一人じゃねぇだろ




「ねぇ留さん、帰ろう?」

留三郎の手を握る伊作に、与四郎と文次郎がグッと握り拳を作る。伊作はそれを見て思う。
少し待ってくれ、と。

留三郎の返事を聞かなければならないんだ。

「伊作……」

揺らいでいる瞳とかち合った。
悩んでいる。悩んでるけど、答えは決まっているんだろう?
まったく、2対1とかズルいよねー、まぁ、どちらもこっち負けるぐらいに、勝てないほどに、しかも同じぐらい愛してるんだろうけど……


留三郎は、何かを考えるように文次郎と与四郎をジッと見つめた。伊作に語りかけた。


「俺な、お前がリストラされそうになったとき、社会って何て汚いんだろうって思ったんだ。もともと俺は、そう気が長いタイプでもないからな。俺が元に戻っても、俺はあのクソ上司が大嫌いだ。それに……それに」

伊作は覚悟を決めた。
留三郎のその瞳は、もう揺らいでいなかったからだ。


「俺は、ここで働くようになって、凄く楽しくて、毎日が充実してる気がするんだ。文次郎と出会って」

あの日、もういろんなことが嫌になっていた自分に、差し伸べられた。優しい言葉と泣きそうなぐらい優しい料理に、救われた。

「与四郎と一緒に…」

久しぶりに出会った従兄弟には、文次郎みたいな幼なじみがいるなんて知らなくて、ビックリしたのと同時に、少し、ほんの少しだけ嫉妬したりした。


「二人と一緒に」

それでも、三人一緒にいたいから、文次郎にも与四郎にも、例え誰かに綺麗だったり可愛い女の子の恋人が出来ても、

「ずっと、」

きっとその時は、寂しくてどうしようもなくなるだろうけれど、それまで…それまでは…


「一緒にいたい」


泣きそうな、でも真っ直ぐなその言葉は、伊作の胸に確かに響いて、突き刺さった。

「……め…留…」

そこで、今まで我慢していたものが、溢れ出した。
行かないで、『一人は嫌』だ…君が…君が隣にいない世界など、意味が無いのに、何て、また迷惑をかける。何で、覚悟したはずだったのに…

それでも…溢れてくる涙が、止まらない。

視界が歪む世界で、誰かが伊作を抱きしめる。

「なっんで…」

その手は優しく背中を叩いた。

「一人になんて、なんねぇよ、お前が、留三郎の隣にいた時間を、これからの時間を、誰も否定してねぇだろ?」
「……っ…」
「大丈夫だよ、伊作…」


伊作は、その言葉に声を上げて泣き出した。

潮江文次郎は、黙って伊作に肩を貸した。


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