可愛い男の子



龍華は街を散策していた。
何か特別な目的があったわけではなく、ただ暇だったからという理由で。
しかし、たまたま彼女は先日のランサーと会った時のように見つけてしまったのだ。

「うぅ…。まさかこんな所で転ぶなんて…」

何もない平坦なコンクリートの上で転けてしまったウェイバー・ベルベットと、霊子化しつつ呆れるライダーを。

『あー、少年、大丈夫?』
「うわあ!…な、何だ、一般人か」

あからさまに驚かれて少し龍華は傷付いたが、表情に出さずウェイバーの顔を覗き込んだ。
顔の距離が近かったため女性経験のまったくないウェイバーは飛び退いて立ち上がる。
再び小さな悲鳴をあげて。
それがまた龍華の心を傷付けた。

『それだけ動ければ大丈夫だね。それじゃあお大事に』
「………あ、あの!」
『何かな?』
「……今、暇ですか?」

それは一歩間違えればナンパへと繋がってしまうような一言だった。
しかしこの純情な少年にその気がない、いやそんなことは出来ないと転んだのを見たときから分かっていたため、小さく笑い快く龍華は了承した。

『で、何かな、少年?』
「えっと、話があるのは僕じゃなくて……。その…」
『あぁ、ライダーの方ね』

ウェイバーが目を見開くと同時に何もなかった空間に豪傑な男が現れた。
訝しげな顔をして、龍華をじっと見ている。
それを物ともせず、彼女は変わらぬ笑みで彼を見た。

「流石は神、といったところか」
『お褒めに預かり恐悦至極、と言いたいところだけど、似たようなことをこの間美丈夫に言われたから、嬉しさは薄いかな』
「何故こんな所にいるのだ」
『暇潰し兼友達…いや、家族のお手伝い』
「家族?他にも神がいるのか?」

龍華は言い方を少し間違えたようだ。
神である彼女にとっての家族は神。
普通は誰もがそう思うだろう。
しかし、9年近い歳月を共にした切嗣達は相手がどう思っていようが彼女にとっては家族なのだ。
実は切嗣もアイリスフィールも龍華のことを家族だと思っているが、彼女自身はそれを知らないのであくまでも一方通行。
両片想い、というやつだ。

「聖杯戦争に関与しているのか?」
『してる。どの陣営かは秘密だけど。ついでに先に言っておくけどマスターじゃないし英霊を召喚するつもりもない。さらに言うけど今の陣営から離れる気もない』
「…先を越されてしまったか」

ライダーは苦笑しながらふいに己のマスターを見た。
腰を抜かし、自分のサーヴァントと龍華を呆然と見ている。
その姿が何となく、可愛いなあと彼女は思ってしまった。

『質問は以上かな?ライダー』
「あぁ。ほれ坊主、しっかりせんか」
『……気絶してるみたいだね、貴方のマスター』

ウェイバーは器用にも何の支えもなく座り込んで目を開けたまま意識を失っていた。
それに感心しつつも長い銀髪を揺らして龍華は彼らに背を向ける。
時刻は17時30分。
そろそろ夕飯の支度をせねば間に合わない刻限だ。

『それじゃ、戦場でまた。可愛いそこの少年が可哀想だから、味方には言わないでおいてあげる』

要は気に入ったということなのだが。
龍華にとって可愛いものとは愛でるものであって、必要があってもなくても殺したくないものなのだ。

『それに、少年は生きるべき人だろうし、ね』

先程とは違った満面の笑みを浮かべ、龍華は家へと急いだ。



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