※臨也女体化注意



胸糞悪いバレンタインから一日経った。
期待なんて最初からしてなかったさ。嘘だ。俺みたいなのでももしかしたら…なんて期待に胸躍らせてしまうのがバレンタインというやつだ。思春期真っ盛りな高校生男子にとっては特に。
バレンタイン?興味ねぇよ。なんて言えるほど俺も悟りをひらいているわけではないのだ。
一応、好きな女もいるしな。
いや、いた。過去形だ。昨日ふられた。ふられたというか、俺が好きな女には他に好きな奴がいた。
バレンタインに本命にやるんだとチョコレートを持ってはしゃいだ声を上げるあいつに頭が真っ白になったのを覚えている。
教室で、その周りには新羅や門田もいた。
楽しそうにしゃべるあいつ。チョコレートの甘い匂い。放課後、バレンタインで浮ついた空気の教室。
そこに踏み込んだ俺が酷く場違いな感じがして、あいつが幸せそうな顔をしてるのが無性に腹が立った。
俺はおまえのことが好きなのに、おまえは俺に嫌がらせばかりして、他に好きな男までいるってのか。
カッと頭に血が昇ったが、その時はいつものように物を投げたりという衝動ではなく、腹の底で低温の澱みがグラグラ煮詰まるような、意地の悪い思いでいっぱいになっていた。
俺は教室の中に踏み込んですぐ、あいつが抱えていたチョコレートが入っていたであろうリボンが巻かれたピンクの袋を取り上げた。
それからなんと言っただろうか。
まぁ、思いつく限りの悪口を言ったんだと思う。
キモいだとか、くさいだとか、テメェなんかのチョコなんて誰も喜ばねぇだとか、まぁ、そういうことを言った。
その時あいつは、臨也はどんな顔をしていただろうか。
目を逸らしていたから分からない。
黙って教室から出てったけど、あいつのことだから、別にこたえてなんていないだろう。
どうせ俺の手が触ったチョコなんてもういらないとか思って出て行ったに違いない。
シンとした教室の居心地が思ったより悪くて俺もすぐに外へ出て、臨也とは逆の方向へ歩いた。
持ってたチョコを何か言いかけた門田に押し付けて。

バレンタインを終えて次の日、今日もかったるい一日が始まるなぁとやってきた教室で、いつものように俺に挨拶するのは新羅だけだ。
いつも通りのなんでもない一日、そう思っていられたのは昼休みまでだった。
教室で新羅と弁当を食っている時だ。携帯をいじってた新羅が、なんだかニヤニヤしながら言った。
「臨也、今日休むってさ」
「ああ?」
なんでそんなことを俺に報告するんだと眉をひそめると、新羅はなおも笑いながら続けた。
「だって静雄のせいじゃないか。ああも見事に臨也をぶった切るなんてね。いやぁ僕は静雄を見直しちゃったよ」
「はぁ?」
新羅はクスクスと笑って続けた。
「さすがに臨也も告白する前に本命からバッサリ切って捨てられるとは思わなかったんじゃないかな。しかも衆人環視のもとで。あの時の臨也の顔はまさに見物だったよね」
「………は?」
「今日はその話で持ちきりだよ。臨也がバレンタインに静雄に告白しようとしてフルボッコなんて」
「今なんつった!?」
思わず新羅の胸ぐらを掴むと、新羅は驚いた顔をした。いや待て、驚きたいのはむしろ俺だ。
「臨也が俺に告白ってなんの冗談だ」
「…は?そこなの?昨日話聞いてたんじゃないの?」
「いや、だから何の話だ?」
「昨日臨也が静雄に告白しようとしてたってこと?」
「そ…っ」
俺は絶句した。意味が分からなかった。
新羅も訳が分からなそうに説明した。
「臨也、昨日君に告白しようとしてたんだよ。手作りチョコまで作っちゃってさ。でもいざとなったら怖気づいたみたいで教室で僕ら相手に愚痴ってたんだよね。それを僕らが応援してて、それ聞いたクラスの皆も盛り上がっちゃって、気がついたら恋バナ大会してたんだけどさ。いやーあの臨也がのろけちゃってすごかったよ。うん。一目惚れだったとか、ふられてもいいから気持ちだけは伝えたいだとか。そこに君が来て、キモい!だもんね。まあ普通に考えたら当然だよねー。臨也ってば君に意地悪ばっかしてたし。君の気持ちも分かるよ。でもあの臨也がまさか泣いちゃうとはね。いやはや吃驚仰天!ま、安心しなよ。一晩泣いたらふっきれたって今メールあったし、もっといい男ナンパして彼氏作るってさ。あれ?顔色悪いよ静雄君、どうしたの?」
気がついたら俺の手はブルブル震えていた。
何言ってんだこのメガネは。
「いっ…ざ、やが、俺に告白…とか…っ」
「うん、びっくりするよねー。ないと思うよねー」
「じゃなくて!!」
バンと机に手を突いたら机が割れた。今はそれどころじゃないけど!
「マジで…?」
「うん?もしかして静雄、知らずにあんなこと言ってたの?」
キョトンとした顔の新羅に俺は血の気が引いた。
マジで!?いや、つか、俺何言ったっけ!?泣いたって、泣いたのか!?あの臨也が!?泣くようなこと言っちゃったのか!?俺が!?
いてもたってもいられず思わず立ち上がるが、どこに行けばいいのかも分からない。
おろおろする俺を新羅がまた目を丸くして見ている。
そこへ丁度良く現れたのが門田だった。
「岸谷、悪いが英語の辞書を…」
「か、かどたっ!!」
振り向いた俺に門田がうお!?という声を上げて一歩後ずさる。
それを逃がさないよう肩を掴んで言った。
「いっいざやが…その、昨日、俺に…っ」
「なんだ?落ち着けよ。あと痛いんだが」
「臨也が俺に告白しようとしてたって本当か!?」
思ったよりでかい声が出て教室がシーンとなった。
門田も驚いていたが、すっと目を細めて、それから俺の手を引き剥がした。
「そうだよ。知らなかったのか?」
知るわけないだろう!!頭の中が弾けて目の前が白くなる。
わなわな震える俺に門田は言った。
「さすがに昨日のおまえは酷いと思う」
俺はフラリとよろけてまた椅子に座り込んだ。なんかもう色々燃え尽きちまったぜ…

