11月23日、世間一般的には勤労感謝の日。しかしまあ、俗的に語呂合わせだとかで今日は「いい兄さんの日」でもあるそうで。それを朝のニュース番組でキャスターが面白半分に話題に出したのを、ジンと一緒に見ていたのが悪かった。ジンは立ち上がり俺をきらきらした目で見つめると、「今日は兄さんのいいところを余すところなく伝えるよ」と言う。嫌な予感で顔がひきつっていただろう、何をするのかと箸を持ちながら適当に返事をした気がする。 そうして、適当に返事をした結果がこれだ。 子供たちのはしゃぐ声、明るい陽気な音楽。周りを見回せばカラフルな色がそこら中に溢れていた。見ればわかる。ただの遊園地だ。 良いことを思いついたとジンに連れてこられたのは遊園地であった。しかも休日であるから家族連れで賑わっている。あまり人が多いところは得意じゃない。それはジンも同じだったはずだが。 「こんな所に二人で来るの、初めてじゃねーか」 「そうだよ、兄さん。せっかくの休日で、いい兄さんの日なんだから楽しまなくちゃと思ってね」 「お前こういうところ好きだったか?」 「…僕は兄さんがいればどこだって楽しいさ」 ああ、こういう奴だったな。心配して損したわ。遊園地なんて子供の時、サヤとジンと一緒にシスターに連れられて来たぶりだったと思う。子供心に、まるで夢の世界に来たようだと感じた。今見れば大したことない遊園地だっただろう。それでも子供の俺には楽しかったのかもしれない。 いつのまにか手を取られ、ジンの指差す方向に進んでいった。 ジェットコースターに、バイキング。そこまでは良かった、そこまでは。そのあとジンに連れていかれたのはお化け屋敷の前だったのだ。当然入りたくない俺は、足を踏ん張って入口付近で弟と喧嘩している。周りから見たら酷く滑稽だろう。しかし今の俺には周りの視線など気にしている余裕はない。 「いいじゃないか兄さん!入ろうよ!!」 「んなとこ入るよりもっと楽しい所あんだろ!そっち行こうぜ!」 「いい加減その怖がり治しなよ!」 「ハァ?何言ってんだよいつ俺が怖がりなんて言ったよ!」 「じゃあ入れるでしょ?兄なんだから兄らしいところ、見せてみなよ」 嘲笑うように上から見下され、イラッと頭にきてしまったのが運のツキだった。そこで意地を張らなければよかったものを、俺はジンの挑発に乗り手を取って大股でお化け屋敷に入った。 見上げる空が青い。真っ青で、まるで、今の俺の顔のようだ。 お化け屋敷を出て真っ直ぐ目の前のベンチにへたりこんだ。ああやっぱり入るんじゃなかった、とお化け屋敷に入る前の自分を思いきり殴ってやりたかったが後の祭り。ベンチに座る俺を見て、ジンは飲み物を買ってくるとどこかへ行ってしまった。 「あーー…くそ…」 まるで地獄だった、あれは何なんだ。人を脅かすためのアトラクションを作るなんて、人がやることじゃない。まだ心臓が激しく動いている。 「にーいさん…」 「ぎゃッ!?」 頬に触れたひんやりと冷たいものに肩が跳ねた。ばくばくと打つ心臓を押さえながら振り向くと、ジンが嬉しそうに缶ジュースを持っている。 「驚かせんな馬鹿!」 「そんなに怖かった?あんなの全部作り物だってば」 「怖いなんて一言も言ってねーだろ!」 「じゃあもう一回ーー」 「悪い怖かったわ」 あんなのにまた入るなんて、さすがに無理だ。心臓が止まって死ぬかもしれない。正直に言うと、ジンは微笑んでお化け屋敷とは反対側の方向を指差した。 「じゃあ、最後はあれかな」 飲み終わったら行こう、とジンは缶ジュースを揺らす。いつのまにか沈みかけている夕日に照らされた大きな輪は、きっと近くに行けばボロボロなのにとても綺麗に見えた。 もう閉園間際で、乗る組は俺達が最後だったらしい。遊園地のスタッフににっこりと最後の笑顔を向けてもらって、俺たちは黄色い観覧車に乗り込んだ。子供向けなのか、意外と狭く膝頭がぶつかり合う。 「観覧車、って乗ったの初めてかもしれない」 「……そういや、俺もだ」 シスターやサヤと来た時、ジンは観覧車を酷く怖がった。高いところが苦手だったのもあるが、黄色い観覧車が月に見えると泣き出してしまったんだったか。結局シスターとサヤが二人で乗って、俺はジンと一緒に観覧車が回ってくるのを待っていた。 「あの頃は、まだ可愛いげがあったのにな」 「そりゃあ、昔とは違うよ。兄さん」 「……そうだよな」 昔とは何もかも変わった。今目の前にいるジンは、昔の甘えん坊で泣き虫なジンとは比べ物にならないくらい立派になった。 「でもお前は変わってねーよ、ジン」 「……兄さん、」 「あ?」 ふいに俯いて小さな声でジンが呟く。西日が差してきた、見た目よりも大きいらしいこの観覧車は頂上に行くまで時間がかかるようだ。 「今日いい兄さんの日だとかそんなのは言い訳で、ただ出掛けたかったんだ。兄さんと、昔みたいに。」 「おう」 「兄さんのいいところを伝えるとかそんなのは後付けで、でも、また兄さんのいいところ見つかったんだ」 「……ん、」 いつになく真剣なジンに少し笑いそうで、拳で口を押さえた。ジンはそれを少し不満そうに見て、また口を開く。 「兄さんは優しい。誰よりも、何よりも。そんな所が好きなんだ」 「…んなこと、…ンッ」 ガコッ、と音を立てて観覧車が止まった。じりじりと近付いていたジンの顔が目の前にある、と思えば頬を掴まれいつのまにか口づけを交わしていた。横目でうっすらと見た景色は夕日でオレンジ色に染まっていて、今まで見たどんな景色よりも綺麗で。この唇の柔らかさと、ジンの紅く染まった顔も。景色と共に忘れられなくなりそうだった。 |