ぶるり、携帯が震えてメールが来たことを示す。開くとそこには『高尾』の文字。彼から連絡が来るのは変わったことではない。毎日、今日は何があったか今日の真ちゃんは、とか。事細かに説明してくれる。しかもそんなメールが来る時間帯はいつも夕食を終えてお風呂を出たくらいの時間。丁度何もやることがなくなる時間だった。どこかで見てるんじゃないかってくらい正確でいつも笑ってしまう。
 メールの内容は『今夜行っていい?』だなんて。ふざけた絵文字もついていた。珍しく短文だな、とは思ったが特に気には止めず、夕食はどうしようかと考えながら上機嫌で帰路を急いだ。

 スーパーに寄って夕食の材料を買って帰ると、部屋の前に高尾がジャージ姿で座っていた。まさか部活からそのまま来たのか。一旦帰ればいいものを。高尾、と声をかけると顔を上げてこちらを見る。高尾は嬉しそうに笑って立ち上がった。
「来ちゃった」
「ん、いーよ別に」
「…へへ、やさしー」
 ヘラヘラ笑いながら、俺の後について部屋に入る。電気を付けると高尾は手慣れた様子でリビングにバッグを置いた。
「そういえば、部活からそのまま来たのか?」
「んー、まぁね。早く火神に会いたくて?」
 高尾は、黒子程ではないけど恥ずかしい台詞をさらりと言う。まぁ顔も整っているしこちらを真っ直ぐ見られながらだと恥ずかしくなってしまう。何と答えたらいいか分からずに、がさがさと音を立ててスーパーの袋を漁った。
「あっ、キムチじゃーん!なに?俺が好きなの覚えててくれたの?」
「…お前リビングで大人しくしてろよ…」
「え、やだ。火神の料理姿見たいし。それにエプロン付けるんしょ?なんか嫁さんみたいで興奮し」
「すんなボケ!」
 ああもう本当によく喋る。こんなんじゃ気が散って仕方ない。改めて高尾をリビングに追いやり、エプロンを付けて料理を始めた。


 リビングのソファで大人しくテレビを見ている高尾に声をかけて、テーブルに料理を並べる。肉野菜炒めと、キムチ丼。ついでにあと何品か。あまり手の込んだものは作れなかったが、高尾はそれでも十分喜んでくれた。
「あー、いいわー。幸せ」
「…大袈裟だな」
「ホントのこと言ってんだけど」
 正直、最初高尾に料理を作った時、褒められてもあまりいい気はしなかった。いつもヘラヘラ笑ってるそいつに褒められても、何だか他人行儀な気がしてならなかったのだ。
 それでも食べたい食べたいと言うものだから、何度か作ってやって、それを重ねるごとに高尾の性格が何となく分かってきた。食事中見つめていると、たまに何か噛み締めたような表情になる。その一瞬以外はいつも通り楽しそうに笑うのに。一体何なんだろうと観察していると、どうやら食事を飲み込んだ瞬間らしく、味わっているようにも見えた。…なんだ、こいつは感情を言葉に、表情に出すのが下手くそなのか。むしろそれを押し止めているようにも見えなくはない。
 それを俺がどうにか出来ることじゃないな、なんて珍しく冷静に事を見ながら放っておいたのだが。まぁ俺の料理が不味いということではないらしい。
「なー高尾、ちょっと笑ってみろ」
「へ?何、いきなり…」
「いいから笑えって」
「はは、俺いつも笑顔じゃーん」
 へら、とまたいつも通りに薄っぺらく笑う。それ、本当に笑ってんのかよ。なんて呟けば高尾は目を点にして驚いた。
「本当に…って何がいいたい訳?」
「…なんか、上手く言えねーけど。それちがくね?」
 上手く言えないけど、本当に楽しんで笑ってるようには見えない。いつもめんどくさいこと全部背負って、人の気持ち伺って。そういうヤツだ、コイツ。
「せめて、俺の料理食ってる時だけは気持ち許せよ」
「……」
「な?」
 あやすように言うと、高尾は残っていた料理をいきなり掻き込み始めた。何事かとそれをボーッと眺めていると、食べ終わったらしい高尾は大きな声でご馳走さま、と言う。そしてこちらを向くと今まで見たことのないような笑顔を見せた。
「…たか、お」
「ありがと、すげーうまい。ありがと」
 噛み締めて、噛み締めて。溢れるような笑顔。俺は高尾のこんな顔が見たかったんだ。俺の料理でそれを見れた、ってことが何よりも嬉しい。



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