救世主現る
2012/02/12 00:25

※彼は何も分かっていないの続編(食満視点)


あの日、あの時、彼は、俺たちのせいで確かに変わったのだ。

『文次郎は俺達とは違って普通じゃんか』
『だから文次郎は留守番な』
『大丈夫戻ってくるからさ』

それが、彼の心をどれだけ傷つけたのか、幼い俺たちは分かっていなかった。

二年生の初め、文次郎を除く今の六年は、山に居る山賊を退治してきてやろうと、幼いながらの無知さで、山に向かった。案の定と言えばそうだが、俺達は見事に山賊に捕らえられ、殴られ蹴られたりして、重症を負った。
先生方に助けられたときには、意識は朦朧としていが、あの、いつもは泣き虫な文次郎が、泣かずに、無表情で立っていた。ただ、じっと、重症を負った俺達を見つめながら、淡々と語る姿が、俺にはとても怖かった。

『俺はいらないな、こんな弱い俺はいらないな、お前達に連れて行ってもらえない俺はいらないな、こんな俺など、お前達には必要ないな』

何を…言うんだ。俺は文次郎が大切だった。少し面倒くさがりな所があって、泣き虫だけど、悪戯じみたことを俺達がしても、困った顔をして、笑って、たしなめてくれるような、そんな文次郎が好きだったのに…。

『なぁ、俺は俺をやめる努力をするからさ、お前らは俺が守るから、強くなるな、』

あぁ、消えてしまう。違うんだ。そんなふうに守ってもらっても、強くなっても、それが文次郎じゃなければ意味が無い。俺の大好きな文次郎が、消えてしまう。それが怖くて、怖くて怖くて、必死に手を伸ばしたのに、そこで…意識が途絶えてしまった。

『おやすみ』




目覚めたとき、俺の顔を覗き込んだ文次郎は、

「お、起きたか、心配したんだぞ」
「文次郎…?」
「ん?」

いつもと変わらない笑顔に、安心して腕を伸ばして、抱きついた。良かった。文次郎だ。いつもと変わらない文次郎だ。

しかし、俺の安心は、そこでまっさかさまに落とされてしまう。

「どっ、どうしたんだよ、留三郎」
「え…?」

文次郎は俺のことを『留三郎』ではなく『留ちゃん』と呼んでいたはずだ。

「文次郎、留ちゃんって…」
「ん?あぁ、変わるための第一歩みたいな感じかな、これからはそう呼ぶから」
「な…んで?」

変わらなくて良いじゃないか、そんな急に…だって、ゆっくりと一緒に歩いて行けば、いつか俺を呼ぶ留ちゃんだって、自然に留三郎になっていくんだと思っていた。行かないで置いてかないで、そこで俺は彼の気持ちに初めて気付く。
大事な人が先に進んでいくことがどれだけ怖いことなのか…。
どうして立ち止まってやれなかったのか、心配だからとか、そういう言葉がかけられなかったのか、文次郎、文次郎…。

「……文ちゃ…ん」
「…あれ?どーしたんだよ、そう呼ぶなんて、久しぶりだな」

不思議そうに首を傾げる文次郎が、遠い。置いていったのは俺の方、背伸びしたのも俺の方、だから俺は文ちゃんって呼ばなくちゃ、文次郎が離れてかないように、俺が元に戻さなきゃ。

