新羅から連絡を貰って鍋の準備をして待っていたら、泣き腫らした目をした臨也が一緒で驚いた。
今週は臨也がスッピンで学校へ通っていると聞いていた通り、化粧をしていない顔だったから、赤くなった目はより一層痛々しい。
なので濡れタオルに氷を包んで渡してやると、素直に「ありがと」なんて言われたので二度驚いた。
高校に入って新しくできたお友達の門田君も一緒にやってきて、4人でとりあえず鍋を囲む。
鍋をつつき始めると臨也も笑顔に戻っていて、味付けに失敗が少ないだろうとチョイスした水炊きでポン酢という組み合わせに、新羅を筆頭にみんながおいしいと言ってくれたのでホッとした。
『今日は静雄は来ないのか?』
雰囲気がやわらんだことろで気にしていたことを聞いたら、また一気に空気が沈んだ。
ということは臨也の涙の原因は静雄か。
『また喧嘩したのか』
「…別に」
『いつものことだろうけど仲直りは早い方がいい』
「仲が良かったことなんてないよあんなホモ野郎と!」
『こら、ホモはないだろう。付き合ってる彼氏に対して』
自分は鍋の中身を食べることはできないので、煮えたものを取り分けたり野菜を再投入したりと世話を焼きながら聞いてやると、臨也はプンと頬を膨らませた。
「偽装だよ偽装!シズちゃんはガチホモだから俺とは偽装交際してたんだよ!」
「なんだそりゃ」
「なんでそんなことになってんの」
二人もそんな話は初耳なのか呆れた声を上げた。
「ほんとだって!だってさ、俺が少しでもかわいい服とか着るとすごい不機嫌になるのに男っぽい服なら普通に一緒にいてくれるんだよ。付き合って半年経つのに、手も繋いでくれないしキスもしてくれなかった、のに…男物の服着てたら急に押し倒してきて…でも俺におっぱいがあるのに気付いたら、すごい拒絶反応して…だからもうホモ確定なんだよ!」
カランと門田君の手から箸が落ちて、新羅も口に入った鶏団子が見えるほど行儀悪く口を開けた。
「…押し倒…いやホモ?え?静雄?ホモ?」
『あwせdrftgyふじこl』
混乱する私たちに臨也は叫んだ。
「マジだよシズちゃんはホモだよ!でも付き合ってくれる男なんていないから、俺で手を打ったんだよ!俺が、男顔だから…!」
グスッとまた涙を滲ませ始めた臨也の背を慌てて門田君がさすった。
いや待て待て、その理屈はおかしい。静雄がホモならむしろ臨也とは付き合わないだろう。
本人に自覚はないが、かわいいのだから!こんな普通のセーラー服なんか着たらただの美少女じゃないか!
どうして静雄はそんな誤解をさせるようなことをしたんだろう。
「ねえ、それと君がスッピンになったのは関係あるのかい?」
鶏団子をなんとか飲み込んだ新羅が尋ねた。
臨也はしばらく俯いていたが目をごしごし擦って顔を上げた。
「ホモだって分かってもう駄目だって思ったけど…、俺に付き合えって言ったのはシズちゃんじゃん。だからもしも可能性があるなら、俺、最後のチャンスだと思って、ちゃんと普通の彼女っぽくしてシズちゃんが女とも付き合ってくれるかどうか、確かめようと思ったんだ…」
そこでまた臨也は目をうるうるとさせた。
「でも、やっぱり駄目だった。シズちゃんが欲しいのは彼女じゃなかった。俺のこと、女装だって。女装をやめろ気持ち悪いって。結局男の代用にしか思ってなかったんだあのホモ野郎。俺、男顔だけど男じゃないのに。女なのにさぁ…っ」
ぶわわっと臨也の目から涙が溢れてきたのでまた濡れタオルを冷やしに走って臨也の目の上に押し付けた。
臨也の目を塞いだ後でPDAに文字を打つ。
『本当に静雄はそんなこと言ったのか?』
「気持ち悪いとまでは言ってないよ。女装っていうのは…単に語彙力不足だと思う。他に言葉が思いつかなかったんじゃないかなぁ」
『どういうことだ?』
「つまり臨也がパンダメイクをやめたらみんなにモテモテになっちゃってヤキモチ焼いたんだよ」
『…なるほど』
「どこをどう見てたらそうなるんだよ新羅!メイクで男顔誤魔化してたんだとバレてみんな同情してくれてただけじゃん!うちの学校の人間みんな優しすぎだよラァブ!ただしシズちゃんは化け物だから別ね!人を気遣うとかできないんだよ化け物だからね!」
臨也はそう吠えてすごい勢いでティッシュを引き出し鼻をかんだ。
それからガツガツ鍋を食べ始めてむせてまた背中をさすられていた。
『…どうせまたなにか誤解でもしてるんじゃないか?これ』
「…まぁ静雄の言い方が最悪だったのは確かだしねぇ」
新羅はそう苦笑して鶏団子ばかりを皿に掬い取っている。
野菜も食べろと言ったらセルティが丸めた団子は僕が全部食べる!と鼻息を荒くしたのでお肉屋さんですでに丸めてあったものを買ってきたことは黙っていようと思った。
それからまた皆で鍋を平らげながら、臨也がベラベラと喋る静雄の愚痴を聞いた。
付き合っていく上で、想像以上に静雄は口下手で不器用だったんだと思わずにはいられないような内容だった。
