とある男の独白
彼女との出会いはいつどこで、どんなものだったか…。 彼女との思い出は殆ど覚えているというのに、出会いだけが思い出せない。
『初めまして。私は龍華。貴方の名前は?』
あぁ、そうだ…。 あれは聖杯戦争前の、ある日のことだ。 この世のものとは思えないほどの美貌と、鈴の鳴るような清廉な声をその空間中に響かせて彼女は現れた。
『え、聖杯戦争出るの?あんまりお勧めはしないけどな…。あれ、そんなに良い物じゃないよ?』
そうやって龍華はいつもよく分からないことを言っては、寂しそうに笑うのだ。 いつも彼女は止めもせず、ただ見ているだけだった。 けれど、聖杯戦争真っ只中のあの時から龍華は動いた。 結果的に彼女は助かったけれど、それは自分を捨てるような行為で大きな傷を負った。 それでも彼女は笑みを浮かべて幸せそうに言うのだ。
『元気そうで良かった。ちゃんと助けられたんだね、私』
明るく無邪気で、この世の悪なんかまったく知らないような屈託のない笑み。 そんな笑みを浮かべながらも、龍華は全ての悪を知っている。 愚かで滑稽だ、と思いながらもその存在を大切に思う自分がいた。 こうやって彼女は徐々に徐々に心に侵食してくるのだ。 それは自分だけでなく、彼女に関わった人間全てに当てはまるんだろう。 いや、人間だけではない。 英霊までもが、彼女に惹かれた。
全て語るための時間はまだあるから、出会いから終わりまでを話そうか。 運命を受け入れつつも運命に抗い、人が死ぬのを黙って見ていながら人を救う。 そんな、矛盾しきった神様の話を。
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