なんて言っている場合じゃない!
「新羅、臨也の家教えてくれ」
誤解を解かなくては。誤解というか行き違いというか、なんか色々、臨也に言わなきゃいけないことが山ほどある。
「えーでもそういう個人情報はちょっと…」
「教えてくれるよな?」
「あ、はい、分かりました」
「脅しに屈するな岸谷」
門田が小言を言っているが、とりあえず新羅は地図を描いてくれるようだった。
俺はそれをイライラしながら待った。
「…で、おまえは臨也に会いに行ってどうするんだ。何が目的だ」
門田が腕組みしながら俺を見ている。俺は若干どころじゃないばつの悪さを感じながら言った。
「……って、………言う」
「なんだって?」
「だから、謝って、それから……」
「え?なに静雄、聞こえない」
「だから、俺もおまえのことが…好きだって、言う」
「静雄、臨也のこと好きだったの!?」
新羅が急にでっかい声をあげたのでまた教室の空気が凍りついた。
「声がでけぇ!!」
「瞠若驚嘆!!!なんだい君ら両想いだったのかい!?うわーそれであの態度!君らほんと似た者夫婦だね!」
「ふっ…!!」
ばこんと新羅を殴ってからしまったと思ったが、どうやら地図はもうほとんど描けていたようだ。
俺は赤い顔のまま地図を握り締めて立ち上がる。
そのまま逃げるように教室を出て行こうとして、ふと思い出した。
「そういや昨日のチョコどうした」
俺が聞くと、門田と新羅は顔を見合わせて頷いた。
門田がポケットから小さなカードを出して俺に差し出す。
カードには『シズちゃんへ 大好き(^□^)』と丸っこい字で書かれていた。
「チョコは俺らで食った」
「おいしかったよ。さすが本命チョコ、僕ら用の義理チョコとは格の違う美味さだった」
「チクショー!!」
俺は走った。涙を飲みながら走った。
後ろから新羅の
「臨也のナンパが成功する前に会えるといいねー!」
という声に後でぶっ飛ばす!と心に誓いながら。