「それでね、自分が俺に弁当作れって言ったくせに本当に作って行ったら弁当屋で買ってきたんだろとか疑って食べたら食べたで最近の冷凍食品ってうまいんだなとか言うんだよ?ハンバーガーとかジャンクフードばっか食べてる味覚障害野郎を哀れんで作ってやった俺の力作手作り弁当をなんの感動もなくガツガツ食いやがって、しかも俺レトルト嫌いって言ってんのに冷凍食品とかありえないっつーの。腹立ったから次にご希望通りのオール冷凍食品でレトルトのみの弁当持っていったら最初とまったく同じテンションで完食しやがってマジで俺のことバカにしてるとしか思えない。こんなことされたら普通もう二度と手作りなんてしようと思えないでしょ?努力するだけ無駄だってことだもんねぇ!」
「二言目には俺のうち帰ろうって入り浸りやがって、俺が一人暮らしで都合いいと思ってヤンキーのたまり場扱いだよ。あげくに自分のパンツ持ってきてベランダに干せとか変態プレイを押し付けようとすんだよ。女の一人暮らしの必需品とか魔除けとかわけの分からないこと言ってさぁ何それ太古の風習?もちろん箸でつまんでゴミ箱に入れてやったけど新品だから汚くないとかキレやがって、つまりそれって俺に男物のパンツ穿けってことだよね。どこまでホモなら気が済むんだろあいつ」
「俺が化粧したりスカート穿いたりすると不機嫌になるくせに、外では良くて化粧もしてろって、女と付き合ってるふりしたいだけじゃん。ホモなのに世間体だけは気になるんだよ化け物だから。彼女がいるって人間っぽいことしたかっただけなんだよ。どうせ都合がいいと思ったんだろ、男みたいな顔した女が。ブスだから付き合いたいとか見事な演技ですっかり騙されたよ。薄々気付いてたけどさ、俺のこと好きでもないのに…よくも俺のこと利用してくれたよねシズちゃんのくせに。俺だってシズちゃんが自分の駒になればいいと思ってただけだしお互い様なんだけどね!」
アルコールは出していないはずなんだが…どうにも酔っ払いがクダを巻くような愚痴り方である。
門田君はその話をうんうんと聞いてやっていて、新羅は何かを考え込んでいるようだった。
私はちょっとさすがに静雄にも酷いところがあるように思えたので、静雄の話も聞いてやって内容次第では説教をしてやりたい気分になっていた。
性格も口も良くないが、臨也だって女の子なんだなぁと思ったのだ。
嫌味っぽく愚痴を吐き出しながらも結局のところ臨也は傷ついているらしい。なんだかんだ言ってもまだ高校生の女の子なのだ。私はすっかりしょげ落ちた臨也の肩を撫でながら、少しお姉さん気分に浸っていた。
臨也の愚痴が粗方収まってくると新羅が言った。
「ねぇ臨也、君と静雄が別れることになっても僕らは友達だよ」
「……え」
それに臨也はきょとんとした顔を上げた。
「静雄がホモだって言うんなら、しょうがないよね」
「あ、う、…うん」
臨也は考えてもみなかったことを指摘されたみたいに呆然と頷いた。
臨也はそれからポツリと「シズちゃんと…別れる…」と呟いてぎゅっと唇を噛み締めた。
まだ別れたくないと思っているのだろう。私は臨也の肩を掴んでPDAを新羅に向けた。
『コラ!友達なんだから別れないように励ませ!』
しかし新羅はまあまあと笑って手を揺らすだけだ。
「臨也が別れたいと思うなら僕はそっちを応援するよ。友達だもの。静雄が無茶を言っても説得を手伝ってあげる」
「…新羅なんかの言葉をシズちゃんが聞くかな」
「酷いね君!まぁ、門田君も味方になってくれるだろうし遠慮しないでよ。臨也がどうしても別れたいなら仕方ないじゃないか」
「…俺は、別に…」
臨也は先ほどまで静雄の愚痴を言っていた勢いなどまるで失って、もごもごと言葉を詰まらせた。
それからいきなり鞄を掴んで「…帰る」と立ち上がった。
表情の抜けた顔でスタスタと早足で出て行く臨也と、またねと手を振る新羅を見比べてオロオロとしていると、新羅がそっと私の手を握ってきた。
「大丈夫、臨也は天邪鬼だから別れない方がいいと言うより別れろと言った方がいいんだよ。どうせ僕の言う通りにするのは癪だからとか言い出して別れたりなんかしないんだから。後は静雄が本当にホモかどうかだけど…」
『そんなわけないだろう』
「だよね。臨也にゾッコンなのは分かってる。だから友達のよしみで今日聞いた臨也情報をリークしてやろう」
「おい、俺はもう帰るからな。臨也家まで送ってくる。ご馳走様」
「そっちこそご苦労様。あ、静雄?落ち込んでるところ悪いけど今からうち来ない?臨也が食べた鍋の残りで雑炊作ってあげるから」
ペコと頭を下げパタパタと駆けて行く門田君と、早速携帯を取り出した新羅を見て、ああ友情っていいなぁと私は思った。




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