「あのさ、俺失恋旅行って一度してみたくてさ、昨日俺の秘書にいいとこないかってメール送っといたのよ。そしたら今来た旅行計画書が日本名所の崖めぐり、断崖絶壁ツアーだってさ。まったく秘書が優秀過ぎて困るんだけど!」
「崖って、火サスに出てくるみたいな、あの?」
「そう、犯人が追い詰められる、あの」
顔を見合わせて、あははははっと笑い合う。
「ちょ、それ、旅行行ったまま、帰ってこれなくない?」
「これないかもねえ。あはははは」
「誰がどこ行くだってノミ蟲がああああ!」
突然ドスのきいた声が至近距離でしてビクッと震えた。
臨也の目も丸くなっている。
どういうタイミングでキレてんだと振り向くと、静雄が座っていた席から座敷の入り口まで来ていた。逃げ場がない。怖い。
『いや臨也がな、失恋旅行に旅立つそうだ』
セルティ、セルティ、なにもまじめに受け答えしなくていいんだよ。
そんな君が愛しいけども!
「失恋旅行?誰が失恋したって?」
『臨也が』
くいっと臨也を指差すセルティ。
「誰にだ」
『おまえに』
くいっと静雄を指差すセルティ。
ああかわいいよお。
「ちょっと落ち着いてシズちゃん。今日は休戦しようよ新羅に免じて。ほらほら普段君の給料じゃ手が出せない特上寿司でも食べてなよ。どうしても暴れたいなら新羅殴って」
「なんで僕かなあ!?」
「だって新羅仲人じゃん。俺とシズちゃんを出会わせた」
「やめてよ誤解をまねく言い方!僕がいなくても君ら出会ってただろう?巻き込まないで!」
「ごちゃごちゃうるせえんだよおまえら」
「待って!僕をひとまとめにしないで!」
わっと頭を抱えるが予想した衝撃がこない。
そろそろと目を開けるとどうやらまだ静雄はキレてないようだった。
「だいたいよお、なんだ失恋って。俺なんにも聞いてないんだが」
「は!?」
臨也がすっとんきょうな声を上げる。
「え?ちょ、聞いてたでしょ一昨日、隣いたじゃん」
「いたけど、それとおまえの失恋と、なにか関係があるのか?」
「………」
言われて臨也が黙り込む。
どうやら考えているらしい。
「あるような、ないような…いやあるでしょ!」
「ねえよ!俺はまだ何も言われてねーし何も言ってねえ!」
「言わなくても分かるだろ!?」
ダンッと臨也が机を叩き、店内がシーンとした。
静雄は仁王立ちのまま腕組みをしている。
「…言わないと分かんねーよ」
「…シズちゃん」
え?なにこの空気。こわい。
「勝手に結論つけてんじゃねーよこのノミ蟲が。ちゃんと俺に言え。裏でごちゃごちゃはっきりしねーのは嫌いだ」
「いやシズちゃんの好みを言われてもさ。ね、どーでもいいじゃん。結果は同じでしょ」
「うるせえ、いいから言え。はっきりしろ」
「………」
臨也は助けを求めるように視線をうろうろ彷徨わせた。
でも誰も言葉を発しない。
だって怖いし。ごめん臨也。
あ、なんか門田君は後ろの方でうんうん頷いてるけど。
「いやー…だって、いまさら…ねえ…」
「言え」
「言えって、なにを」
「おまえ俺のことす、すす」
「え!?そこで照れる!?なにそれキモイ」
「おまえに言われたかねえよ!」
いや、ちょっとマジでなんで静雄がそんな顔するの。
なにこの流れ。どういうこと?
「あー、はい、だいたいなんか分かったけど、言います。言えばいいんでしょ。ああもうめんどくさいなあ」
「さっさと言え」
ああ、一部女子の目が爛々と輝いている。
これなにプレイ?
というか、もしかして、もしかして静雄って臨也のこと…まさかだろ。
臨也は覚悟を決めたのか立ち上がり、深呼吸した。
あ、これ、もしかして、もしかして期待しちゃってるかもしれない。
この状況はヤバイ。
ほら一部女子が手に携帯を構え出した。
「えーと、そのシズちゃん」
「おう」
「………好き…だよ?」
「疑問系か」
「好きです」
言ったあー!!!
ああ、その一言がもう何年も言えず、そのためにこの池袋で繰り返された戦争の日々が走馬灯のように思い出されたような気がするよ。
隣を見るとセルティが感動に震えている。
僕はその肩をそっと抱いて微笑んだ。

