「ほんまさむ…死ぬわこれ…」
「侑士見てるとこっちも寒くなんだけど。男のくせにそんな着込むなよな!!」
「男女関係ないわ、寒いもんは寒いねん」
 10月に入り、都内も肌寒くなってきた。氷帝学園は冷暖房完備とはいえ、毎日の登校や部活動は忍足にとって辛いものでしかない。マフラーにコート、耳当て、マスク…と出来るだけの寒さ予防をする忍足は周りから見ればただの怪しい人物だ。この状態で怪しい者ではございません、などと証言しても信じてはもらえないだろう。そんなことは気にせず忍足は手をコートのポケットに突っ込み、息を吐く。マスクの中に息がこもってなんとなく寒さが紛れるような気がしないでもない。向日はそんな忍足を見て呆れたのか、前を歩いていたクラスメイトに駆け寄っていった。
「…さむ」
 向日を気にすることもなく独り言を言って俯いた。元気そうに大声で話す向日を見て元気やなぁ、なんて年寄りのようなことを思いながら忍足はのろのろと歩く。
 今日はテニス部の朝練があるため無駄に金をかけていそうなテニスコートへ向かう。こんな寒い日に練習なんて、最悪だ。しかしあの跡部に逆らえる訳もなくだらだらとテニスコートへの足を進めた。


「…おせぇぞ、忍足」
「んー、堪忍。すぐ着替えるわ」
「……」
 忍足がテニスコートに着いたのはレギュラーで一番最後。跡部が仁王立ちで待ち構えるのを見てすぐに忍足は謝って部室に入った。そのおざなりな態度に跡部は眉をひそめたが、気にしないことにしたのかすぐに部員たちに指示を出し始めた。
「ったく、今日はジローでさえ早かったっつーのに…」
「俺が起こしてきたからだけどな」
「ああ、いつも悪いな」
 朝練がある日は宍戸か向日が芥川を起こしに行くことになっていた。もちろん朝練がない日でも出来れば迎えに行きたいが、それではジローが自立しねえ、と跡部が放っておくよう指示している。当の本人は自立する気など更々なく、跡部たちに任せきりだが。
 そしてレギュラーの点呼を取り終わったが、まだ忍足が部室から出てこない。何かあったのか、と向日に見に行かせると丁度出てくる所だった。
「おっせーぞ忍足」
「すまん、寒くて中々出られんかった」
「お前この時期になると毎回そうだな…寒がりにも程があんだろ」
「だって寒いんやもん」
 ばつが悪そうに目を逸らす忍足を見て、跡部はため息を吐く。去年も体験したがやはり忍足の寒がりは直らないらしい。
「だからって練習に遅れていい理由にはならねーからな。次からは気を付けろよ」
「まぁ跡部が言うなら、たぶん」
「…しょうがねえな」
 忍足がモゴモゴと口を尖らせながら言うと跡部は忍足の頬に手を伸ばす。横にいた向日はまたか、というように目を逸らした。跡部は頬をゆっくりと包み込み忍足の瞳を覗く。忍足はといえば最初はじっと見つめていたが気恥ずかしくなったのか俯いた。
「…なん、やねん」
「寒いなら俺様が暖めてやるよ」
「…あほ、んなかっこええこと言うなや」
 ぼそりと呟いたその忍足の言葉に気を良くして、自分よりも少しだけ高い忍足の額にキスを落とした。忍足が顔を上げると跡部は悪戯っぽく微笑みかける。
「お前の前で格好悪くできるかよ」
 モデルや俳優も顔負けな跡部がこんなことを言えば男でも女でも卒倒するであろう台詞。途端に忍足は真っ赤になり黙りこんでしまった。そんな忍足の肩までかかる長い髪を跡部はいとおしそうに撫で、更に赤くなる忍足…と一通り繰り返した所で向日と宍戸が間に割り込んできた。跡部は一瞬眉をひそめたが、朝練中だと思い出したようで忍足の髪をもう一度撫でてから練習のメニューをこなすために忍足から離れた。
「ったく、跡部も侑士に甘過ぎだっつの…なあ?」
「え、あ、せやな…」
「…顔真っ赤だぞ忍足」
 宍戸に指摘され、忍足は上まで閉めたジャージを口元まで引き上げる。見られたくないのだろうがもう遅く、向日がニヤニヤと笑いながら携帯を取り出した。
「うわ、撮るんはやめ」
「いーじゃーん」
「あかんて!跡部に怒られるん俺なんやで…!」
「なんで」
「勝手に撮らせるな、って跡部が」
「…あっそ」
 跡部の忍足独占っぷりはもう手に負えないな、と向日は宍戸に耳打ちする。クエスチョンマークを浮かべている忍足を見て宍戸は深くそれに同意した。






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