「さて静雄君、もう一度確認させてもらってもいいかな」
「またか、何度も言わせんな」
「そうは言ってもだね、誤解があってはいけないからね」
今、俺の前には真剣な顔をした新羅が座っている。
その隣にはセルティが、両手を祈るように重ねてこちらも真剣な面持ちで座っていた。
二人に正面から見つめられ、俺はやや居心地が悪いような気がして凝ってもいない首を鳴らす。
シンと静まりかえった中、新羅がひとつ咳払いをして口を開いた。
「じゃあ最初から聞くよ」
「ああ」
「まず、臨也と門田君の話を聞いた時に、君は戸惑いつつも自分の感情に変化を感じた、と言ったね」
「ああ」
「いつもは臨也を見たら怒りしか感じなかった静雄が、その時は喧嘩にならなかったことからもそれは確かなんだね」
「ああ、まあ、たぶんな」
「その時から君は臨也が気になりだした。殺害対象として以外で」
「ああ」
「そしてその後、失恋パーティの時に臨也に告白されて、実はちょっと嬉しかった?」
「…………ああ」
「だったらなんで君はそれをばっさり切っちゃうかなあ」
「……そん時はまだもやもやしてたっつーか。俺は臨也を嫌いだと思い込んでたし」
「まあね、変化に戸惑い軌道修正しようと自らに言い聞かすための言動ってのはあるよ。あるけどさ、まあいいや。さらにその後、露西亜寿司での喧嘩中に何がどうなったのか、臨也が君を庇うという現象が起こったわけだ」
「ああ」
「それでついキュンとしちゃったと」
「ああ、……いや待てキュンとは言ってねえだろキュンとは。なんかこう、胸をぐっと鷲掴みにされたっつーか、やけにノミ蟲がぽわっとして見えたっつーかだな」
「つまりときめいたわけだ」
「……そうとも言うかもな」
「だから殺せるチャンスなのに逆に助けてしまい、しかもそれ以来臨也が気になってしょうがない、と……」
あらためて口にした自分の症状にそわそわしていると、新羅はふうーと深い溜息を吐いた。
隣のセルティは前のめりになり過ぎてもはや突っ伏している。普段は上に昇っている黒い霧が何故か下に流れ落ち、足元に黒いよどみを作っていた。
もちろん俺だっていまだ戸惑っている。戸惑ったままだ。出されたお茶にまだ口もつけられない。
なにせこんなことは初めてだった。

さて、新羅のマンションで、何故このような三者面談が行われているのか。それは、

「俺、ノミ蟲のことが好きかもしんねえ」

俺が公園でばったり会ったセルティにそう報告したのは、露西亜寿司を破壊しつくした翌日だった。
セルティは数秒硬直した後、ちょっとした爆発コントのようにメットと首の境い目から黒い煙をボフンと噴き出して倒れた。
その衝撃でメットなど軽く浮いていた。
あまりの反応にさすがに驚いたが、飛び起きたセルティの通報メールで即俺の携帯が鳴った。新羅だった。
「セルティから重症患者がいるって連絡がきたけど君もどっか怪我したのかい?」
そんな言い掛かりをつけられ、俺はそのままセルティに有無を問わず新羅宅へ連行されたのだ。
そしてセルティや新羅、俺ですらこれまでは想像もつかなかったありえない言葉について、今追及されている。

臨也のことが好きかもしれない。
それは俺が口にするはずのない言葉だった。
数日前までは、俺は臨也が嫌いで、臨也も俺が嫌い。それが俺の世界のすべてだったからだ。
でも本当はそうじゃなかった。
臨也は俺のことがずっと好きだったのだ。
それは俺の中では天地がひっくり返るようなことだった。
つまりだ。
天地がひっくり返ったということは、たとえ俺からこういう言葉が出てきても、もはやおかしくないのではないかと思うのだ。
「いやちょっと待って静雄、怒らないで聞いて欲しい」
目の前の白衣の男が掌を前に突き出しストップをかけた。
起き上がったセルティも、その隣でない首をブルブル振っている。
「あのね、告白されて気になって、庇われてときめいて、それで好きになったって、静雄、単純すぎるから!!」
「ああ?」
反射的にビキンと額に青筋が走った。
「誰が単純だって?」
「ギブギブギブ、絞まってる絞まってるよ!?怒らないでって言ったよね!?僕言ったよね!?」
胸倉を掴んだだけで新羅の顔色が変わる。
ノミ蟲ならもう少し粘りやがるのに。
チッと舌打ちしつつも手が緩む。
あれ以来いちいち思考に臨也が絡んでくる。こんなことになる前だったらこれほど腹立たしいことはないのだが、今は少し、胸がざわざわするだけだ。
開放された新羅はゲホゲホ咳き込みながらも訴えをやめない。
「だってさ、嫌いって言った昨日の今日でやっぱり好きって、いくらなんでも急すぎるでしょ!そんなこと言われても臨也だって信じてくれないよ!?」
「うるせえ。それが本当なんだからしょうがねえだろ」
こんなことを嘘吐いてどうなるんだと言いたい。ノミ蟲じゃあるまいし。
『落ち着け静雄。友人として言わせてもらうが臨也はありえない。こんなのどうかしてる。静雄ならもっといい人が他にきっといるから、だから早まるな!』
必死にPDAを見せてくるセルティに、少し申し訳ない気持ちになった。
「セルティ、ありえないのは俺が一番よく分かってる。でも理屈じゃねえんだ」
『静雄、でも』
俺は眼前に掲げられたPDAの文字を最後まで読まず、手で押さえて下げさせた。
そうだ自分でよく分かっているんだ。
これはないな、と。
俺は臨也がこの世のなにより嫌いだった。殺したくて殺したくて追いかけて追いかけて追いかけて俺の手でこの世から排除してやりたくてしょうがなかった。
こんなにも嫌いなのに好きかもしれない。
一体なんだこの感情は。
俺は考えた。よく考えて気がついた。
俺は俺を嫌いだという臨也は嫌いだが、俺を好きだという臨也は気になるのだ。
いや、俺を好きだという臨也に恋をした。
クソが!恥ずかしいことを言わせんじゃねえ!
だがすでにその恥ずかしいこと、ありえないことを臨也が先に言い出したのだから、俺も言ったとしてなにが悪い!