新羅のへなちょこ地図で軽く迷って、臨也の棲家らしいところに辿りつく頃には夕方だった。
そして折原の表札を前に、俺はかれこれ30分は迷っている。
深呼吸を何度もして、意を決してチャイムを押そうとした時ドアが開いた。
臨也だった。
学校でしか会ったことがないから私服姿を初めて見たが、なんというか、その、普通にかわいかった。
フワッとしたワンピースにコートを羽織った臨也は門の前に突っ立った俺を見ると一瞬硬直した。
そして無表情のまま歩き出し、俺を無視して横を通り過ぎようとした。
俺はとおせんぼするみたいに前に回って腕を広げた。
臨也はビクッと震えて眉をひそめる。
普段見ない化粧をしていた。
睫毛はいつもの二倍長いし、唇も赤くツヤツヤに光るなにかを塗っている。
これはひょっとして、新羅が言っていたナンパをしに行くところだろうか。
んなことさせねーよ!
「……何の用?」
氷みたいに冷めた目で臨也が言う。
普段のニヤニヤしながらマシンガントークの口調と違いすぎて俺はちょっと腰が引けたがなんとか気を取り直して口を開いた。
「ど、どこ行くんだ?」
「関係ないだろ」
「ナンパ、か?」
俺が聞くとぐっと臨也の視線の温度が下がった。
とても俺に告白しようとしていた女の態度じゃない。
それでもよく見ると化粧の下の目元が赤いのに気付く。俺が泣かせてしまったという痕だ。
臨也はフーッと深い溜息を吐くとニコリともせず言った。
「新羅にでも聞いたのかも知れないけど何真に受けてんの?俺くらいになると外出て男引っ掛けなくてもデートする相手ぐらいいるんだよ」
「デ、デート…」
「これから夜景の見えるレストランで食事なんだ。邪魔しないで」
そう言って俺を避けるように大回りしようとする臨也を俺は慌ててまたとおせんぼした。
そんなフリフリの服着て他の男とデートなんて、行かせられる訳がない。
「なんなの?俺のこと馬鹿にしてんの?」
立ちはだかる俺に臨也は口調を荒げた。こんな臨也を見るのは初めてだった。
「自分がふった女の惨めな顔でも拝みにきたんだろうけどおあいにく様。こっちももうおまえなんかどうでもいいから。俺のこと皆の前で盛大にこき下ろしてくれたことももうどうでもいい。今までのこともあるし、これでチャラにしてあげるから俺に話しかけないで。これからは俺も無視する」
沸騰したみたいに怒る俺と違って臨也は低音で凍りつくような怒り方をするんだと初めて知った。
俺は口をぱくぱくさせていたが、臨也が通り過ぎようとしたので慌ててその腕を掴んだ。
「ちょ…」
「俺と付き合え臨也!」
手の力加減に気を配りすぎて、音量の加減ができない俺の声が住宅街に響いた。
はっとして口を閉じると、臨也がものすごい形相でこっちを睨んでいる。
「なにそれ…」
「あ、いや、その…」
「付き合うってどこに?ラブホ?」
「え?…はぁ!?」
「昨日の今日でよくもぬけぬけと言えるもんだね。一晩経ったらやらせてくれそうな女がもったいなくなった?」
「なっ、ななな…」
なんでそうなるんだ意味が分からん!
「まぁ化け物と付き合える女なんて普通いないだろうし、俺なら性欲処理ぐらいに使えるだろうってこと?一度ふった女にもそんなこと言えちゃうとかどんだけ自信満々なの。あーすごいすごい」
「お、まえ!いい加減にしろよ!」
腹が立つことを言われているのに、臨也の目が全然笑っていなくて俺は普段のように怒れなかった。
「そんなこと…思ってねぇ!」
「は?おまえが言ったんだろ。俺のことビッチだって」
うああぁ…俺そんなことまで言ってたのか…最悪だ…。
しかもさっきから臨也は俺のことをいつものようにシズちゃんとは呼んでくれない。
その呼び方が好きなわけじゃないが、名前すら呼んでもらえないなんて相当だ。
それだけ俺は昨日こいつの心を踏みにじってたのかよ。
ここでくじけたら、臨也はこれから本当に俺のことを一生無視するのではないかと思った。そんなのは嫌だ。暴力に侵され人に遠巻きにされてきた俺を、俺の目を、どんな時も臨也だけはまっすぐに見てくれていた。そんな臨也を好きになったのだから。
だから嫌われてもいい、だけど無視は駄目だ。
俺は細心の注意を払って臨也の両肩に手を置いた。
「臨也、話を聞いてくれ」
「嫌だね」
「昨日は悪かった」
「嫌だって言ってるだろ」
「俺、お前が誰かにチョコやるんだって勘違いして嫉妬して、酷いこと言った。本当に悪かった」
「手、離して」
「俺も、お、おおおまおまえが好きだ」
「シズちゃん死んで」
ものすごい噛んだものの俺の精一杯の告白に、臨也はばっさりと言い捨てて思いっきり俺の足をヒールの先で踏んだ。
靴に穴を開けるほどの勢いで踏まれて俺がよろけると、臨也はその隙に家に駆け込んでしまった。
中に突入するか迷っていた5分後にはパトカーが来て警察に数人がかりで捕獲された。
つまり、なんだこれ、俺はふられたのか?

親が警察署まで迎えに来てくれて説教されて、次の日学校に行ったら噂はすでに校内に広まっていた。
喧嘩ばかりしてた二人が実は両思いで痴話喧嘩にパトカーまで呼ぶはた迷惑なカップルだと…。
ふられたのにまさかのカップル扱い。
俺は一体どうすりゃいいんだ…。

俺に告白されたものの引っ込みがつかなくなってツンを貫いてしまった臨也が俺を許すまであと何年。
バレンタインにチョコを食う度、俺はあの年のバレンタインを思い出すのだった。



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