「俺、文ちゃんって呼ぶ」
「え?」
「だから文ちゃんも留ちゃんって言って」

ちゃんと文次郎の側にいるから、前みたいに呼んでくれよ。

「留三郎?」
「留ちゃん!!!」

嫌だ、ヤダ、俺はだんだん、文次郎の顔が涙で歪んで見えなくなってきた。悲しい、こんな気持ちを、俺はいつも文次郎に背負わせていたのだろうか…。

「ふぇ…っ」
「え!?」
「ひっく…やっ…やぁぁ」
「な、泣くなよ!!」

そう言って頭を撫でてくれる優しい手も、全部あの時のままなのに

「文ちゃん…呼んで…よ…ぉ」

それでも俺は撫でてくれる手をの下で嫌々と頭を振り続けた。そうして延々と泣き続ける俺に、文次郎もいい加減疲れてきたのだろう。

「…っわ…かったよ!!」
「ふぇ…?」

急にそう言ったかと思うと、いまだに文次郎に抱きついたままの俺を自分からも抱きしめて、仕方ないなぁと言うように

「留ちゃん…」
「うっ」
「ちゃんとそう呼ぶから…泣かないで」
「ひっく…」

俺の大好きな彼の困ったような優しい声でそう言って、俺の背中をポンポンと叩く文次郎に安心して、その日俺は、文次郎に抱きついたまま離れなかった。

こうして俺は一つの誓いを立てたのだ。

本来の文次郎を見失わないようにしなければ、と、彼が変わると決意したことを、俺が覆せないことも分かっていた。だから俺は、どんなに小さな断片でも、嘘偽りのない文次郎を見つけられるようにしようと…そう…決めていたのに…。

最近、彼の断片があまり見えなくなった。不安な俺は、彼に喧嘩を売るような態度を取ることが多くなった。だってあれは、どうみたって本来の彼じゃないのだ。そんなヤツと仲良くなんて俺には出来ない。それでもふとしたときに見せる癖や優しさは、確かにアイツだったから、俺は安心していた。
仙蔵も長次も伊作も小平太も、あの事件から文次郎がおかしいのは薄々感づいていたのだ。俺が顕著にそれを分かってしまったのは、最後に本来の彼が、無表情で冷たい彼になってしまう姿を見たのは俺だったからなのだろう。

そう、皆分かっていた。それでも、文次郎の断片はまだ消えていなかった…はずだ。はずなのに…。


「…もん…じろう…?」

それは本当に突然のことだった。ある日それが、本当に何もなかったかのようにパタリと消えた。は組の教室にいた俺はその気配がなくなったことが怖くて、あたりをキョロキョロと見渡す。いない、いない、俺はそのまま教室から走り出した。

「文次郎…」

アイツの気配がない。いや、正確にある。だけどこれは違う。これは俺の好きじゃない方の文次郎。俺の大好きな文次郎が…いない。

「文次郎、文次郎…っ」

まるで親か子を見失ったときのような声が出て、俺は焦る。だっていないのだ。俺の大好きな彼がいないのだ。心臓がまるで冷えていくような恐怖が俺を支配している。

なぁ頼むから

お願いだから

行かないでくれよ

俺は作ったお前なんか好きじゃない

けれど俺は諦めが悪いのだ。

お前が嫌がったって何度だってお前の手を引いてやるから、だから、


「文次郎!!」

走り出した末にやっと見つけたのは、仮面を被ったアイツの偽物、けれどもそれもアイツである。だからお前にも聞いて欲しい。

「偽文次郎!!」
「!?」
「聞け!!そうして本物にもよーく言い聞かせろ!!」

俺は、俺はなぁ…!!

「食満留三郎は、お前を諦めない!!以上だ!!」

呆気にとられている偽物と、どこにいるか分からないが恐らく眠っているであろう本物に宣戦布告、そうすると偽物は、俺の大好きな文次郎のその顔で、ひどく、心底嬉しそうにほほ笑んだ。


救世主現る


end

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大変おまたせしました!!彼は何も分かってないの続編になります。最終的にこのお話は文食満か留文っぽくなりそうだと思いました(^_^;)CP要素嫌だーという方がいたら申し訳ありません。あと数話続く予定ですが、今回は食満くん視点、あの事件で文次郎が最後に変わる瞬間を見た食満は、文次郎が離れていくのが嫌で、どうにか繋ぎ止めようと奮闘していましたが、前回のお話の結果に…しかし、これは作られた文次郎にとっては思わぬ誤算でして、まさに救世主が現れたと言っても過言ではありません。これからこの二人が本来の文次郎を戻すために奮闘します。しかし作られた文次郎も、潮江文次郎の一部ではあるのです。今後の二人にも注目していただきたいなぁと思います。



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