「よし分かった。君の気持ちは理解した。僕も二人を知る友人として、臨也だけはやめとけ、と言いたいところだが命が惜しいから黙っておくよ」
「黙れてねえよ」
「うん、でもね静雄、思うんだが少しタイミングがずれてやしないかい?」
「あ?」
「つまりね、君が臨也を好きだと認識した今、すでに臨也は君に失恋しており、両想いとは言いがたい状況なのではないかと思うんだ」
「ああ?」
首をひねる俺に新羅は説明を始める。
「確かに彼は何年も一途に君を想っていた。が、同時に恐ろしく切り替えも早い。その彼が昨日ついに失恋したんだ。人間そう簡単に気持ちの切り替えなんてできないもんだけど、相手はなんせあの臨也だ。君への想いを切り捨てるために本気で君を殺しにかかるか、自分が姿を消すか、はたまた早速新しい恋を始めるか、もう次のステップへ進み始めてるんじゃないかな」
「…なんだと?」
「もしも臨也とどうにかなりたいと思っているなら急いだほうがいいかもね。今度は君が片思いなんて笑い話にしかならない」
「な、おま、どうにかって、そんな…!」
「食いつくとこソコ!?」
顔が赤くなる俺に新羅がポカンとする。いや、こっちは好きだと気付いたばかりでその先まではまだ考えてなかったんだよ!
あいつとどうにかなるって、どうなるんだ。あのノミ蟲とどうなれってんだ!
思わず掴んだテーブルにバシビシと亀裂が走った。慌ててこぼれそうになったお茶を救おうとしたがカップは俺の手に触れた途端に粉微塵だ。
「興奮しないで静雄君!僕が悪かったから!」
向かいのソファーの上に足を上げ、身を縮ませる新羅。
俺は赤くなった顔を片手で覆って隠した。
「あ、ああ、でもこうなると臨也の怪我は好都合かもね。あのまま失恋旅行にでも旅立たれて、雲隠れでもされたら厄介だよ」
ハハと乾いた笑いを漏らして取り繕うように新羅が言う。
「今のうちにお見舞いにでも行ってきなよ」
「そうか、そうだな…」
『失恋旅行』
さっきまでうなだれていたセルティが身を起こしてきた。
『崖に行くとか言ってなかったか?』
「そういえば言ってたね」
『何故失恋して崖なんだ?もしかしてはやまったことをするつもりなのか?』
「やだなセルティ。他の人ならともかく臨也に限ってそれはないよ」
『そうか、そうだな。あいついつもふざけて死ねとか死ぬとかよく言うから、ちょっと心配した』
「臨也まで心配しちゃうセルティってば優しい!好き!」
『バ、バカ…』
突然いちゃつき始めた二人をよそに俺は青ざめた。
「そういえば…」
「ん?どうしたの静雄」
「俺が好きだっつー話を初めて聞いた晩、あいつ屋上から飛ぼうとしたって…」
「えええ!?」
嘘だあと笑う二人に門田が止めたという話をすると、シーンと空気が沈み始めた。
「えっと、その、臨也って、そんなに本気だったんだ…」
『大丈夫だ静雄!今臨也は両足骨折だから、病院でも屋上には行けないから!』
「セルティ、フォローになってないよ」
新羅はうーんと顎に手をやり考える。
「大丈夫とは思うけどさ、もし臨也が本気ならこっちがどんなに気をつけたってあいつはやるよ。止められっこないさ」
『じゃあどうすれば!』
「こうなったら失恋を苦に自殺される前に静雄がさっさと告白してくっついちゃえばいいんじゃないかな」
せっかく引いてきた顔の熱がまた再発した。
「な、な、俺がノミ蟲に、告白だあ!?」
「そうだよ、さっさと言って失恋したと思ってる臨也を喜ばせてあげなよ」
「うあ、だ、で、でもまだ、心の準備が…っ」
盛大にどもる俺に新羅は笑顔だ。ちょっと憎たらしい。
セルティはもうこの展開について行けないのかあらぬほうに体を向けて耳(ないけど)をふさいでいるようだった。
最後に新羅は言った。

「とはいえ臨也には口で言っても通じるか分からない。静雄はそういうの苦手だろうし、変に言い負かされたりしてうまく伝わらないかもしれない。だからアドバイス。口にするより行動でしめせ!静雄にはそれが合ってると思うよ」



俺は臨也の口をふさぎながらその言葉をぼんやりと思い出していた。
ごちゃごちゃうるさかったノミ蟲が、こうしたことでピクリとも動かず、抵抗をやめていた。




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