つと、焔の顔は見る見る間に青ざめていく。

「まっ…」
「ま?」
「待てぇぇぇぇ!!!!!」

何故か大絶叫する焔の体が途端空中に浮く。空中下で見えるその景色は、焔には酷く懐かしいものではあったが…。
焔は大混乱していた。ここは行けない、何故行けないかと問われると、上手く説明は出来ないが行けない。と、言うか、

「何で空中に浮いてるんだよぉぉぉ!!!」
「アハハハッ」

通常、時の地平線は時神が指定した場所に『安全』につくのが普通だ。
では何故焔が浮いているのかと言えば、それはどう考えても、目の前の仮面鬼男のせいであって…。
善鬼は楽しそうに笑うと、突然空中に浮いて受け身がとれないでいる焔を、そのまま、突き飛ばす。


「っ!?」
「さーて!!私は暫く身辺調査をするので」
「ばっ!!」
「お前は先に行け」

そのまま焔は、まっさかさまに地面に落ちた。


はじまり


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