きっかけは何だったか。たまたま夕方頃に街中で灰崎と会って、あっちが頬を赤くしたかと思うと急に居酒屋に行こうと言い出した。仕事も終わった後だったし、まぁいいかと灰崎に言われるまま近くの居酒屋に入った。
 個室に案内され、どちらともなく近況報告をし始めた。俺は俳優、灰崎はホストをやっているらしい。女をたぶらかすのは同じだろ、と変わらない下卑た笑みで言う。
 ーー正直俺は灰崎が好きな訳でもない。中学、高校時代と色々あったし。バスケットボール選手としても最悪だった。結局WCで戦ってからはもうバスケはしていないと聞いたし。だから今更俺と灰崎の間に関係なんてないに等しいのだ。なのにこいつは俺を誘い、俺はそれに乗った。
「黄瀬、お前酒つえーの?」
「…まぁ、それなりに」
「じゃあ飲み勝負しよーぜ、負けた方が代金払うっつーことで」
 最初からそれが目的だったのか、ため息をつく。仕方ない、と勝負に付き合ってやることにした。
「やるからには本気ッスからね」
「本気じゃねーとつまんねぇだろ」
 どうやら自信があるらしい。ニヤリと笑うと店員を呼んで酒を頼み始めた。


「リョータくんよー、てめぇ調子乗ってんじゃねーぞ…」
「あー、はいはい…」
 結果は予想通り、俺の圧勝。元々酒は強い。赤司っちにも勝ったことがあるから中学時代の仲間たちの中では一番強いだろう。
 そして灰崎は酔い癖が悪いらしく、いちいち絡んでくる。顔を赤くして腰の辺りに引っ付く灰崎を本人に見せたらどうなるだろうか。
「ほら、水。」
「いらねー…」
 そう呟いて更に腰に回す手に力を入れる。無理矢理剥がせばなんとかなるが、そのあとまたぐちぐちと言われるのが面倒だ。頭から水ぶっかけてやろうか、こいつ。
 打開策を考えているとぐり、と頭を少し乱暴に擦り付けられた。なんだと見てみると何やらぼそぼそと呟いている。
「…なんスか?」
「リョータぁ」
「だから何…」
 そういえば彼は俺のことを久しく下の名前で呼ばなくなった。高校で試合して以来、時たま街中で会うことはあったが彼は決して呼ばなかった。中学の頃に青峰っちが好きだった俺は、バスケしか見ていなかった青峰っちを汚すことは出来なくて。灰崎が強制退部させられたあと、彼を代わりに使っていた。あくまで、青峰っちの代わりとして。
 今だって青峰っちには手を出せなくて、お互い忙しくて会えなくなってしまった。ゲイなのかと言われればそういう気もあったかもしれない。けれど好きなのは青峰っちだし女とだってセックスする。中学の頃は専ら灰崎だったが。
 そんなことを思い出していると灰崎は急に顔を上げた。ぼんやりした顔でこちらを見ている。その姿は中学時代によく見た、性交後の姿に似ていた。「なぁ、リョータ」
「…なん、すか」
 嫌な予感がした。答えない訳にもいかず返事をする。灰崎はしばらく俺の顔を真っ直ぐ見つめる。ようやく口を開いて。
「セックスしようぜ」
「……」
 言われることはなんとなく分かっていたけれど阻止することは出来なかった。言われて、ぐらつく。
「そんなに良かった?思いだしちゃったんスか?」
「…リョータ」
「アンタ変態だもんねー、仕方ないかぁ。でも俺は」
「リョータ」
 腕を引かれる。顔に手が添えられて、下手くそなキスをされた。噛みつくように、でもすがりつくように。
 そんな酷いキスに苛ついて、こちらから舌を入れてやる。灰崎は一瞬びくりと反応したが黙って身を委ねた。
 灰崎は顔を上げているのがつらくなったのか離れようとする。そっちから誘っておいてそれはないだろう。後頭部を引き寄せ更に深く口づけた。俺の胸を叩いていた灰崎も徐々に胸の辺りにすがりつくように俺の服を掴んだ。薄く目を開けると必死にキスに耐え真っ赤になっているのが見えた。長々としたキスからようやく解放すると灰崎はこちらを睨んでふらつきながらも立ち上がる。
「…バーカ」
 そう一言言い残すと、何も持たずに灰崎は個室を出た。あんな真っ赤な顔でバカなんて言われたって何も感じない。仕方なく灰崎の分も払ってやって店を出ると、横で灰崎がうずくまっていた。足元には吐瀉物が広がっている。さすがに飲み過ぎたのだろう。情けで背中をさすってやると灰崎はそれを振り払った。そしてまたこちらを睨み付け一人でさっさと歩いていってしまった。
「…なんなんだよ」
 あっちが誘ったくせにこちらがそれに乗ってやればあいつは逃げてしまう。なんで俺がこんな必死にならなければいけない。あいつなんてどうでもいいのに。
「あーー、もう…」
 イライラして髪をかきむしる。勢いよくポケットに手を突っ込むと何か固いものに手が当たった。取り出すと見覚えのない携帯電話ーーたぶん灰崎のものだ。先程店を出るときに灰崎が持っていかなかったからここにある。しめた、と灰崎と自分の携帯を赤外線で通信してアドレスを交換する。ついでにメールの受信履歴、送信履歴をチェックした。あと今日の勝負は灰崎の負けだし、財布から金を抜いておこう。明日にでもあいつが働いてるホストクラブに行ってやるかな。そう思うと明日が楽しみで楽しみで仕方なかった。



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