だがこれまでも臨也の、そして我々の想定の範囲外を突き進んできた平和島静雄という男は、やっぱりここでもそうだった。
静雄の返事は臨也の告白からほとんど間髪いれずに放たれた。


「俺はおまえが大っ嫌いだ」


今度こそ真の静寂が店内を襲った。
人に告白をさせておいて何を言っているんだこの男は。
いや、予想通りといえばその通りだ。静雄は臨也が嫌いで、臨也は静雄が好き。前提としてそれは分かっていた。
分かっていたからこそ臨也はこれまで言わなかったというのに、これではまるで、
「なにこの公開処刑」
静寂の中、ポツリと呟いたのは来良の子か。
静雄の返事の瞬間から無表情になった臨也の口から笑いが漏れ始める。
「…フッ、フフッ、いや知ってるし」
そう呟き、臨也はゆっくりと静雄に近付いた。
息を飲んで見守っていると、臨也はそのまま静雄の隣を通り過ぎ、ひょいっとカウンターを飛び越えてその中に入った。
歩いている音も、着地の音もしないのが怖かった。
「告白ついでに言っとくとさあ、俺シズちゃんには嘘ばっかついてたけど、本当のことも言ってたんだよ」
ぞわぞわと背筋が寒くなる。
臨也の目が笑ってない。
あせったようにセルティが僕の肩を掴み、店の入り口の方へ小走りで移動する。
「さて本当のことってなんだと思う?選択1、嫌い。選択2、死ね。シズちゃんはバカだから確立は二分の一にしてあげよう」
まだほうけている学生たちにセルティが投網のように影を投げる。
影に引っ張られる彼らにようやく気付いた門田君が叫んだ。
「全員退避ー!!!」
わっと集ったみんなが店外へ転がり出ると同時に、臨也が振りかぶって包丁を静雄に投げつけた。
「今も思ってるんだけどマジで死ねよシズちゃん」
至近距離から全力投球された包丁を、無造作に跳ね除ける静雄だったが腕と頬から鮮血が、そして頭にもかすったのか金髪が一房舞った。
同時に何本も投げつけたらしい臨也はもう次の包丁を手にしている。
自分みたいな文科系には何が起こったのかついていけないのだが、本気だということは見てとれた。
尋常じゃない殺気だ。
静雄はそんな臨也を見て、実に楽しそうに歯を見せる。
「やれるもんならやってみろノミ蟲」
「今からこのパーティはシズちゃんのお別れ会に変更しよう。そうしよう」
もうこれは破壊崩壊をとてもまぬがれそうにない。
唯一この争いを止められそうなサイモンを見るが、店長に止められていた。
「いいんだ。そろそろリフォームしようと思っていたから調度いい」
解体費用が浮くし、リフォーム代も出るだろうと、シニカルに笑う様はかっこいい。
早速カウンターをひっぺがしている静雄に僕らにできることは何もなかった。
臨也の額にあんなに青筋が浮かぶの見るの久しぶりだな。
そして静雄はものすごく楽しそうだな。まるでこうなることを望んでいたかのようだ。
僕はなんとなく気付いてしまった。
そう、静雄もまた、歪んだ恋をしているのではないか、と。

「まさか、ね」

はは、と乾いた笑いは店からの衝撃波と土煙に乗って空へと消えた。



まだまだ続く
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