「…今日はポッキーの日だ」
「え?あ、うん?」
 そう呟くと隣に座る木吉は曖昧な返事をして首を傾げた。ああ、うん。分かってないなコイツ。仕方なく今日が11月11日で世間的にポッキー、もしくは同じような棒的なお菓子の日だと教えてやった。木吉は納得したらしくなるほどなあ、と言いながらいつも持っているらしい黒飴を口に含んだ。
「…へ、ほれはふぁんは?」
「飴食いながら喋んな」
「んー」
 ぼりぼり、と大きな音を立てて飴を噛み砕く音が聞こえる。行儀悪りぃな、なんて俺が言えることじゃないけど。ようやく喋れるまでに飴を噛み砕いたらしく、木吉はため息をついた。
「…で?」
「あ、そうそう。でそのポッキーの日がどうしたんだ?」
「……」
「花宮?」
 ここまで鈍感だとは思わなかった。いや、ポッキーの日を知らなかった時点で知っている訳もないのか。
「…ポッキーゲーム、って知ってるか」
「お、それなら知ってるぞ」
「えっ」
「日向とやったことある!」
「は!?」
 どういうことだどういうことだ。木吉があのメガネとポッキーゲームをしたことがある!?あのメガネにそんなことをする勇気があったのか、とかそれ以前にアイツは木吉のことが好きだったということか。いやもしかしたらただの遊びという可能性も捨てきれない。だからといって俺よりも先に木吉とポッキーゲームをしたということを許せるわけではないが!
「バスケ部を創設した頃に皆でやったんだよなー、まぁ途中で折れちゃって最後まではしなかったけどな」
「……そ、そうか」
 快活に笑う木吉を見てため息をつく。良かった、最後までしてたらあのメガネを容赦なくぶっ飛ばすところだった。
「で、そのポッキーゲームがどうしたんだ?」
「あぁ?……だから、その」
「ん?」
 真っ直ぐ純粋な目でこちらを見つめる木吉に何も言えなくなる。何だか俺だけが不純みてぇじゃねーか、くそ。いやコイツが不純なこと考えてる訳ねーか、考えてたら興奮するっつの。
「ーーだから、ポッキーゲームすんぞって言ってんだよ!」
「いてっ」
 懐から先程買ったばかりのポッキーを取り出し、木吉に投げつける。木吉の額にぶつかったそれは、丁度広げていた手の上に落ちた。木吉はそれを拾ってぺりぺりと箱を開ける。そしてあろうことか、木吉はそれを自分からくわえてこちらを向いたのだ。
「ん、ふぁなひや」
「…っ!おま、おまえ…!!」
「?」
 大の男が首を傾げている姿をこんなにも可愛らしく思うなんて、俺はおかしくなってしまったのか。こいつは何をやっているのか分かってるのか、何も考えずにこんなことやりやがって!だから天然は嫌なんだ!
「ほーひた?」
 どうした、と聞いているんだろう。くそ、お前のせいで動けないんだよ…!いつから俺は、木吉の一挙一動にこんなにも反応してしまうようになったんだ。アイツもアイツで膝の故障の原因の俺を恨みやしないし、話しにくいったらありゃしねえ。
 そんなことを頭の中でぐるぐる考える。気づけば木吉はくわえていたポッキーを食べはじめていた。そこからの俺の行動は後から考えても訳分からない。
「…っ、木吉」
「ん、ふっ」
 木吉の肩を掴み、あと少ししか残っていなかったポッキーの先をくわえた。俺のくわえた方はチョコがついていて、甘さに顔をしかめる。まぁ市販のチョコの味なんてこんなものだろう。くそ、帰りにカカオ100%のチョコ買ってやる。なんて場違いなことを考えながら木吉の後頭部を、手で引き寄せた。
 ーー数秒。我に返って勢いよく木吉から離れる。勢いでなんてことを、俺はなんてことをしてしまったんだ。あの木吉の唇を奪った高揚感と、激しい後悔。ごちゃ混ぜになって訳がわからなくなり、木吉はどうなったのかと顔を上げた。
「はな、みや」
 顔をほんのり赤くしてぽかん、と驚いた表情でこちらを見ていた。そして名前を呼ばれた瞬間、改めてしたことを実感して顔が熱くなった。荷物をあり得ないスピードでまとめて、木吉の部屋を出る。廊下を駆け抜け、立派な門をくぐった。
 この俺が、キスごときで何でこんなにも動揺してるんだ。駅までの道を早歩きで進みながら、必死に考える。確かに俺はアイツのことが好きだ、それは認める。だからってここまで、ここまで乱されるなんて。
 考えはまとまらず、苛ついて道端の電柱に蹴りをかました。勿論電柱よりも俺の足の方がダメージがでかい。そんなことにさえ頭が回らずに電柱を蹴ってしまった俺は、相当重症だ。
 ああ、イライラする。全部全部木吉のせいだ。チョコの甘さと、アイツの唇の柔らかさを思い出してしまうのも。



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